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気づいたら犯罪者だった  作者: iceight
第一章 覚醒
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プロローグ


 気づいたら俺は犯罪者だった。


 なぁ、信じられるか? 自覚していないうちに、だ。なにも、精神がいかれてしまったわけじゃない。

 いたって健康、情緒安定。

 自分では変な趣味はないと思っているし、法にひっかかることをした覚えはない。

 気がついたら目の前に血まみれの死体が転がっていて、ふるえた手には刃物が握られていた、なんてこともない。

 俺はベッドの上で何もしていないのに犯罪者になったんだ。


 冒頭から意味がわからないと思ったことだろう。

 俺自身もそのときはパニックになったさ。だが現実はいたってシンプルだ。

 世界政府が、秘密裏に行っていた研究が公開されたのだ。

 これから、俺がいつものように朝を迎え、そしてあたりまえのように犯罪者になるまでを、事細かに語ろうと思う。



 気だるげな朝だった。窓の外では小鳥たちが囁きあっていた。


「……くっそ、ねみぃ」


 俺は言うことを聞こうとしない体を気合でたたき起こし呟いた。

 時計を見ると、すでに午前十一時を回っており、まもなく正午というところだった。

 寝すぎだとか、それだけ寝ておいてとか、そんな文句は聞き飽きた。

 土曜の朝はとにかく寝ることにしているのだ。

 そのわけとして、平日の深夜までのバイトによる、慢性的な睡眠不足がある。

 寝られるタイミングに寝ておかないと、体がもたないのだ。


 俺がこんな生活を始めたのは最近になっての話じゃない。

 ちょうど三年前、実の親父が家を飛び出した。


 なんてことはない、以前からよくいなくなる人間だった。

 数日、一週間、時には一月ほど家を空けることがあった。

 そして何事もなかったように金を持って帰ってくる。

 最初は母親も俺も戸惑ったものだが、次第に慣れた。


 はたから見ればなんて父親だ、と思うかもしれないが、俺にとっては尊敬できる父だった。

 家にいるうちはどこにでもいるような優しい父だったし、どんな手段を用いているかは見当もつかなかったが、それでも家庭を支えていたことに変わりはないのだから。


「家のスペースがひろくなっていいじゃない」


 もとからサバサバしていた母は、よくそう言っていた。

 かくいう俺も、そういうものだと思って日々を過ごしていた。

 生活には困っていなかった。


 だが、三年前に親父が家を出てからは、違った。

 今日の今まで、親父は帰ってきていない。


「お金が足りなくなるわねえ」


 母はそういって仕事を増やした。

 帰ってこない親父のせいにするでもなく、淡々と。


 ――親父は帰ってこないのか?


 親父が家を空けてから2ヶ月して、母にそう尋ねた。

 父のことを改めて訊くのはそれが初めてだった。

 きっとそのうち帰ってくるでしょう、と母は答えた。

 それ以降、俺は父のことを尋ねてはいない。

 おそらく、同じ返事をするだけだと思うからだ。


 父がいない生活は慣れていた。

 一ヶ月が一年に延びようと、別に寂しがるわけでもなし、ただ金を用意しなければいけなかった。

 こうして俺は深夜のバイトを始めたのだ。



 ベッドの上で座ったまま、俺は枕元にあった携帯端末を手に取る。

 そこで自然と目に入ったのがトップニュースの一行だった。


 “犯罪心理学に終止符? 世界政府から緊急声明 正午から”


 ――犯罪心理研究?

 脳裏にクエスチョンマークが浮かんだが、すぐに思い出した。

 近年研究が盛んに行われている、犯罪を行う者の心理を捉える学問だ。

 主に犯罪者を追う際の捜査や防犯において力を発揮するんだったか。


 それよりも、後半の文字列だ。

 世界政府。

 俺が生まれるよりも前に発足した、世界における権力のトップだ。

 もともとばらばらだった国の間で戦争が繰り返されていた背景に、この機関が発足した。この世界政府が正常に機能することで世界のバランスが保たれているとされている。


 表向きにはすばらしい機関のように思えるが、それは今だからこそだ。

 発足当時は反対する国々も多く、特にその機関に参加できない貧困の国や自由を求めた国からの反発が多かった。


 では、今はどうなのか。

 そう、その反発の声があったのは、発足当時、なのだ。

 世界政府は、世界中から集めた武力を行使して、反発する国々を制圧した。


 この事実を学んだ人間は、誰もが思うことだったに違いない。

 今の平和は多くの犠牲のもとにあるのだ。

 戦争のないバランスのとれた世界は、戦争によってバランスを正された世界に変わりない。


「なんでまた、世界政府がわざわざ会見を……?」


 俺は呟いた。

 世界政府にいいイメージを抱いていなかった俺は、胸の中に不安の霧が広がっていくのを感じた。

 ちら、ともう一度時計を見る。正午までまもなくだ。


 ピロン。

 時計から携帯端末に視線を戻すと同時に、音が鳴った。

 メッセージを受信したようだ。

 俺は指先で端末をスライドさせ、メッセージを開く。


『エル、見たかい? なんだかヤバそうだね』


 差出人は俺の親友のテラだった。

 エルというのは俺の愛称で、名前のフィエルテからとっている。

 母を含めて、親しい間柄ではみなこう呼ぶ。


『世界政府の件か? 正午から声明を出すらしいな』


 ピッ。

 俺はそう入力してメッセージを送信した。

 すぐに返信がきた。


『そうそう、ソレ。いやな予感がするのさ、僕的にね』

『奇遇だな 俺もそうだ。』

『ハハッ、うれしいね。エルと同じことを考えていたなんて……これは運命かな』


 そのメッセージに目を通して、俺は一瞬指を止めた。

 はぁ、とため息をつく。

 いっておくが俺もテラも男だ。

 今の短い間で掴めたかはわからないが、このテラって男は相当のナルシストだ。

 無駄に倒置法をつかって格好をつけるあたりとか、なにかにつけて運命などと大それた言葉を用いるあたりだな。


『とにかく、内容次第だな。見るぞ』


 そのメッセージを最後に、携帯端末を枕元に放り投げると、部屋のテレビのスイッチをつける。

 会見が放送されるチャンネルを探さなければと思ったが、その心配はいらなそうだ。


「そら、世界政府の会見だからな」


 最初に目に入った映像がすでにいままさに会見を始めようとするところだった。

 この放送局も然り、他も然りだろう。


 テレビをつけてすぐさま、世界政府の人間と思われる中年の男が会見場に入ってきた。

 男の胸元には世界政府のバッチが金色に輝いている。

 各国から集まったメディアが一斉にフラッシュをたき、バッチは瞬くように光を放った。

 男は部屋が白く瞬くのを感じてか眉間に皺を寄せる。

 険しい表情のまま席につくと、軽く咳払いをして口を開いた。


『やめよ』


 ただ、低く地鳴りのように響いたその声は、会場を静まらせるのには十分だった。


『貴様らを呼んだのは他でもない、これから行われる発表と声明を世界に伝えることだ。ただ、映像を撮ればよい。わかるな?』


 会場は静まり返ったまま、その言葉を受け入れているようだった。

 一連のやりとりだけでわかった。

 これが世界政府の人間なのだと。世界の頂点に立つ人間なのだと。


『声明の前に、今日に至る過程を説明する』


 男はもう一度咳払いをすると、淡々と続けた。


『我々世界政府は、近年増加傾向にある犯罪発生率に頭を抱えていた。平和を希求する我々の課題だった。そこで、力を入れたのが犯罪心理学である』


 俺はそこで、トップニュースの見出しに犯罪心理学のことが触れてあったことを思い出した。

 つまり今回の声明はそれに関係することなのだろう。


『従来のこの学問では、一定の成果は得られたものの、完全な抑止には繋がらなかった。だが我々は新たなプロセスで犯罪心理を捉えることにした』

 男は少し間を置いて、続けた。

『そのプロセスとは遺伝子学である』


 その言葉を聴いた瞬間、胸騒ぎがした。

 いや、ただの胸騒ぎと言えるのか、なにかが体の中でざわめいたのを感じたのだ。


『そして新たな事実が判明した。よく聞け――』


 男はそう前置きして、大きく息を吸った。


『犯罪者は、犯罪者たる遺伝子を保持しているのだ』


 会場がざわめいたのが伝わってきた。

 かくいう俺も、その言葉の意味をすぐに理解できなかった。


『そこで今回の声明だ。我々世界政府はこの犯罪者が持つ特異的な遺伝子を‘大罪因子’と呼び、それを保持するものを犯罪者と定める』


 ……は。

 俺は口から細かい息を漏らした。

 覚悟はしていたがなんて突拍子もない話だ。

 要するに、罪を犯すような人間はすべからくその大罪因子を持っていて、それを持っている者を無差別に犯罪者認定するということだ。

 すなわち、例え実際に犯罪をしていなくても、持っているだけで、犯罪者扱いをされるということになる。


「はは、こりゃ驚いたな。世界政府のやることはスケールがちげえ」


 俺はまだ落ち着かない会場を覗き込みながら呟いた。


『そして、我々は犯罪発生率を抑え、やがてゼロとするために決断した。』

 世界政府の男が再び口を開くと、一瞬にして静まり返った。


『本日、この声明を出したこの瞬間から‘犯罪者隔離政策’を行う。世界政府の名のもとに、犯罪者と定められるものは強制連行を行い、世間から隔離する』

 男はそう言い放った。淀みない、芯に響く声で。


『すでに、医療バンクからDNAデータを揃え、リストを作成してある。対象者は世界人口の一パーセントに満たない数だが、それでも百人に一人と考えれば、決して少なくない数だ。各国に軍も配備した。まもなく、世界に犯罪者のいない平和の時が訪れるだろう』


 男はそれだけ述べると、声明は終わりだと言うかのように席を立ち、踵を返した。


『お待ちください! いくつか質問を……』


 会場の中から若い男が立ち上がり声を張り上げる。

 すでに席を離れようとしていた世界政府の男はピクリと立ち止まった。

 ぐい、と顔だけを若い男の方に向け、口を開いた。


『二度言わすな。貴様らの役割を果たせ。それとも、貴様は隔離される側の人間だったか?』


 その言葉を最後に会場は再び静まり返り、男の背中は消えていった。

 カメラが切り替わり、通常の番組に差し戻される。


 隔離政策……ってのはようするに、この世界から予備軍を含めて、犯罪者を消す、ってことだよな?

 それで世界が平和になると直結させるのは、なんとも安直というか、わかりやすいというか。

 実際に罪を犯していない者でさえ隔離されるというのであれば、かなりの反発が起きるだろう。


 だが、思い出した。

 世界政府のやり口を。

 武力を行使し、いくつもの国を黙らせた手法を。

 やまない胸騒ぎを抱えながら、俺は胸の前で拳を握り締めた。


「――エル!」


 瞬間、部屋の外から声が聞こえた。

 すぐに扉が開き、母が現れた。

 肩を上下させ、深刻な表情をしている。


「……母さん。どうした?」


 俺は首をかしげる。

 父が帰ってこないことにも平静でいたあの母が見せたその姿は、あまりにも異様だった。


「どうしたじゃないでしょう! 逃げるのよ!」


 母は息も整えないまま、そう言い放った。


「はっ? 逃げるって……なんで」

「っ、そうね、エルには知らせてなかったわ。」


 俺の問いに母は一息ついて答えた。

 次から次へと、一体なんだ。

 脳がパンクしちまうぞ。


「さっきの声明聞いたでしょ? あんたはね……」


 母は俺の目をまっすぐ見つめながら続けた。



「犯罪者なのよ。確実に隔離対象になる!」



 ――衝撃が走った。

 俺が、犯罪者? 

 なんだよ唐突に。

 当たり前だが、俺には心当たりなどなかった。


 俺のそんな表情を見てか、母は目を伏せがちに言った。


「そうね、あんたには言ってなかったわ。あのね、お父さんは今追われているのよ……犯罪者としてね」

「……親父が?」


 母は、普段父の話などしなかった。


「だからあの人の血を引いているあんたも……犯罪者の遺伝子を持っていることになる」

 俺はその言葉をきき、頭が真っ白になっていった。



 犯罪者がどうとか、他人ごとのように感じただろ。

 俺もそうだった。

 スケールがでけえとか、安直だとか、それは外で楽観視しているやつの台詞なんだ。


 自分が犯罪者になって、痛感したよ。



 もう一度言うよ。

 気づいたら、俺は。


 犯罪者だったんだ。


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