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第06話 現(うつつ)なの?

「……肌、綺麗だね」


「……はい?」


「ニキビのあともそばかすもない、綺麗な肌だ。よく言われるでしょ?」


 彼の大きな手が頬を包む。親指が動いて、肌の表面を壊れものを扱うように優しく撫でた。


「い、言われませんっ!」


 触れられた場所以外もぞくりとして、史華は小声で否定した。


 実際、今までそんなことは言われたことなどない。幼い頃に色白であることを褒められたが、日に焼けてすぐに赤くなる体質の自分の肌を良いものだと感じたことさえなかった。


「そっか。君の周りの人は、見る目がないんだね」


 彼の台詞に史華は呑まれそうになっていた。目を見て顔を見てしまったら彼のペースに呑まれるとわかっていたから視線を外したというのに、この至近距離で、こんなふうに耳元で囁かれてしまったら、どうにもならなくなるのも時間の問題だ。頭の中をアラートが鳴り響き危険を知らせている。


「せっかく良いものを持っているのだから、君は君自身を大事にしなきゃいけないよ」


 チュッという音が大きく聞こえたのは、おそらく耳に口付けをされたからだ。軽く触れたそこから熱が全身に広がる。


「体調が悪そうだから、今日はここまでね」


 彼の声が残念そうに聞こえたのは、きっとあんな妄想ばかりしていた所為だ。史華は離れていく彼の体温を名残惜しく感じている自分に気付いて、全力でそんな感情はなかったことにした。全部が全部、妄想の所為。


「あの……貴方は一体……」


 立ち上がって身だしなみを整えている青年に、史華は上半身を起こして問う。


 青年が答えようと口を開きかけたところで、ドアが強く叩かれた。


緒方おがた社長っ‼︎ そろそろ出て来てくださいっ‼︎」


「了解。すぐに行くから」


 部屋の外から聞こえてきた若い男性の大声に、目の前の青年はやれやれといった様子で返事をする。


「しゃ……社長?」


 若そうに見えるが、若作りということなのだろうか。強引さと自信に満ち溢れた様子は社長という役職には相応しそうには思えるけれども、と史華は自分の耳を疑ってしまう。


 目をパチクリさせている史華に、青年はどうすれば自分の魅力が存分に引き出されるかを熟知しているかのような爽やかな微笑みを浮かべる。


「そう。このフロアを使用している『ラブロマンス』の社長、緒方おがたはるかです。君の名前は?」


「多田……史華です……」


 騙されているような気がして、史華はボソボソと答えた。まだ現実に思考が追いついていない。慣れないいろいろなことがこの短時間に起き過ぎている。


「じゃあ、史華ちゃん。俺が戻ってくるまでここで休んでいて。家まで送るから」


「でも……」


「あと」


 彼の顔がすっと耳元に近付く。避ける隙を与えずに彼は囁いた。


「身体を締め付けておくのは良くないと思って、ホック、外させてもらったから。部屋を出る時には注意してね」


 にっこりと――いや、イタズラを成功させた時の子どもがするような表情を史華に見せると、彼は部屋を出て行った。


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉︎


 のぼせた時みたいに史華の全身が真っ赤になった。一瞬固まり、次には慌てて背中に手を回す。確かにブラジャーのホックは外されている。どうりで胸が心許なく感じられたわけだ。


「……ま、待って。ってことは、つまり、触られたってこと?」


 三つあるホックを苦労して嵌めながら、史華は焦った。自分が知らない間に異性に触れられるなど、あってはならないことだ。


「……いや、これは全部夢なんだわ。きっと、出社できずに家で寝ているのよ。えぇ、きっとそうよ。だから、ここで横になれば、現実のあたしが動き出すに違いないわ。さようなら、夢の世界。起きよう、あたし」


 現実逃避。


 史華は棒読みでサラサラと告げると、マットレスに横になった。材質がとてもリアルだが、これは全て夢で空想の産物に違いない。小説の読みすぎでこんなありもしない夢を見ているのだ。


 まじないのように言い聞かせているうちに睡魔に襲われて、史華は眠りに落ちたのだった。

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