第十四話 「覚醒者としての命題」
――ひとつの映像を見ていた。
俺の脳に流れ込んできた莫大な情報は景色であったり、音であったり、様々な感覚であった。
それがひとつの映像として、脳裏で結びついているのだ。
まるで、夢でも見ているようだった。
ただ、夢のように視野がぼやけることもなく、意識もしっかりしている。
「シエル、これはもう駄目かもしれねーぞ」
突如、映像は男に声を掛けられるところから再生した。
その中年の男はどっぷりと蓄えた脂肪を揺らしながら、俺に近づいてきた。
顔を見つめてみると、異常なほどの隈があり、明らかに不健康な状態であることがわかった。
俺はシエルという名前ではない。
確かに似ているが、俺の本名はフィエルテだ。
あなたのような人は知らないし、急に深刻そうな顔で話しかけられてもなにがなんだかわからない。
そんな意識であったが、それとは裏腹に口が開き、声を出した。
「ボリウム、か。シュミレートは終わったのか」
その声は、聞き覚えのない声だった。
確かに、俺の口から声を出しているのに、その内容も、声色も、まったく心当たりのないもの。
そこまで考えて、ひとつの事実に気付く。
どうやら俺は、このシエルという男性に憑依しているカタチのようだ。
意識はあるが、口は動かないし、思うように体も動かない。
ただこの男性が見たものが見え、聞いたものが聞こえる。
おそらく、これは大罪因子に残された過去の記憶を辿っているのだ。
「ああ、Xデーまで、もう7日しかない」
「7日、か。覚悟はしていたが、あまりにも急だな」
ボリウムという名の太った男性はどうやら研究職であるようだ。
それも、コンピュータを使ったシュミレートを専門とした、だ。
「おそらく、あと3日もすればユーラシア大陸の半分は沈む。ヒマラヤもすでに標高5000メートルを超えた。信じられねーな」
ボリウムは、絶望した表情で、シュミレートの結果を述べているようだ。
俺には、何を言っているのかわからないが、まったくというわけではなく、心当たりはある。
ユーラシア。
これは今俺のいる世界にある単語だ。
大陸、というものではないが、地名である。
過去の文明が多く見つかるとされ、現に数々の遺跡や書物が発見されている。
ヒマラヤというのも有名だ。
これは世界一高い標高を持つ山脈で、不動の大地と呼ばれている。
標高は10000メートルを超え、人類では到達不可能とされている危険区域だ。
なぜそんな地形が生まれているかは謎に包まれていて、現代でも多くの研究者が日々闘っている。
ボリウムが発した5000メートルという言葉とは食い違うが、関連性はありそうだ。
「各地で天災が相次いでいる。明らかに今の地球は異常だよ。大陸はねじ曲がり、海に沈み、そして天空へと隆起する。今までの科学じゃあどうあがいても説明できないな」
「何言ってんだ、この世で最初にこの異常現象を掴んだのは他でもないボリウム、お前だろ。他に誰がアメリカ大陸が消失するなんて予想できた? 誰もが戯言だと笑い、死んでいった」
「はっ、少なくとも俺の思う科学では、な。皮肉なもんだ、俺をのけ者にしたヨーロッパが今じゃ廃墟の地だ」
シエルとボリウムは、現代でも使われている単語を使っていた。
しかしそれらはどれも太古の文明として近年発見されたものばかりで、
今もまだ研究が進められているところだ。
わからないことも多いはずなのに、彼らはそれを詳しく知っていた。
そしてその話しぶりから、今では遺跡として発見されている場所も、当時はまだ存在していた、ということになる。
この事実が指し示すのは、彼らがその太古の時代の人間なのではないか、ということだ。
(……そんな太古から大罪因子は存在し、記憶を引き継いでいるのか?)
俺はそんなことを考えながら、二人の会話に耳を傾ける。
といっても、シエルが聞いた音が脳内で再生されるだけだが。
「この地が終わるのが、7日後になるのか?」
「俺のシュミレート通りにいけば、な。その頃には世界各地、生きている人間なんていないだろうさ」
「そうか……不思議なもんだな、この場所だけ、なにか特別なんだろうか」
シエルは顎に手を添えながら、眉間にしわを寄せる。
傍でボリウムがその大きな体をどすりとおろす。
椅子をギィギィと鳴らしながらシエルに向き合った。
「それは、おめーらが居るからだろうな。おそらく神は試しているんだよ」
「やめろよ、そうやって特別視するのは」
「だって事実だろ?」
ボリウムは苦笑いをするシエルに対して真面目な顔で続ける。
「科学を追い求めた俺が言うのもおかしいが、この流れは恣意的なモノを感じるぜ。地球の怒りってのか? 天罰とも言えるな」
「……」
シエルはただ黙って話を聞いている。
「そして偶然か必然か、おめーも含めた7人全員が、この地で息をしている。他の場所はどこも地獄絵図だ。無事なのはここだけだ」
ボリウムはここで初めて笑みを見せる。
たっぷりたまった頬の肉を精一杯に釣り上げ、口を開いた。
「正直、おめーが友人でよかったよ。こうして最後まで面白いものが見れた」
「なんだよ、急に。最後って不吉なことを言うんじゃねえ」
シエルは少し照れくさそうに、はぐらかすようにして答える。
「言葉通りさ、俺は投げる。あと七日間、おめーらがどう生き抜いていくのかを横目に見ながら、死ぬさ」
ボリウムの言葉に、シエルはすっと真顔になった。
ボリウムは、もう諦めていた。生きることを。
そしてそれが本音であることを悟ったシエルは、胸が締め付けられるような感覚とともに歯を食いしばる。
「最後の最後まで、楽しませてくれよ、相棒」
ボリウムの言葉に、シエルはただ黙って頷いた。
ゆっくりと立ち上がると、部屋の隅へ移動し、窓を開ける。
ぶわっと生暖かい風が部屋に入り込む。
(な、なんだよ、コレ。どうなってんだ……)
シエルが見たその景色は、言いようがないほど荒んでいた。
遠くの空は赤黒く染まり、山々は煙を吐き出して揺れている。
目の届く範囲に緑はなく、ただ荒廃した大地が広がっていた。
生命の気配はない。まるですべてが生きるのを諦めているような、そんな風景だった。
そう、まさにそれは地獄を体現していた。
――ぶつ、と映像が途切れた。
俺の脳を揺さぶっていた情報の流れもぴたりと止み、体の感覚が戻ってくる。
ゆっくりと瞼を開けると、虹色に瞬く床が飛び込んできた。
俺は膝をつき、四つん這いの姿勢になっていたようだ。
「はぁ、はぁ。今のが、”思い出す”ってことなのか……」
今でこそ平気だが、その瞬間は死ぬかと思うほどの苦しみだった。
今までの頭痛なんて比ではないほどの痛覚が襲ってくるのだ。
文字通り、脳が揺さぶられるってんだから、体中の汁が穴という穴から噴き出す勢いだ。
できることならば、二度と味わいたくはない。
だが、きっとあの映像には続きがある。
あれは、過去の映像だ。
太古の時代に、確かになにかがあったのだ。
あの、地獄のような風景が生み出される、何かが。
根拠はなかったが、俺はそれを知らなければいけない気がした。
いや、すでに知っているのだろう。思い出さなければいけないのだ。
「そっ、そうだ」
俺は当初の目的を思い出した。
現実に急に引き戻されて、忘れかけていた。
勢いよく顔を上げる。
そしてその景色を見た瞬間、ほっと胸をなで下ろした。
そこには最初の部屋の二倍ほどある空間が広がっていた。
――脳の許容量の増加に、成功したのだ。
「よ、よかった」
俺は安堵の声を漏らした。
一気に力が抜ける感覚。
そのせいか、ゆっくりと視界がゆがみ始めた。
ああ、そうだ、ここはまだ現実ではない。
瞑想空間だ。
もう一度、俺は引き戻される。
テラたちが待つ、瞑想室へと。
歪みはじめた視界は、ゆっくりと元に戻っていく。
今思えば、この感覚は眩暈に似ている。
平衡感覚を失い、眼球はコントロールを失いぐるんと回る。
天井も床もわからない状態で、景色がぐるぐると回るのだ。気持ちいいわけがない。
この眩暈に似た感覚が、頭痛を引き起こしているのだと直感した。
脳の制限を外し、時間感覚を極限まで圧縮する”瞑想”。
副作用である頭痛は、瞑想したときではなく、瞑想から返ってきたときが始まるのだ。
しかし今回の眩暈は、心なしか楽だったように思える。
いつもは頭の血がサーっと引いていき、真っ白になる。立ちくらみのような感じだ。
それがないのは、たまたまか、それとも脳の許容量を増やせたからか。
とにかく、現実に戻って体調を確認してみればわかる。
パチ、と瞬きをする。
何度かそれを繰り返し、部屋の明るさに慣れてきたころに、現実へと返ってきたことを認識する。
いつもはここでズキリと頭が痛み、気持ちが沈んでいくのだが、今回はそれがなかった。
俺の見立てでは、副作用の”軽減”なので、無くなるわけではなく楽になるという感じだった。
しかし、それとは異なり全く頭痛のようなものを感じられないのだ。
「おかえり、エル」
視線をずらすと、テラがにこやかな笑みで俺を迎えてくれた。
「何秒経った?」
「5秒くらいかな?」
俺はどれくらいの間瞑想していたのかを聞いてみた。
たったの5秒か。
扉と対峙し、リルーネと協力し、椅子を使い、扉を開け、過去の記憶を思い出し、新たな部屋を見つける。
あの決して短くはない時間が、現実ではたったの5秒の間に行われているというのだから、驚きである。
「5秒ってのはけっこー長いよ。普通は脳が限界を迎えて戻ってくる。2,3秒しても帰ってこなかったから、直感したよ」
テラはそう口を動かしながら、腕を伸ばし俺の肩に手をぽんと置いた。
「成功したんだね」
「……ああ」
テラはまっすぐ俺の目を見て、安堵の表情を浮かべる。
おそらく、タイムオーバーであったのならば、俺はすぐに瞑想空間から弾き飛ばされていたのだろう。
現実では2,3秒。
しかし実際は5秒。
おそらく扉を開けることに成功した時点で脳のダメージが緩和され、時間が延びた。
もしくは記憶を受け取っている時間だけ延長したとか、か。
「全く頭痛はないのかい?」
「そうだな、自分でも信じられないくらいだ」
テラの問いに、俺は軽く首を回しながら言う。
頭痛があれば、頭を動かすだけでズキリとくるハズだ。
しかしそれは全くない。
「ふむ、エルはそっちのパターンなのか」
「そっちのパターン?」
俺は即座に聞き返した。
「副作用の軽減には大きく分けて二つある。
ひとつは、今のエルみたいに副作用が現れるまでの時間の延長。
これは単純に脳を解放できる時間が延びるってこと。酷使すればいつものように頭痛がくる。
……一方は、脳を解放できる時間は変わらないけれど、襲ってくる副作用自体が楽になるパターン。
軽い頭痛なら集中さえすれば脳の解放は可能だから、どちらもあまり変わらないんだけど」
ふむ。
俺の見立てどおりのパターンもあるわけだな。
最大MPを単純に増やし、脳を使える時間を増やすか、
最大MPは変わらないが、MP切れのリスク自体を軽減するか。
俺はずるずると長い時間頭痛があるよりは、まとめて強い頭痛が来たほうがいいと思うタイプだ。
頭が痛すぎて歩けなくなる、ってのは難儀だが、決して楽ではない頭痛が長時間続くのは精神的にしんどい。
「ま、その様子なら、初級解放程度ならまだまだいけそうだね」
エルの話によると、ほとんどの人が最初の許容量増加に成功した場合、初級解放の副作用はかなり軽減されるという。
数回瞑想をしても、頭痛が起きないくらいに。または、気にならない程度の頭痛で済む。
「さて、となると次の段階に進もう、順調に思えるけど、決して余裕はないからね」
先生は、涼しい顔をしながら淡々とそう言った。
何度も言っているが、こいつは飄々としている時と、真面目な時の差がすごい。
そして真面目な時は、総じて頭が切れる。危機管理も、こういった計画性も、驚くくらいにな。
そんなテラが、余裕がないと言っているのだ。
うかうかはしていられないな。
「次は、皮膚硬化と肉体強化の習得、反復だったか?」
「……ん?」
俺が教育課程を確認しようと声を出すと、テラは怪訝そうな顔を浮かべて声を漏らした。
「記憶の引き出しは、終わったのかい?」
「ん? ああ、一応、な」
俺が返事をすると、かなり驚いたような表情をつくる。
そんな意外だったのだろうか。
「そうか、一回の瞑想でそこまでやれたのね、これは嬉しい誤算だ」
どうやらテラは、一回の瞑想で許容量を増加させるところまでを目安にしていたようだ。
そして、次の瞑想で新たな空間を探索し、記憶を引き出していく。
例えば、新しい本を探すとか、大罪因子に話を聞くとか、そういうやつだ。
しかし俺は先述したとおり、知識の継承が済んでいるので、受動的に思い出した。
言っていなかったが、シエルたちのことやあの地獄のような風景を見ただけでなく、初級解放である皮膚硬化と肉体強化の方法を思い出している。
まだ試してはいないが、頭ではどうすれば行えるのかわかっている。早く実践して感覚を掴みたいところである。
ふとここで思ったのは、あの映像のことだ。
俺の見立てでは、あれは過去の大罪因子所有者が体験してきた記憶だ。
つまるところ、俺の祖先にあたる。
時代はわからないが、今とかろうじて重なる地名から太古の時代であることも予想できる。
しかし、あれは俺の祖先の記憶だ。
誰もが同じように脳の許容量を増加させ、過去の記憶を引き出しているとしたら、テラも同じように過去の映像を見ているのではないか?
それも、俺の祖先とは違うわけだから、違う人間の記憶になる。
もし生きている時代が同じであるのならば、共通のワードが出てくることもあるだろうし、そこから何かを掴めないだろうか。
どうやら俺は、あの映像が気になって仕方ないらしい。
あの映像というか、あの時代の、歴史に。
どうしたら、地球があんな風になるというのだ。
今では、何事もなかったように地球は回っている。
海も空も青いし、朝も来れば夜も来る。
でもあの時代は、何もかもが狂っていた気がする。
あれが未来ならまだしも、過去だというのならば、知らなければならない気がするのだ。
――歴史の、真実を。
「なぁ、テラ」
俺は確認しようと思った。
あくまでも興味本位で、だ。
もしかしたらテラも歴史について気になっているかもしれない。
他の視点からの情報も知りたいんじゃないだろうか。
これは、情報交換だ。
俺の見た映像、得た知識と、テラのそれを照らし合わせたい。
そう思ったから声をかけた。
しかし、二の句が継げなかった。
体が、硬直していた。
まるでスタンガンでも食らったかのように全身が痺れ、言うことを聞かなかった。
激しい痛みが全身を走りぬけ、俺は力なく膝をついた。
なんだ!?
まさか、敵襲か?
誰かがこの瞑想室へ攻撃をしかけた、のか?
「エルッ!?」
しかしそんな様子もなく、テラが俺に駆け寄ってきた。
テラは回りを気にする様子もなく、俺が他の誰かから何かをされたわけではないことを悟った。
「な、なんだ、いまの……」
電流のような痛みは頭から下半身へと駆け抜け、足の先から地面へと消えていった。
その瞬間、体の自由を取り戻した俺はそう呟いた。
「……それは、”口枷”という現象だよ」
テラは心当たりがあるようで、ふらふらしていた俺に肩を貸しながら言った。
「なんだ、それは。副作用みたいなものか……?」
「いや、ちがう」
俺の見立てとは全く別のようだ。
俺の感覚では、突如、だった。
いや、あの瞬間だ。
過去の記憶について、テラに聞こうと口を開いた瞬間だった。
「口枷は、覚醒者のデメリットとも言える現象だ。脳を解放するしないとは関与しないから、副作用ではないとされている」
話しぶりから、この現象は俺だけではなく覚醒者全般にあり得ることのようだ。
ある意味、安心だ。俺にだけ起きた謎の現象であったのならば、持病を抱えるようなもんだ。
「発生メカニズムはよくわかっていない、が……総じてアレを口にしようとすると起きる。実際には声に出す前に、体が硬直する」
「ようするに、口止めされてるってことか……」
「そうなるね」
テラの言うアレ、とは間違いなく過去の記憶のことだろう。
俺はテラから過去の記憶を引き出そうとし、声をかけたが、それを止められたカタチだ。
大罪因子に、そんなプログラムが組み込まれているというのか。
「ま、ということで気になるところではあるんだけど、僕たちは自分自身の中でしか、知ることはできない。
革命軍として世界政府に対抗することも仕事だけど、これに関しては、覚醒者としての命題のような気すらしているよ、僕はね」
やはり、テラ自身もなんらかの歴史を見てきたのだろう。
一体過去に何があったのか、知らなければいけない。
これが、覚醒者としての命題――。
一回の映像であれだ。
おそらくもっと脳の許容量増加を成功しているテラたちは、もっと他の映像も目にしているのだろう。
だが、それでも足りないのだ。
真実に辿りつけていない、ということだ。
俺たち覚醒者はそれを知るために、もっともっと精進しなければいけないわけだ。
他人とは協力できないため、自分ひとりの闘いとなる。
ちなみに、口枷と言うだけあって当然口にしようとすることで起こる現象だが、
他の手段を用いようとしても同様に体が硬直するらしい。
例えば、文章に記そうとするとか、体で表現しようするとか。
暗号にしたらどうか、と試した人もいるようだが、その暗号を考えようとペンを持った時点で硬直したらしい。
試行錯誤した結果、覚醒者たちは他者との協力を諦めるしかなかったようだ。
それほどの高度なプログラミングが為されているとは、驚きだ。
なぜ大罪因子はそこまでするのだろう。
何か、そこにもヒントがありそうな気がする。
「ま、その件は置いとこう。今後気をつけてね」
テラは一旦話を戻した。
「予定ではこのままもう一回瞑想してもらって、記憶を引き出しに行ってもらうつもりだったけど、嬉しい誤算で必要なくなった」
テラの教育課程では、そういうことだそうだ。
「次は初級解放を反復してもらうことになるんだけど、今の脳の状態ではいい成果は得られないと思う」
「ん? どういうことだ? 数回の初級解放は可能なんじゃなかったのか?」
「説明するよ」
テラは説明をしてくれた。
初級解放と副作用の関係は、筋肉トレーニングに似ている。
脳を解放していくと、やがて筋肉痛のように頭痛が起きる。
この頭痛が治っていくと同時に、解放の効率化が為されるらしい。
あくまでも効率がよくなるだけで、副作用が軽減されるわけではない。これは瞑想で実証済みだ。
だが、その効率化が重要らしい。
3ステップ目の、初級解放の反復は、その効率を上げていくことが目的だ。
スムーズに、より強力に力を引き出す。
最初は皮膚を硬化させるのに時間がかかるが、やがて瞬間的に行えるようになる。
部分的であった皮膚硬化も、状況に応じて全身に作用させたり、それこそより精密にコントロールすることも可能になる。
実践において、皮膚硬化と肉体強化をいかにスムーズに使いこなせるかで、覚醒者としての実力が問われるようだ。
確かに、いかに切れ味のいい剣を持とうが、剣さばきや足運びがなっていなかったら、宝の持ち腐れである。
中級解放を習得し、大罪因子の能力を習得したところで、皮膚も硬化できずに銃で撃たれていては意味がない。
つまり、どの世界でもいわれている、”基礎”なのだ。
基礎を疎かにしておいて、大成は為されない。
よく、父が使っていた言葉だ。
そしてその肝心の効率化だが、
皮膚硬化なら皮膚硬化で、肉体強化なら肉体強化で頭痛を引き起こす必要がある。
その頭痛が治っていく過程で、効率化が為されるからだ。
つまり今の俺は、瞑想一回分の頭痛が蓄積されている。
この状態で例えば皮膚硬化の反復をしたところで、瞑想による頭痛が混ざり合って、
いい効率化が図れないというのだ。
まるで素人がよくやるような、がむしゃらに体を動かす非効率的な筋肉トレーニングのように。
「だから、この余っている時間を使って、先に見てもらおうと思う」
「見るって、何を?」
テラは俺の問いに、視線を横にずらした。
それを追うと、そこにはグリドとロズが居た。
先刻と寸分違わぬ姿勢のまま、眠るように目を閉じていた。
「気になるでしょ? 覚醒者の戦いってやつ」
その言葉を聞いた瞬間、体の奥底でキュゥと、何かが締め付けられた。
決して不快ではなく、心地いいくらいの、感覚。
同時に、ぶる、と体が震えた。
俺は興奮していたのだ。
こうして、俺はグリドとロズ、二人の鍛錬を見ることになった。




