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気づいたら犯罪者だった  作者: あいしぇいと
第三章 遠征
24/46

第二十一話 「第二王子」

 遠征。


 それは革命軍に所属する覚醒者に課せられる重要な任務の一つである。


 普通、覚醒者たちは数人で一つの部隊を組み、遠征は部隊単位で行われる。

 革命軍各支部に割当てられた広大な地域へと繰り出す。

 主な目的は大罪因子の暴走による憑依体の処理である。

 憑依体は通常、戦車1台に匹敵する戦闘力を有し、それは無作為に行使される。

 すなわち、街中でポンと憑依体が誕生でもすれば、被害は計り知れないことになるのだ。

 もちろんそれを阻止する意味もあるが、革命軍としては犯罪者=憑依体というレッテルを貼られないためというのが大きい。

 憑依体の存在が周知のものとなれば、世界中はパニック状態になる。


 革命軍が対峙している世界政府といっても、一般市民からすれば悪というわけではない。

 政府は市民を守る義務があるのだ。

 市民からすれば、国は自分たちを守ってくれる存在。世界政府は国を守ってくれる存在なのである。

 それこそ言いなりになれば、の話であるが。


 よって国を脅かす存在である憑依体、それに為りうる大罪因子の所持者を犯罪者として扱い、隔離する政策を打ち出したのである。

 全てはパニック状態を回避するための、苦肉の策であった。


 と、ここまでが世界政府の掲げる建前である。

 本音は別にあり、それこそ大罪因子持ちを”集める”動機となった。


 大罪因子を持つ者は必ずしも憑依体になるわけではない。

 なにも起こさずに一生を終える人もいれば、エルのように大罪因子をコントロールできるようになる人もいる。


 後者である覚醒者は、人知を超えた力を発揮できる存在であった。

 これを利用しない手はないと考えたのだ。


 はてさて、表向きではあるが、世界を征服して見せた世界政府が、これ以上何に対抗するべく力を集めているのか。

 それはまた別の話であり、定かではない……。




 一方この世界政府の政策に反旗を翻しているのが革命軍である。


 世界政府は私利私欲のためにこの政策を打ち出した。

 ”犯罪はなくなってほしい”という市民の純粋な想いを逆手に取っているカタチだ。


 しかし厳密にいえば大罪因子を持っているからといって、必ずしも罪を犯すわけでも化物になるわけでもないのである。

 これを一色単にして隔離しようとするのが世界政府の政策なのだ。

 正誤の話などできないが、一色単にされようとしている無実の人からすれば、到底納得出来ない政策だろう。

 だからこそ、革命軍は動き出しているのだ。



 憑依体の脅威は除去しなければならない。

 世界政府に追われる罪なき犯罪者たちを守らなければならない。

 そして仮初の平和を謳う世界政府を倒さなければならない。


 そう、その一歩こそが遠征なのである。






「いつつつつつつつつ……」


 極度の筋肉痛に悩まされながらも、俺の頭の中ではひとつのワードで持ち切りだった。


 そう、遠征だ。


 俺を含むテラ隊4人は今夜出発の遠征組として選ばれているのだ。もちろん拒否権はない。


 つまり今夜にも俺はこの支部を出て、外の世界に繰り出そうというのだ。

 犯罪者隔離政策が発令されてからまだ一月も経過していないが、世界各地で大罪因子持ちは制圧されてきているようだ。

 今もまだ逃げきっているところがあるようだが、このままでは時間の問題だ。

 この今も逃走している大罪因子の持ちは過度の負荷を受けている。この負荷は理性を壊し、憑依体への変化を誘発する。

 ペレがそうであったように、今まさに憑依体出現の危険性が増しているのだ。


 幸いにも都市部など人の多く住む地域は制圧が済んでおり、憑依体の発生による大事件は避けられそうではあるらしい。

 ならば憑依体処理の優先度は下がりそうなものだが、憑依体になる可能性があるということはすなわち、覚醒者となる可能性も大きいということだ。

 俺のように拷問を受け、世界政府側につく戦力となってしまう恐れがある。

 テラ曰く、簡単に捕らえられた大罪因子持ちよりも、今もまだ逃げられている残りの方がセンスがあるそうだ。

 つまり、大罪因子をコントロールする、覚醒者としてのセンス。

 世界政府は憑依体の処理によって市民を守るというより、軍力として覚醒者を集めているフシもあるしな。


 よってそれを阻止するべく、世界政府と対峙しなければならない。

 大罪因子持ちたちが逃げ込んでいる地域へと赴き、先手をとるのである。


 当然遠征の経験が無い俺は今から緊張でガクブルものというわけだ。だが今俺が震えているのはそれが原因ではない。


「おおっと、ごめんねぇ、けっこー揺れるもんだねぇ」


 俺の背でテラが飄々とした声でいう。

 あれから応接間にて転がされていた俺だが、昼に大広間で集会があるということで無理やり運ばれている。

 車椅子というチョイスをしたわけだが、少しの振動でも激痛が走る状態の俺からすれば地獄に違いない。


「も、もっと丁重にだな……」

「わかってるんだけどねぇ~左右のバランスが……おおっとぅ」

「うがっ!?」


 押してもらっておいて言うのはなんだが、こいつはふざけてやがる。

 明らかに故意に揺らしているのだ。

 床が砂利道というわけでもないのにガタガタと震えるし、唐突にバランスを崩し左右に大きく揺れるのだ。


 やはり、以前逆の立場の時に無理やり引きずり回したことを根に持っているようだな。くそぅ。

 あの時は副作用というものを知らなかったのだ。勘弁して欲しい。


「ま、まじで許してくれ……この筋肉痛はヤバイんだ……さっきロズに注意してた側だろ?」

「え~? なんのことかなぁ」


 アホか。なんでこんな時にドSスイッチなんか入ってるんだよ。


「そのへんにしとけ、もう大広間だ」

「うへー、なんだか今日は騒がしいねぇ!」


 先行していたグリドそう呟くと、横を駆けていったロズが声を上げた。


「集会前というのもあるけど……これは何かあったみたいだね」


 遅れて大広間に到着した俺達は普段とは違う様子に驚いた。

 いつになく事務員が走り回っているし、あまり見かけることのない白衣の研究員までもが見られる。


「さっき支部長がなんか言ってたな……どっかの隊が帰還したって。それで今夜は荒れるとかなんとか」

「……!」


 テラの疑問に、先ほど研究室で耳にした会話を述べてみる。

 三人は驚いたような顔をして一斉に俺を見た。


「それは本当か?」

「ねえどこの隊とかってきいた!?」


 グリドとロズはぐいと前のめりになってそう訊いてきた。


「あ、ああ。確かべズなんとかって」


 こくりと頷いてそう言うと、2人の表情が一瞬で曇った。

 背後でわからないが、テラも似たような雰囲気を感じる。


「ベズニット隊だね。本来なら今日帰ってくるはずがないんだ」

「そうなのか?」

「なんたって一週間前に出たばかりだからね。ほら、クロシェル隊の代替で出た隊さ。つまりこの帰還は、緊急事態ってこと。

 クロシェル隊が襲撃されて負傷したように、似たような事態が起きたに違いない」

「な、なるほど」


 確かクロシェル隊は見えない敵に襲撃されたんだっけか。

 負傷していたセレンを抱えていたため交戦し、撃退したものの毒を受けたため撤退。

 1人隊員を残しておいたため、ベズニット隊が引き継ぐまではなんとかなるって話だったか……。


「おっと、どうやら話は本当のようだな。ベズニット隊のおでましだ」


 いち早くに気づいたグリドはそう述べると視線で彼らの存在を示してみせた。


「ベズニット様の帰還だ!」

「おお!ご無事でしたか!」


 大広間はあっという間に歓喜に包まれた。

 人だかりの先に立っていたのは、長い白髪の若い男性だ。

 なにやら高貴な服装を身にまとい、集まってくる人だかりを手で制する。

 表情は暗く、機嫌が悪そうにも見える。


「皆の者、静かにしてくれないかな? 今回の帰還は予定外のものだ、そう喜ばれては面子がなくなるだろう」

「ですが、急遽遠征に出ることになった挙句、危険な目にあったとあればこちらは気が気でならず」

「フン、忠誠心は認めている。全てはあの女狐のせいだな。まったく腹立たしい。責務は全うして欲しいものだ」

「全くですね。なぜ我らがベズニット様が尻拭いなどを……」


 この白髪の男こそがベズニット隊長なのだろう。年齢は俺よりも少し上ってところか。

 テラほどではないが、若い割に隊長を務めているんだな。

 話しぶりから本当に機嫌が悪いようだ。集まってきている人たちはなんだか狂気染みた雰囲気を放っているし。


「なぁ、ベズニット隊長って何者なんだ? なんで様付けされてるんだ?」


 大広間に姿を見せるや否や、一部の人間が大げさにもそれを喜んでいる。

 まるで持て囃すかのように扱われるその存在に疑問を投げかける。


「奴は王族だ」


 答えたのはグリドだった。


「世界政府に反抗していた国、ベズリアル王国の第2王子にあたる存在だ。

 あの国が世界政府に制圧される直前、革命軍が要人たちを引き抜いた。集っているのは元配下だな」



 王族、だと。

 聞き慣れないワードだった。何たって俺の住む国では王政なんて敷いていなかったから。

 ベズリアル王国といえば隣国をまたいだその先の国家だ。

 ベズズス王によって統治されている国で、我が国とも貿易は行われていたっけか。

 王政統治と言えど、現代では世界政府の息がかかった操り国家に過ぎない。

 最後まで世界政府傘下への加入を拒んだ国として有名だが、武力によって降伏を余儀なくされた悲しい歴史を持つ。


 そんな国の第二王子か。決して小国ではなかったし、かなりの身分に当たる。

 確かに世界政府に対して恨みを持つ血筋だ。革命軍はそこをついて人員を引き抜いたのだろう。渉外による成果というやつだ。


「父上の命だからな。革命軍として暗躍し、世界政府を打ち倒す……選ばれし俺様の力を発揮するべきが遠征なのであれば、それも天命だろう、危険も厭わない」

「おお、なんと寛大な。王もお喜びになります」


 ……おそらく、ベズニット隊長は当時から覚醒者だったのだろう。

 選ばれしものとして国の中で匿われていたが、世界政府と革命軍との絡みでこちらに逃げ込んできたカタチだな。

 覚醒者として革命軍に入る場合、まず遠征部隊に抜擢される。実力もリーダーシップもあれば、隊長になるのも頷けるところだな。


「口だけね、言ってることがめちゃくちゃよ」


 と、俺の冷静なる人物評価を打ち砕くかのように、先刻まで静かにしていたロズが低い声を漏らした。


「ふふ、言うじゃないかロズ、相手は王族だよ」

「関係ないわよ、あたしの国とは関係ないし。あんなやつのせいで、セレンが悲しむ目にあうなんて許せない」

「はは、それに関してはまったく同感だけどね」


 ロズとテラはあのベズニット隊長を良くは思っていないようだ。グリドも先ほどの口ぶりを見れば似たようなものか。

 セレンの名も挙がったが、俺の知らないところで人悶着あるみたいだな。


 そういえばクロシェル隊長の病室でそれっぽい話を耳にしたな。気になるところではあるが……。


 ちら、とテラに目線でも配れればそれとなく教えてくれそうなものだが、生憎背後なので視線は届かない。

 テラが俺の感情を読み取ってくれればいい話だが、どうやら教えてくれそうにない雰囲気だ。


「おっと、おでましだぜ……」


 その声と同時にあたりはざわつきを増した。

 人々の視線の先には銀髪の男。背後にウェーブのかかった茶髪が見え隠れしている。


「クロシェル隊だ」


 クロシェル隊長は堂々とした態度で大広間の中央を突っ切っていく。人はそのオーラに気圧されるかのように道をあけていくではないか。

 その後ろを申しわけなさそうについてきているのがセレンだ。


「む」


 突如クロシェル隊長は歩みを止め、ぐるんの顔の向きを変えた。まるでロボットのような動きだ。


「やぁ、クロシェル隊長」


 その先には、ベズニット隊長がいた。

 貴族らしく手をひらひらと挙げてにやりと微笑んだ。


「もう戻ってきていたのか。この度は済まなかったな」

「かまわん。具合はもういいのか?」

「うむ。歩くことと筋トレをすることくらいには支障はない。解毒は済んでいたからな」


 クロシェル隊長はというと、にこりともしないが軽く頭をさげて下げて挨拶を交わしていた。

 ベズニット隊長の方がかなり年下に見えるが、王族だからか同じ隊長だからか対等に話しているように感じる。


「解毒、ねぇ。いやいや、お陰様ではっきりしたよ。あなたはどうも騙されやすい人のようだからなぁ」

「む? なんの話だ」


 ベズニット隊長は口元ですら笑っているが、目には怒りの色が浮かんでいた。

 場の空気は一瞬で静まり返った。


「……その後ろに隠れている女狐の話だよ」

「ひっ」


 ベズニット隊長は鋭い眼光を放ちながら、クロシェル隊長の背に隠れていたセレンを指差した。

 先ほどから機嫌悪そうに非難していた女狐とやらは、セレンのことを指していたのだ。


「む、セレンか。それがどうした」


 クロシェル隊長はおびえた様子のセレンを庇うように一歩前に出るとそう口にした。

 それに対してやれやれ、という仕草でベズニット隊長が口を開いた。


「あなたは強いが頭が硬いのが玉に瑕だな。おかしいと思わなかったのか」

「何がだ」

「透明な敵? だったか? 何者かに襲撃され、毒を受けた。話によるとそこの女が足を痛めていたことによる交戦というじゃないか」

「ふむ。概ね間違ってはいないな。セレンの怪我のことに関しては致し方ない。お前もそれを大きく言いすぎだ」

「事実ならばどう言おうが勝手だろう? 現に誰かのせいで代わりに遠征に出ているんだからなぁこちらは」


 ああ、そういうことか。

 セレンが非難されていた理由がようやくわかった。


 おそらく、クロシェル隊長の実力は革命軍の中でも目を見張るものだろう。

 それは周りの反応を見れば明らかだが、その武人が遠征を中断して帰ってきたのだ。普通ならば驚く。


 謎の敵による襲撃、ということだった。

 不運な事故。責めるべきはその敵である。

 誰も負傷した者を責めることはしないだろう。


 だがクロシェル隊長のその”強さ”がそれを捻じ曲げたのだ。


 クロシェル隊長が、負傷した?

 負傷するような敵と交戦した?

 本来であれば、交戦は避け、撤退するべきだろう?

 彼ともあろう人物が、なぜそんな選択をしたのだ?


 と、人々は首を傾げたに違いない。


 そこですっとこの情報が入ってきたらどうだ。


 ”同じ隊の女が、足を負傷していたらしい。”


 そこからは簡単だ。

 構図としては、セレンがクロシェル隊長の足を引っ張ったものとなる。

 どのような過程で負傷したか、そういうことなど一切考慮せず、ただ単純に彼女への風当たりが強くなったのだ。


 そして代わりに遠征に出るハメになった隊こそ、このベズニット隊なのである。

 つまり王族率いるあの集団では、あのセレンという女のせいで、ベズニット様が危険な遠征に出ることになってしまった、となっているわけだな。

 かなり風評被害に近い感じだ。スッキリしないな。


「にしても、俺様は支部長から話を聞いた時は耳を疑ったぞ? 実績を誇るクロシェル隊が、撤退なんぞとな」


 傲慢な一人称から紡ぎだされる言葉は全て高圧的で、これから話す内容に間違いなく不快感を覚えると確信した。

 ロズたちがこの人を嫌う理由がわかった気がする。


「現地の調査のために遠征に出ろと言われた時には、仕方なく話を鵜呑みにして承諾したがな」

「それに関しては礼を言わざるを得ないな。で、どうだったのだ? そういえばネイヴィの姿を見ていないが」

「バカにされた気分だったよ。現地まで行ってみれば何も無い。何も起きない。それどころかあなたが置いてきた隊員もいない。もちろん、周囲をしっかりと捜索した結果だ」

「ネイヴィがいなかった……!? そんなハズは」

「嘘は言わんよぉ、クロシェル隊長。そこの女と違ってな!!」


 張り上げられた声に、セレンはびくりと体を震わした。


 さっきから黙ってればやたらセレンへのあたりが強いな。

 あたりが強いというか、故意に攻撃をしている感じだ。明確な敵意すら感じる。

 確かに足の怪我の件は、代わりに遠征に出る立場からすれば納得のいくものではないかもしれないが、それだけとは思わせないほどの何かが見え隠れしている。


 周りからなぜあいつはあんなにおびえているんだ、なにかやましいことでもあるんじゃないか、と声が聞こえてくる。

 ふざけるな、この風当たりが強い状況で、どれだけの人間が胸を張っていられる……!



「……」

「ひとつの仮説がある。聞いてくれるかい皆の衆」


 ベズニット隊長はクロシェル隊長にではなく、その場で黙って耳を傾けていた周囲に対して響き渡るように言い放った。


「この女は世界政府のスパイだ」


 ざわ、とあたりがざわめいた。


「なっ! うちはそんなんじゃ……」

「あくまでも仮説だ」


 咄嗟に否定をしようとしたセレンの言葉を上から押さえつけると、そのままの論調で続けた。


「こいつは遠征先で世界政府と衝突を避けるために一芝居打ったのだ。

 クロシェル隊長を罠にはめ、毒を盛った。もちろん我々革命軍の遠征を妨害するためにな」


「おかしい話なのだ。かの戦神クロシェルが油断して毒を貰う? 信じ難い話だ。

 ならば透明な敵に襲われたことにして、この女が毒を盛ったとすればどうだろう?

 足の怪我にしても、クロシェル隊長をその場に留まらせ、罠にはめるのに好都合じゃないか。

 流石の戦神も身内による仕業とは思わないだろうからな」

「それは違うぞベズニット。俺はこの拳でそれを殴った。目には見えなかったが、確かに手ごたえがあった。

 それにその場には隊員であるネイヴィも居たのだ。彼女も俺と同じように言うだろう、あれは正しく透明な敵だ、と」

「透明なんだろう? 目で見たわけじゃない。それに毒を貰ったあとならば、殴ったという触覚も信用ならんだろう、幻覚という話もある。

 ネイヴィと言ったか、その女も今は行方不明だろう? 落ち合うはずの場所にも現れない。

 世界政府に捕らえられたか……或いははなからグルだったのやもしれぬ」


 ふつふつと、腹の底で怒りが沸いてくるのを感じる。

 コイツの言うのは全て推測でしかない。

 本人は仮説であると強調しているが、話しぶりはすべて断定しているようなもので、一言一言がセレンに突き刺さるように放たれている。

 あろうことが周囲もその話術に流され、セレンを非難するよな目を浮かべ始めている。


「おかしな話だ。敵に盛られた毒をどうしてそんなに都合よく解毒できる? 優秀な術師でさえ、解析の済んでいない未知の毒は解毒不可能とされているにもかかわらずだ!」


 ……確か、クロシェル隊長に盛られた毒を彼女は解毒したという話だ。

 体は動かないままだったが、その治療により命まではとられなかったのだ。

 彼女の能力を考慮すれば、そのはたらきを抑える物質を供給することで解毒も可能だろう。

 しかし毒にはあらゆる種類がある。中には解毒不可能とされているものもある中で、瞬時にその毒を押さえつける物質を供給したというのは驚くべき話である。


「おかしな話だ。どうして交戦を余儀なくされるその足で、この巨体を背負ってここまで戻ってこれる? 矛盾しているとは思わないか?」


 周囲から、確かにそうだ、おかしいとは思っていた、という声がちらほら聞こえ始めた。

 毒によって行動不能になったクロシェル隊長を、その力で解毒し、その体でここへ戻ってきた。

 褒め称えられるべきセレンの行動に植えられた疑惑の種は、大広間全体に広がっていた。


 もちろん彼女は見た目は普通の女の子であり、クロシェル隊長を運ぶなど想像も出来ない。

 だが覚醒者となった今はそうでもないはずだ。

 革命軍に所属している者として、そこに疑う要素はない。


 だが確かに、足の怪我の話を持ち出されると否定はできないのか。


「ふざけやがって……セレンがどんな思いでここまで戻ってきたかもしらないくせにっ……」


 ロズは怒りに表情を歪めながら荒い言葉を零していた。

 グリドは怒っている様子こそ見られなかったが、眉間に皺をよせて不快な表情を浮かべている。


「ネイヴィと言ったか。代わりに遠征に出た我々はまずその女との合流を目指した。言われていた場所へ我々は向かったのだ。この場所を指定したのは誰だ?」

「……」


 クロシェル隊長は黙っている。

 おそらく隊長はその場では毒を受けてまともに指揮を取れていなかったのだろう。

 残されたセレンとネイヴィ隊員で話をあわせたことになる。


「う、うちがした。その場で支部と連絡をとって、自力で帰還することを告げた……。ネイヴィは現地の調査を欠かすわけにはいかないからって、その場に残るって言って……だから合流するならば調査地の傍にするって」

「ハッハァ! 合点がいく。いいか、あろうことかその場所は変異体の巣だったのだ。

 我々はまんまと罠にはまり、数多の交戦を余儀なくされた。

 結果として感知者(シーカー)である部下が負傷した。これにより撤退を選んだ」


 ……言葉を失った。

 セレンの側に立つのであれば、それは偶然なる不運としか言いようが無い。


 遠征に出たベズニット隊が帰還した理由は定かでは無かったが、変異体との交戦だったか。

 ネコとの交戦は記憶に新しいが、あのレベルの化物が複数襲ってくれば苦戦は免れないだろう。

 負傷したのが感知者(シーカー)というのも痛いな。大罪因子の位置を感知する、遠征には必要不可欠な存在だ。

 それが無ければ逃走中の大罪因子持ちを追うこともできなければ、ネセサリービルなどの襲撃にも対応出来ない。



 大広間は荒れていた。

 俺たち一部を除いて、多くの人間がベズニット隊長の言う仮説を支持し、セレンへ非難の声を上げた。

 もしセレンが本当にスパイ、もしくはそれに準ずる存在であるとすればなんらかの処分が与えられなければいけない。

 あの支部長のことだ。最終的には命を奪うことを選ぶだろう。


 ああ、納得いかないな。

 王族だからなんだ。

 なんだその偉そうな物言いは。

 高圧的に言っているが、あくまでも推測に過ぎない稚拙な内容を大声で垂れ流しやがって。


 あまりの怒りに理性が弱まっていくのを感じる。


「わかっただろう! この女は限りなく黒だ! 今日の会議で適切な処分を求めようではないか!!」


 ベズニット隊長がそういって手を掲げると、取り巻いていた配下を中心にぶわっと声が上がった。


 セレンは大粒の涙を目にためて震えている。

 歯を食いしばり、唇をかみ締め、見るに耐えない悲痛の表情をしている。

 多勢に無勢。

 この場で弁明しようにも、彼女はそれができないようだった。


 そんな彼女を追い詰めるかのような笑い声が大広間に響いていた。

 周囲の目は濁り、いつか見た”あの目”となってセレンを見下していた。



 ――いい加減にしろ。




 心の奥でそう思った。

 つもりだった。


 その場は急速に静まり返り、なぜか人々の視線は俺に向いたのだ。


「……なんと言った、貴様」


 ベズニット隊長は貼り付いていた笑みを崩し俺に言った。


「あぁ、もしかして口に出てしまいました? いやーよくやるんですよ。思ったことを口にしちゃうタイプなんで」


 おそらくだが、この空気、完全に言っちまったらしい。


 ちら、とセレンと目が合う。

 いつもは嫌悪感丸出しの視線を送られるのだが、今は感じなかった。

 純粋に驚いた様子だ。まぁそうか、この空気でとんでもないことを口にしたのは事実だ。


「やっちゃっていいよ、フォローはするから」


 俺だけに聞こえる声で、背後からテラが呟く。

 恩に着るぜ、親友。

 ここまで来たら、後には引けない。

 というか、コイツらに対して一歩も引く理由がない。


「ふん、今なら訂正を許そう。俺様は懐が広いからな」


 と、こりゃありがたい。


「では訂正します」


 俺がそう口にした瞬間、ベズニット隊長……いや、ベズニットに下卑た笑みが戻った。


「いい加減に、その気持ち悪い笑い方とレベルの低い演説はやめてほしいなぁ、と」


 ブフーッと変な音が聞こえた。隣でグリドがぴくぴくしている。

 ベズニットは表情を一変させ、取り巻き立ちは口をぽかんと開けたまま呆然としていた。


「お、お前っ」


 取り巻きの一人が一歩前に出るが、横から伸びた手に阻まれる。

 伸ばした手を戻したベズニットはゆっくりと俺のほうへ近づいてくる。

 数メートル前のところで止まると、俺を見下ろして口を開いた。


「見ない顔だな、貴様何者だ」

「あー、えっと。今日から正式にテラ隊に配属されたフィエルテという者ですけど」


 支部長に認められたわけだし、正式だよな、うん。


「ハッハァ! テラ隊長、貴様のところだったか! 相変わらずの個性豊かな部下を揃えるなぁ!? 教育方針はどうなっている知りたいものだ」

「言うなれば放任ですかね?」


 テラはへらっと言い放つと、車椅子から手を離し一歩下がってしまった。

 おいおいおいおいフォローはするって言ったのはどこの誰だよ親友。

 信じた瞬間裏切るとか何メイカーだよ。


「まぁいい、貴様には立場の弁え方を教授してやろう」


 立場ですか。この場において立場もクソもないね。


「あーいいっす。あなたなんかに教わることは何も無いんで」


 再び空気が凍った。

 唯一の救いはグリドが腹を抱えて笑っているところだが、ベズニットは怒りに顔を歪めながら俺を見たままだ。


「貴様……俺様を誰だと思っている……!」


 あーあー。

 そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。

 せっかくの王子顔が台無しですよ。


「えっと……第二王子で隊長ですかね?」

「そうだ! わかっているじゃないか!」

「ま、亡命してきたわけですし、僕の隊長はテラだけなんで……肩書きだけで偉そうにしないでくれます?」


 あ、もしかしたら失言だったかもな。

 遠征部隊に所属された以上、他の隊長は上の立場になるのかな。

 先輩後輩年上年下っていうのとは別の立場が。クロシェル隊長は全ての意味で上だよな。


「革命軍として遠征に出るってのは重要な役割を担うってことでしょう?

 隊長ならば危険を顧みず、率先して行い、軍のために貢献するべきでは……?

 愚痴愚痴と人のせいにするわ、一週間そこらで負傷して撤退するわ……それで敬えとは土台無理な話です」


 あースッキリする。

 やはり本音で会話するっていいね。

 目と目で会話をすれば、相手の感情もわかるってもんさ。

 携帯端末が便利な時代だけど、コミュニケーションはこうじゃないとな?


「フン、新参者がよく言う。本来ならば遠征には万全の状態で望むもの。鍛錬の途中であれば副作用が出ている場合もあるだろう。プロフェッショナルだからこそ遠征に前向きなれん場合もあるのだ。

 撤退したのも俺様が負傷したわけではない。部下の失態に過ぎん」


 実際そうなのかもしれない。

 正直遠征に出たこともない俺が言うのもおかしい話だからな。

 でも部下として人の上に立つ者はこうであってほしくない。


「部下に責任を押し付けるんですか? 選ばれし俺様が?」


 俺の言葉に、ベズニットはむっとした表情を浮かべた。

 もう一押しだ。


「それで天命だなんて、笑わせる」


 ――ガッ


 その一言を告げた瞬間、激しい衝撃と共に俺は宙に浮いていた。

 正しくは胸倉を掴まれて持ち上げられたのだ。


「貴様ァ、俺様をここまでバカにするとは、いい度胸だ。覚悟は出来ているんだろうなァ」


 ものすごい速さだった。

 副作用でまともに動けないとは言え、目にも見えぬ速度で、気付けば宙にいたのだ。

 やはり覚醒者としての身体能力は高いに違いない。


「ベズニット隊長、部下の無礼については謝ります。その矛を収めてください。仲間同士の戦闘は、鍛錬を除いてご法度ですよ?」


 そう言ったのはテラだった。

 ベズニットの空いた手を見ると、鋭い矛のような形状に変化していた。

 ぞっと寒気に似た感覚が襲う。命を刈り取られそうになる、得も知れない不快感だ。

 ……テラが静止していなかったら、これに貫かれていたかもしれないわけか。


「ふん……」


 ガシャン、と俺は車椅子に着地した。

 激しい振動で全身の筋肉が悲鳴を上げる。


 痛みにもだえながらも、テラの行動に素直に喜んでいた。

 上に立つ者の話をしたが、テラも例外ではない。

 先ほど突き放された時はどうかと思ったが、一安心だ。

 やはり部下のために動いてくれる隊長であってこそ、ついていきたいと思わせる器があるってもんだね。


 だからこそ、だが。

 目の前のこの器の小さい男に怒りと嫌悪感を抱かざるを得ない。


「まぁいい。そもそもこの女がスパイであるという話だったハズだ。威勢がいいのは認めるが、疑いが晴れない以上は今回の議題に上げさせてもらう」


 ベズニットは流れが悪くなったと見たのか、俺に背を向けてそう言った。


「待ってくださいよ」


 すかさず俺は言う。

 疑うのは勝手にしろ。無茶苦茶な話なんだよ。


「なんだ、まだ文句を垂れるのか?」

「文句というか……約束してほしいことがあって」


 俺の言葉にベズニットはゆっくりと振り向いて笑った。


「約束ゥ? どの立場で俺に約束を取り付ける? 妄言もいい加減にしろ、ハッハァ」


 立場立場とうるさいヤツだな。肩書きはどうでもいいってんだ。


「セレンに謝れ」


 強く、言った。


「スパイに謝る筋合いは無い」


 笑みは消えない。


「お前の言うのは全て根拠の無い仮説に過ぎない。それこそ妄言だ。疑うのは勝手だが、この場でそれを偉そうに語り、周囲を扇動し、彼女を責め立てたこと、絶対に許せない」

「貴様程度に許してもらわなくても一向にかまわんぞ。貴様こそ、こいつがスパイでないことを証明できるのか? ん?」


 簡単なことだ。


「俺は今夜遠征に出る」


 だから言ってやろう。


「そこで必ず、見つけてみせる」

「見つけるぅ? 一体何をだ」


 こいつの仮説を崩すには、言いがかりとも言えるいくつものポイントを否定してやることだ。


 ポイントを整理しよう。


 ・都合よく解毒できることなどおかしい。

 ・退避不可能な足でクロシェル隊長を背負って帰還することなどおかしい。

 ・合流ポイントがよりにもよって変異体の巣であることがおかしい。


 この3つの疑惑の種。

 これはセレン自身に関わることであって、俺が干渉してどうこうできることではない。

 運がよかったわるかったとしか言えない部分もある。


 だから俺が否定してやれるのはひとつだけだ。


「透明な敵だ」


 ベズニットは、透明な敵というのは毒による幻覚であり、襲撃などはなくただの裏切りであったと言っている。


「クロシェル隊長を襲った張本人を捕まえてこれば、何も問題は無いだろう?」


 だからこそその交戦の証拠となる敵の存在を示してやろうというのだ。


「だから全ての疑いが晴れた時、彼女に頭を下げて詫びろ……!」


 歪むベズニット隊長の顔を見ながら、そう言い放った。



「――ガッハッハ、わかってるじゃねえかエル坊」



 突如大広間に大きな声が響いた。

 言うまでもない、ギガ支部長の声だ。


「なんだが一悶着あったようだがぁ、口で言い合っても進まん話だ。その点は一旦おいておこう。いいかぁ?ベズ坊」

「ち……」


 ベズニットは俺を睨んでいたが、舌打ちと同時に視線を切った。


「これを見ろ」


 支部長は中央のモニターを指し示した。

 アトリエルさんが脇から現れ、マイクを握った。


「私から説明いたします。表示されているのは話題にも上がっている遠征地、フォッド地方南西部の地図です」


 フォッド地方。

 地球の歴史上最も新しくできたとされる大陸、新大陸。そこの南部にあたるところだ。

 俺の国があるのはフォッド地方の北部にある。

 国境付近にヒマラヤ山脈から繋がる険しい山岳地帯が多くあり、これを境にフォッド地方は北と南に分けられる。

 地上に出たことがないからわからなかったが、この支部は新大陸南部にあるようだ。

 それもそうか、俺が気を失っている間にここへ運んだとして、大陸を越えたとは思えない。

 世界政府の施設からそう距離があるとも考えにくいしな。


「ここで水色で示されているのが調査済み地区です。クロシェル隊が行ったものと、ベズニット隊が補完したもので、全体の98%が調査完了しています」


 地図に色が重ねられた。

 ほぼ水色の地図へと変わり、遠征による調査が済んでいることがわかる。

 調査というのは、大罪因子を持つ存在がなく、憑依体出現の危険性が無いということだろう。

 大罪因子を察知する感知者(シーカー)の力を用いているのであれば信憑性は高い。


「だが見てわかるとおり、この赤で示されている部分、2%が問題だ」


 支部長はそう言って続けた。


「ここは知ってのとおり世界政府によって不可侵領域(サンクチュアリ)に指定されている山だ。ヒマラヤに続く山岳地帯の一部だが、ここの調査が済んでいない」


 不可侵領域(サンクチュアリ)

 世界政府発足時から定期的に指定される地域・場所のことで、文字通り何人たりとも入ってはいけないという意味だ。

 理由はいくつかあるが、単純なもので自然保護、歴史的遺産。そして何よりその危険性。

 世界政府が決めたものに過ぎないので、詳しくは知らされていない。

 表向きでは自然保護を掲げていても、トップシークレットの施設が隠されているのかもしれない。

 犯罪者を隔離している施設もおそらくそうだろう。


「セレンが述べた合流地点ってのがここの入り口だな。おそらくネイヴィは単体で調査を進めている可能性が高い。約束のタイミングで現れなかったことは、何か不測の事態が起こったのかもしれん」


 この不可侵領域(サンクチュアリ)は確実に危険だろう。

 もともと良くない噂が多い場所であったし、北西のふもとにある町も治安が悪いと聞く。

 ベズニット隊が撤退を余儀なくされたように、変異体の巣まであるってんだから、人が寄り付く場所じゃない。

 よりにもよってネイヴィという人は一人でその奥に侵入したというのだろうか。


「クロシェルが襲撃されたというのがここだ」


 支部長の声と同時に、地図上に黄色い点が浮かび上がった。

 不可侵領域(サンクチュアリ)のすぐ北東側にある地点だ。


「おそらく世界政府もこの山岳地帯に進軍してくる。すでに追われた犯罪者たちはここへ逃げ込んでいる可能性が濃くなった。一刻も早く現地の調査が必要なわけだ」


 なるほど。

 確かに不可侵領域(サンクチュアリ)ともなれば、その危険性を除けば逃げ込むにはうってつけだろう。

 山岳地帯では軍もうまいこと進むことが出来ないだろうしな。


「なので今夜出発のテラ隊はこの不可侵領域(サンクチュアリ)の調査をしてもらうことになる。当然クロシェルを襲撃した存在のこともある。それは……」

「必ず突き止めて見せます」


 支部長が俺を見ながら言うので、すかさずそう返事をした。

 ベズニット隊長を見ると、できるものならばやってみろと、そう言わんばかりの下卑た笑みを浮かべていた。

 視線をすっと支部長へ移すと、彼は口を開いた。


「支部長、俺様にはにわかにも信じがたいのだが? 事実スパイの仕業だとすれば早急に手を打たなければならない」


 相変わらずの論調で、セレンへの処分を求めたのだ。


「まーおめーにも面子ってもんがあるだろう。訓練されたスパイには読心術も効かんときく。セレンには疑いが晴れるまで監視を付けることにしよう」

「フ……」


 ベズニットは口元を吊り上げると、黙って頭を下げた。


「その代わり」


 ぴくりと止まる白い髪を見下ろしながら支部長は言った。


「おめーのやってることは仲間割れの助長に過ぎん。冤罪だったその時は……覚悟しておけよぉ?」

「……承知している」





 こうして会議は続けられた。


 主に世界政府の動きを追うものだったが、大きな変化はこれとして見られなかった。

 人造覚醒者プロジェクトも思ったより進行せず、現在は停止しているそうだ。

 おそらく大量のサンプルが要る。

 今も逃走している大罪因子持ちを、一刻も早く捉えたいというところだろう。


 ネセサリービルの動きは未だに見えてこないが、俺には予感がある。

 今回の遠征でそれを垣間見ることになるだろうと。



 結果としてセレンへの疑いは晴れず、彼女には監視が付けられることとなった。


 会議が終わると、一斉に人々は散って行った。

 ベズニットの取り巻きたちが俺を睨みつけていったが、すまし顔でスルーしておく。


「あ~~~~~スッキリした! さすがエル君だねっ!」


 ロズはぴょんぴょん跳ねながら俺の肩を叩く。無論死ぬほど痛い。


「相変わらずお前は度胸があって面白い奴だ……センスがある。くっくっく」


 グリドは笑いすぎてつらかったのか、声を枯らしながらも褒めてくれた。

 バイオスと対峙した時も似たようなことがあったっけか。


 と、少しばかりか過去の記憶を探っていると、視界に影が落ちた。

 ずん、と目の前に巨大な壁が現れた。


「例を言うぞ、元もやし」


 それはクロシェル隊長だった。

 距離感がおかしい。車椅子座っている俺をほぼ垂直に見下ろすかのようにして、にやりと笑った。

 影がある分ホラーだ。ホラーでしかない。


「別に大したことはしてませんよ」

「いや、お前は俺を冷静にさせた。もしあそこで啖呵を切ってくれていなければ、俺はあいつをすり潰していたからな。はっはっは」


 恐ろしいことをおっしゃる人だ。

 多分本気で言っているからこそ本気で恐ろしい。

 ベズニットが言っていたが、戦神という二つ名を持っているくらいだし。


 苦笑いしていると、クロシェル隊長の背後にセレンが居ることに気がついた。


「そ、その……ありが……ごにょごにょ……///」


 セレンは顔を少し赤らめながらごにょごにょしていた。

 何を言おうとしているかはわかったが、言えていない。


「ああ、大したことじゃない」


 俺の行動が彼女のためになったのであれば、それでいい。

 だが俺の目的はセレンを救うことではないんだ。


「あの野郎の鼻を明かしてやりたかった……それだけだ」


 セレンは数秒ぽかーんとした後、きっと険しい表情を作って口を開いた。


「な、なによ! それで格好付けてるつもり!? なんだか礼を言って損したわ!」


 彼女はそれだけ言うと、クロシェル隊長の腕を掴んで行ってしまった。

 驚くべきはクロシェル隊長が笑顔のまま引きずられていく光景だ。  


「ま、エルらしいね」

「何がだよ……」




 こうして俺の初遠征は幕を開けた。


 目的地は、フォッド地方南西部不可侵領域(サンクチュアリ)


 通称、棘路(きょくろ)の山岳。


三章「遠征」スタート。

「遠征」ということで、遠征に出発するところまで書こうとしたらとてつもなく長くなってしまったという後日談。

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