第十話 「再スタート」
……はっきり言おう。
俺は、”傲慢”の犯罪者だ。
どれだけあがこうが、俺の中にはその大罪因子が眠っている。
傲慢というのは、おごりたかぶって人を見下すさまを言う。
言い換えれば、自分を過大評価して、現実を舐めているヤツを指す。
だから、俺はすぐに油断する。
なんとかなるだろ、そう判断する。
プラス思考、そう言えば悪くは無い。
だが、生死を分ける場面においては、それは緩慢でしかない。
俺は自分では覚醒者として未熟だと言いながら、
強くなるための努力を怠った。
ましてや俺は、遠征という生死を分ける状況を前にして、
図々しくも味方がなんとかしてくれるだろうと、そう思った。
その味方が、血と汗を流しながら、自らを鍛えていると知らずに。
傍から見れば、なんて情けないヤツだろう。
自分でたいした努力もしないクセに、
自らの危険を恐れ、仲間に頼りきり。
そんな人間が目の前にいたら、俺は殴ってやるね。
……だから、殴ってやった。
過去の自分を、ぶん殴った。
俺は、変わらなければいけない。
テラが言った、”図々しい俺”は、そんな情けないヤツではない。
傲慢からくる図々しさではなく。
誇りからくる図々しさだ。
もう、油断はしない。
もう、舐めたりしない。
胸を張って、誰にも負けないくらいに強くなって。
そこで初めて、図々しくあろう。
俺は大広間を出て、瞑想室に直行していた。
居住区に戻るつもりは無かった。
まず、テラたちに合わす顔が無いし、
強くなるためには、時間が惜しいからだ。
支部長の言った期限は、一週間。
俺はそれまでに、支部長に認めらなければいけない。
少なくとも、まだ使えるゴミであると、思われなければならない。
でなければ、俺はそのまま処分されることだろう。
ゴミは、決まった曜日がこれば運んで処分するものだ。
さて。
俺は瞑想室の一室に座り込み、目を閉じていた。
最初の段階だ。
覚醒者として、足りないものばかりだ。
ただがむしゃらに強くなろうとしたところで、どうすればいいかわからない。
ならば、せめて自分にできることを増やす。
当然、それは”瞑想”となる。
初級解放の頭痛すら軽減できていない俺は、
上級解放の内容を知らない上に中級解放すら扱えない。
その問題をてっとりばやく解決するためには、
瞑想を繰り返すしかない。
とにかく、回数を、秒数をこなす。
副作用がきつかろうが、集中さえ保てれば瞑想空間には入れるハズだ。
そして、できればリルーネから知識を引き出す。
覚醒者として、強くなるためのヒントになるはずだ。
精神を集中する。
ずきん。
支部長との結合の副作用が俺を襲う。
ずきん。
関係ない。
ずきん。
……うるせえ。
ずきん。
……。
ずき
「――うるせえッ!!!!!」
俺は叫んだ。
はっと目を開けると、景色は変貌していた。
間違いなく、瞑想に成功していた。
「はっ、やればできるじゃねえか」
強引な手段もあるもんだ。
副作用があろうが、関係ないね。
俺なら出来る、とここは傲慢でありたいものだ。
視線を動かすと、可憐な少女が佇んでいるのが見えた。
少し顔を伏せがちにしていて、表情は読めない。
結合のときでの瞑想空間では彼女はいないので、その姿を見てホッとする。
「やぁ、リルーネ」
俺は彼女の方へ歩みを進めながら、軽く言葉を投げかける。
彼女はその声でぱっと顔を上げた。
「……エルさん」
彼女はぼそりと呟く。
瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。
その表情に、一瞬心臓が波打つ。
どうしたのだろうか。
……いや、心配ではある、が。
今の俺には時間が無い。
この瞑想空間に居られる時間も、無限にあるわけじゃない。
「話は聞いていただろ? 俺は強くならなければいけない」
俺は彼女を気遣おうとする心をぐっと抑え、言った。
ただ冷徹に、強さを求めて。
「結合中の会話は、大罪因子には聞こえないのです」
……そうなのか。
彼女は常に俺の脳内で、すべての挙動を見ているものだと思っていた。
考えていること、思っていることもすべてが筒抜けであると。
「ですが、あなたの感情は、その想いは、痛いほど伝わってきました」
リルーネは上目遣いで俺を見つめていた。
「強くなる方法、お教えしましょう」
彼女は少し寂しそうに微笑んで、そう言った。
なにか引っかかるような、そんな笑顔だ。
「努力次第では、一週間で、中級解放まではなんとかできるようになるはずです」
……一週間もか。
努力次第で、ようやく中級覚醒者?
「だめだ」
「はい?」
俺はその提案を聞いて、納得できずにいた。
「それじゃあ足りない。中級解放までじゃ、意味が無い」
なぜなら、俺の求める強さは、その程度じゃないからだ。
きっと、テラやグリドたちは、中級程度じゃないだろう。
必ず、その上があるはずなのだ。
そして裏を返せば、敵もそれ以上であるとも言えるのだ。
「……それは」
「教えろよ、そこから上を。あるんだろ?」
言葉を濁す彼女を、責め立てるように言った。
心が痛まないわけがない。
少なからず惹かれている女性に、冷酷でなければいけないのだから。
「……はい」
彼女は今にも消えうせそうな小さな声で肯定した。
以前、彼女は首を横に振って、それ以上を教えないという意思を示した。
そこに理由は必ずあったと思う。
だが俺は、その理由をおさえつけて、彼女を脅すのだ。
例えそれが彼女の涙の理由だとしても。
「ひとつ言っておきます。私は、エルさん。あなたに無理をしてほしくない。あなたの死は、私の死でもあります。脳の酷使は、それだけリスクが伴うものです」
脳の酷使。
副作用が襲ってきているというのに、無理やり瞑想状態になる、今のようなことを言うのだろう。
俺を宿主とする大罪因子は、俺が死ぬことで消えてしまうのだろう。
当然だ、遺伝子は受け継ぐことができなければ、そこで終わりを迎える。
「だから、教えたくない」
単純に彼女は、俺を気遣ってくれていたのかもしれない。
あなたの死は、わたしの死。
だから無理をしてほしくない。
……そう言いながらも、きっとそうではないのだと思う。
彼女の浮かべた表情は、あふれ出した涙は、俺にそう感じさせた。
でもダメだ。
優しいだけじゃ、だめだ。
戦場では、優しさは甘さでしかない。
使えるものはとことん利用して、生き残るためには手段を選ばない。
だから、俺は彼女を利用するのだ。
そう、これは生き残るためなんだ……。
「じゃあ、俺が使えないゴミとして、支部長に殺されるのはいいんだな?」
俺は強い口調で、言葉を彼女に投げつける。
リルーネは少しおびえた表情を浮かべながら、口を開いた。
「……ですから、中級解放までを、と」
「だめだね。それで支部長に認められる保証はあるか?」
「それは……」
非情に徹し、彼女の反論を潰す。
言葉を詰まらせた彼女は、再び顔を伏せる。
「もし認められたとしよう。その程度で、遠征で無事に生き残れるのか?」
「……」
俺は、最低な男だろうか。
無機質な床に、ぽたりと水滴が落ちる。
「憑依者の処理にとどまらず、世界政府やネセサリービルとの衝突に、対処しきれるのか? その、中級程度で」
己を気遣ってくれる女を、泣かすのだから。
「俺を殺したくないなら、とっとと教えやがれ。いっとくが、俺は図々しいぜ?」
もう、後には戻れない。
矢継ぎ早につむがれた言葉には、
今まで築いた信頼を崩すには十分の棘があった。
リルーネはそんな言葉受け取り、どんな気持ちでいるのだろう。
俺のことが嫌いになっただろうか。
もう、口をきかなくなるだろうか。
でも、どれだけ後悔しても、もう遅い。
強くなると決めた覚悟を捨ててしまっては、
もう俺は前には進めない。
使えないゴミとして一生を終えるくらいなら。
――惚れた女の一人や二人、切り捨てて生きてやる。
しばらくの沈黙の後、リルーネは腕で涙をぬぐうと、ゆっくりと顔を上げた。
そして、覚悟を決めたように、口を開いた。
「わかりました。私は全力でエルさんの期待に答えます」
リルーネの返事は、諾了を表すものだった。
言葉も出ない。
すまない、リルーネ。
彼女は心の中での謝罪を聞いたのか、いいんです、と答えて続けた。
「エルさんが後に引けないことは、わかっています。今度は、私が覚悟を決める番でした」
彼女は、はかなげな笑みを浮かべて、俺のほうへと歩みを進めた。
「もう、迷いません。私の知るすべてを、あなたに授けます」
リルーネはそう言って、額をとん、と俺の胸につけた。
ふわりと彼女の匂いが立ち上り、一歩後ずさる。
だが、その抵抗も虚しく、彼女は両腕で俺の背中に手を回すとぎゅっと抱きしめた。
お、おい。なんだよコレ。
何がなんだかわからないでいた俺の胸の中で、リルーネが呟いた。
「継承」
その刹那、リルーネは体からまぶしいほどの光を放ち始めた。
一体何が、と思うのも束の間、俺の頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
脳が小刻みに震える感覚。
何枚もの写真が、文字が、留まることなく脳裏に浮かんでは消える。
「っぐ……ぁ」
初めての感覚に吐き気を覚えたころ、ぴたりとそれは止まった。
「はぁ、はぁ……」
息を荒げていた俺のそばから、リルーネは一歩下がって口を開いた。
「私の、知り限りの情報を受け渡しました。あなたが知りたがっていた覚醒者のことも、その中にあるはずです」
その言葉の通り、俺は全く知らなかった覚醒者の知識を持っていた。
瞑想の方法、副作用の軽減メカニズム、上級解放……俺が求めていた強くなる手段が、そこにはあった。
しかし、一部靄がかかったように、思い起こせない部分もあって、そこだけは引っかかった。
「一部の情報、記憶は、あなたの脳が成長する毎に思い起こせるはずです。今はまだ、無理でも」
つまるところ、情報のすべてを受け取りはしたが、閲覧は許されていない、ということだ。
具体的に表すならば、こうだ。
○ 上級解放(脳の解放率16%~32%)
1.中級能力解放
大罪因子による能力のうち、半分までを行使できる。
2.具象化
??????????????????
『副作用 意識の喪失』
○特級解放(33%~66%)
1.上級能力解放
大罪因子による能力のうち、ほぼすべてを行使可能。
2.??
??????????????????
『副作用 ??????』
○????(?????%)
???????????????
?になっている部分は、思い起こせない部分だ。
上級解放をすることで、能力の半分を行使できること、そして”具象化”という名前の力が使えるということだけがわかる。
具象化が一体どんなものなのかはわからない、という感じだ。
その上の特級解放にいたっては、全くといってもいいほどわからない。
脳を66%よりもさらに解放することが可能であるようだが、一体何が出来るのかわからない。
ましてや、どんな副作用が襲うかなど、見当もつかない。
上級で意識を失うのであれば、特級以降の副作用は知りたくも無いな。
「リルーネ、悪かったな。ありがとう。これでやるべきことが見つかった」
俺は素直に礼を述べた。
彼女は、ひどい言葉を投げかけた俺を受け入れ、期待に応えてくれたのだから。
リルーネは頷いた。
彼女はこれからも、全力で俺をサポートしてくれるそうだ。
俺は胸をなでおろすと、視界が歪んでいくのを感じた。
タイムリミット。
一定の成果はあった。
まずは現実に戻って、色々と考えなければ。
「――うっ」
強烈な吐き気を覚え、俺は現実に戻った直後、瞑想室を飛び出した。
運のいいことに、すぐそばにトイレがあったので急いでかけ込み、便器に顔を突っ込む。
「うおえっ……」
言葉にできないような悲惨な嗚咽を漏らしながら、俺は盛大に吐いた。
今までの吐き気とは比ではない。
我慢ということが不可能だった。
トイレまでいけたことが奇跡といっていいレベルだ。
「おえっ……く、くそ」
頭痛はともかく、吐き気は精神にくる。
決意が揺らぎそうになるほど、それは俺を悩ませた。
「ちっ、ふつーは……吐いたらスッキリするもんだろ……」
胸がやけそうな感覚を抑えながら、愚痴をこぼす。
もう胃は空っぽだが、それでも何かを吐き出そうと横隔膜がうねる。
――しばらくは、トイレが恋人になりそうだ。
一時間が経過した。
俺は地獄のような時間を耐え、便座に腰を下ろしていた。
トイレからは出れない。
吐き気は軽くなってきたものの、無くなったわけではない。
頭痛のダブルパンチで、歩けそうにないことも理由のひとつだ。
さて、いったん現状を整理しよう。
トイレの中でもできることはある。
俺は、現在初級覚醒者に位置づけられる。
ちなみに、初級覚醒者の中でも、かなり下だ。
瞑想も皮膚硬化も意図的にできず、肉体強化も行えない。
この現状では、支部長にゴミ扱いされ、処分されることだろう。
俺の目指すところは、最低でも中級解放のマスター。
つまり、中級覚醒者の上位までは上がりたい。
少なからず大罪因子の能力が引き出せる中級であれば、部隊に貢献できるはずだからだ。
欲をかけば、能力の半数が行使できる上級になりたいところだ。
具象化という力も気になるところだ。
期限は、わずか一週間である。
現実は決して甘くない。
では、これからどうするか。
リルーネが言ったのは、一週間で中級解放まで、だ。
これは俺の言うマスターということではなく、使えるレベル、というところだろう。
つまり、生半可な努力程度では上級どころか、中級へ上がれるかもわからないのだ。
限られた時間で、効率よく鍛錬を積み、能力を習得していく必要がある。
ここでネックなのが、副作用だ。
すでに頭痛に襲われている俺は、なんとか瞑想が行えたものの、大分脳を酷使しているようだ。
ここへ戻った時に吐き気もセットできたことからもわかる。
体感では、この副作用は6時間ほど続く。
その強さには幅があり、時間が経過していくにつれて弱くなっていく。
副作用が軽いときは、強引に脳を解放できるが、
重いときはそれどころじゃない。
前のように牛のように歩くのがやっとであったり、テラのように立てなくなることもあるだろう。
なので効率よくいくならば、こういう流れになる。
① 副作用が無いとき(もしくは軽いとき)に脳を解放して鍛錬を行う。
② 鍛錬を終え、副作用がくる。
③ 副作用が重いときに、睡眠や食事をとる(2~3時間程度)
④ 再び副作用の度合いを確認し、①に戻る。
このサイクルで計算していくと、一周6時間かからないくらいだろう。
常に副作用に襲われていることになるが、一日に4サイクル可能。
一週間でなんと28サイクルも可能だ。
どれくらいの鍛錬を積めば副作用が軽減され始めるかはわからないが、
副作用の重さ次第ではサイクル回数を増やすことも可能だ。
あとは、俺の脳がどれくらい持ちこたえ、どれくらい成長していけるか、だ。
そこで、ふと受け渡された情報に気になるものがあった。
『脳の許容量は、瞑想空間の広さに比例している』
これは、支部長にも教えてもらった内容だ。
『脳の許容量に応じて、副作用が軽減されていく』
こっちが新しい情報。副作用の軽減メカニズム。
脳のキャパシティが広がれば、多少脳の力を解放しても問題なくなる、というところだろう。
これを踏まえて、改めて俺の瞑想空間を見てみる。
広さは、ざっと5メートル四方。
初めてここへ来たときに測ったときと、なんら変わっていなかった。
これはすなわち、俺の脳の許容量は、いまだに変化していないということだ。
これは脳が成長していないと同義であり、すなわち副作用も変わらない。
「はは、そりゃ疑って当然だ」
俺は何度か脳を解放して副作用に苛まれた。
しかし、副作用は軽減されていく様子がなかったので、そもそも本当に軽減されるのか、と疑ったくらいだ。
現実は然りで、これっぽっちも軽減されていなかった。
じゃあ、実際問題どうやって脳の許容量を増やす?
リルーネが言っていたように、鍛えることでそれは可能なのだ。
だが、それはただ回数を重ねればいい、ということではないようだ。
「瞑想空間を広げることで、脳の許容量が増える……」
俺は呟いた。
といっても、どうすればいいか見当もつかない。
リルーネから受け継いだ情報は、具体的にどうすればいいかは教えてくれない。
教科書には方程式が載っているが、実際にそれを使って問題を解くのは俺自身、という感じだ。
「広げる……」
教科書で思い出した。
昔、教科書サイズの紙に落書きをして遊んでいたことがある。
盛大な作品を作るとかほざいていた俺は、思うがままに鉛筆を走らせるのだが、いつも紙のサイズが足りなくて断念していた。
あの場合、どうすればいいのだろう。
大きい紙を用意すればいいか。
もしくは、もう一枚紙を隣にくっつける。そして大きな紙にする。
「まさか……」
瞑想空間も同じかもしれない。
今は5メートル四方の部屋だ。
これを物理的に広げることはできない。
あれは頑丈そうだ。
というか、たとえ殴って壁を壊せたとしても、あれは俺の脳の一部だろう。
そういう意味で遠慮したい。
だが、隣にもうひとつ空間があるとしたら?
それをつなげることで、広くなるのではないのか?
そこまで考えて、ひとつの事実を思い出した。
ふっと、ひとつの扉が脳裏に浮かぶ。
その扉はなぜか床から離れた位置で俺を見下ろし、へっへっへといやらしい笑みを浮かべている。
「くっくっく、リベンジか、燃えるぜ」
俺はぼそりと呟いて、無残にも仰向けに転がされたシーンを浮かべていた。
次は、ああはならない。
目標は、見えた。
あの扉を、開けるのだ。




