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第43話 この部屋って、ひょっとして。

 目が覚めたとき、悠の腕の中にいて必要以上に驚いた。しかも生まれたままの姿で同じベッドの中にいる。なんの冗談かと思い、身体に残る倦怠感と鈍痛で眠るまでのいきさつが記憶から蘇った。


 あ、あたし……。


 詳細まで思い出してしまい、恥ずかしくてたまらない。悠は自分本位になることなく最後まで付き合ってくれた。それが嬉しくて、気持ちよくて、演技なんて一切なく全てをさらけ出してしまった。


 こ、こういうときってどう接するものなの?


 最近読んだ小説を振り返るが、どうにも出てこない。小説もドラマなので、寝て覚めたら横にヒーローの姿がないなんてことは多く、あるいはエンディングのシーンなので省略という感じだ。


 えっと……とりあえずシャワー浴びておく? 汗かいてるし、いろいろベタベタ……いや、思い出しちゃダメだ。


 愛し尽くされるというのはこういう行為を指すのだなと、今さら感じる。最中はそんなことを考えている余裕なんて微塵もなかった。


 急にいなくなったら心配するよね。悠さんに相談して……。


 そこで、彼の寝顔を見た。安心しきっていて、幸せそうに見える。


 おお……貴重だ……。


 ふだんは顔の造形をまじまじと見ることはできないが、今なら好きなだけ眺められそうだ。


 ……さすがに整形してっていうのは方便よね。もったいないし。


 ふさふさのまつ毛、至近距離からだとますます高く見える鼻。唇もセクシーだなあと思ったら、勢いでキスをしていた。


「!」


「本当に史華ちゃんはときどき大胆になるよね」


 彼の瞳に自分の惚けた顔が映っている。悠が目を覚ました。


「あ、あのっ、他意はなくて、ですねっ。事故です、事故!」


 慌てて下がると腕を掴まれて布団の中に引きずり込まれた。暖かい。


「事故じゃないでしょう? 無防備な俺に悪戯を仕掛けたくなったってちゃんと言えよ」


「悪戯したかったわけでも、起こすのに定番だからとかでもなくて、気づいたらそういうことになっていたってことなんですよっ!」


「じゃあ、俺と親密なことをしたのも事故ってこと?」


 不意に下肢を撫でられて、史華は身体を震わせながら背中を反らせた。


「そ、それはちゃんと自分の意思ですっ。だから、そんなところ触っちゃイヤっ……」


 欲張りなオンナの自分を見てしまった。離れなければと思うのに、身体が逃げていかない。触れられたところからゾクゾクする。


「うん。よくできました」


 悠の手が離れていく。ほっとする気持ちと残念がる気持ちの両方が顔を出す。どちらも自分の本心だ、と史華は感じた。


「身体は平気かな? 痛みとか違和感とかある程度は残るかと思うけど」


「そうですね……ちょっと身体が重いです」


 体力が必要なものなのだと実感できた。自転車通勤で運動は欠かしていないつもりだったが、少し生活を見直したほうがいいかもと思える。


「今夜はここにこのまま泊まるから、無理しなくていいからね」


「すみません……」


 宿泊予定で行動していたので、この流れは自然だ。だが、気になることがある。


「ところで悠さん」


「なんだい?」


 上体を起こした悠が返す。


「この部屋、なんだかずいぶんと広い気がするんですけど」


 悠のベッドルームも結構な広さがあったが、今いる部屋はそれ以上に広い。おそらくクイーンサイズだと思われるベッドがどんと置いてあるにもかかわらず、とてもゆったりとした空間が確保されている。ふと見れば、カーテン越しに雨で濡れたビルの群れが覗いていた。高層階らしい。


 寝心地の良すぎるベッドを汚してしまったってのも気が引けたけれど、なんかすごく場違いじゃない、あたし⁉︎


 すると、悠は軽く握った手を口元に近づけて頷いた。


「ああ。スイートルームだからね。一番広いロイヤルスイートが空いていなくて、そこに案内できなかったのが残念だけれど」


 一度撮影で使ったことがあるんだけれど、眺めがよくてね――と続く台詞に、史華は全力で首を横に振った。


「いやいやいやいや。むしろ、そんな場所に案内されなくてよかったです。ってか、今日は雨ですし、景色見えないじゃないですか」


「まあ、そうだね。次の機会にしようか」


 気安くそんなことを言ってくれるが、史華の記憶が正しければ、このホテルのロイヤルスイートは一泊するのに百万円を超えたはずである。とんでもない話だ。


 ってことは、あたしの月給と同等かそれ以上のお部屋にいるってことですか?


 何を考えているんだ、この人は――と思いながら悠を見ると、にっこりと微笑みかけられた。次の瞬間には抱きかかえられてしまう。


「一緒にシャワーを浴びようね。下着の試着はそのあとにしよう」


 そうでしたそうでした。


 史華はホテルに泊まることになったそもそもの理由を思い出す。先週買った下着のことを考えていたら、悠が歩き出すので、とっさに身をよじった。


「あ、待ってください! あたし、自分で動けますしっ! シャワーも一人で大丈夫ですから!」


 このまま風呂に連れ込まれたら、何をされるかわかったものではない。ヘトヘトでもう動けないのに。


 それに浴室の明るいライトに身体を照らされるのは恥ずかしすぎる。至近距離であんなところやこんなところを包み隠さずすっかり見られているけれど、それとこれとは別だ。


「身体を洗うだけだから。史華ちゃんは座っていればいいよ。俺が綺麗にしてあげる」


「そういう問題じゃなくってっ!」


「ほら、暴れない。落とすよ」


 二人して全裸のまま浴室へ。そこもまた身構えていた以上に広くて、二人でも余裕で入浴できた。


 なんでこうなったかな……。


 甘やかされることに慣れていないからか、悠に任せるのは落ち着かない。身体を洗うだけとの宣言どおり、彼は史華のいたるところを丁寧に洗ってくれた。

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