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第41話 あなたに触れてもいいですか?

「――ねえ、史華ちゃん。本当に俺のこと、どうとも思ってないのかな。少しは恋愛の対象に思えてきてない?」


 今までの自分のやり方を全否定したくないのだろう。あるいは、成功していた部分があるのかどうかを確認するためなのかもしれない。悠が改めて問いかけてきた。


「憧憬とか尊敬とか、そういう言葉のほうがまだしっくりきます」


 素直に好きだと言えなくて、史華ははぐらかす。彼への憧憬や尊敬があることは事実であるので嘘はついていない。そういう気持ちが強いのもまた事実だ。


 史華の返事に、悠は怪訝な顔をする。


「恋人だったらいいなと思ったって言わなかったっけ?」


 ちゃんと話は聞いていたらしい。


 悠の指摘に、史華はむすっとする。言ったことについては覚えていたが、このやりとりではニュアンスが違ってくる。きちんと説明せねば。


「思いましたけど、あたしのアクセサリー扱いでもいいんですか? 自慢の彼氏という立場でよろしければ、形くらいは恋愛の対象っぽくできますけど。それが嫌だから、あたしの価値観に興味を持ったんじゃなかったでしたっけ」


「手厳しいね。そのとおり。よくわかってる」


「これで互いのスタンスは見えてきた感じですね」


 価値観のすり合わせ。どういうことを望んでいるのか、把握しておくのは大事な作業だ。その中で、自分と似ていたり違ったりする部分、合わせられそうな部分を見つけていくのは意外と興味深かった。


 でも、なんで今さらこんなディスカッションをしているんだか。しかも、こんな環境、体勢で。


「ついでに俺が恋愛に奥手だってことも察してくれると嬉しいな」


「察することができたとしても、あたしだって恋愛初心者なんですから、どうにもなりませんよ」


 こうしてつき合わせていくと、たとえ悠が経験豊富な男性だったとしても、それが恋愛上手であることに結びつかないことがわかってくる。長く付き合った恋人がいないように感じられるのも、彼の思い描く恋愛と異なっていたのが原因なのかもしれない。


 ……なんて、あたしが言えたもんじゃないんだけれど。


 恋愛経験ゼロであるのに偉そうなことは言えない。


「じゃあ、君が読んでる恋愛小説にはなんて書いてあるの?」


 先日、本を見られてしまったので内容は察していることだろう。それを思い出したらしく、悠が問う。


 史華は苦笑した。


「小説を読んだだけで経験値がたまるなら、苦労しませんって」


 参考になるのかどうかもよくわからない。そういう状況になったことすらなかったのだから――いや、今がまさに参考にすべきシチュエーションなのかもしれないが。


「そうなんだ」


「悠さんも読みますか?」


 面白くなさそうな返事だったので、史華はひらめいた。百聞は一見に如かずともいうので、いくつか読んでみればどんなものなのかわかってもらえるんじゃないか、と。


 しかし、彼がニヤリとしたのを見て、史華は察した。顔を真っ赤に染めると慌てて言葉を続ける。


「……あっ。別にあたしがそういう体験を望んでいるから貸すってわけじゃないですよ! 勘違いしないでください!」


「実践希望のシーンが載っている方が参考になるし、期待に添えるんじゃない? 努力するよ、史華ちゃんのためなら」


 狼狽えっぷりが面白かったのか、くすくす笑いながら悠が答えた。


 き、期待って、そんなのしてないし、そのための努力なんて嬉しくないしっ!


「冗談はやめてください!」


 からかわれるのはごめんだ。経験がないことをバカにされているみたいで腹がたつ。


 ふくれると、悠は真面目な顔に戻った。史華の頬に手を添えて顔を覗き込んでくる。


「冗談じゃないよ。結構本気。特殊なプレイは希望に添えないかもしれないけど、君を気持ちよくすることができるようにやる気出すよ」


「そうまでしてでもあたしに触りたいんですか」


 ストレートすぎてあきれてきた。これは口説いている範疇なのだろうか。やれやれといった口調でたしなめると、すかさずキスされた。


「んっ、ちょっ⁉︎」


 暴れたらすぐに離れてくれたが、意地悪そうな顔はすぐそばにある。


 いらつかせるのに充分な表情を彼は浮かべているのに、間近で見るとなおさら綺麗な顔立ちだよなあなんて思わせられるんだから、イケメンは反則だ。しかも、仕草にときめいてしまったし。


 内心に気づかれたくなくて、史華は意識的に嫌がる顔をする。


 でも、悠は動じなかった。色気を感じさせる表情で史華を至近距離から眺める。形の綺麗な唇がゆっくりと開いた。


「触りたいからホテルに連れ込むんじゃないか。その気にさせて逃さないために下着も買うし、雰囲気も作る努力をしているつもりだよ」


 それはわかっている。下心を隠すことなく迫ってきているのだとは理解できているつもりだ。


 とはいえ、理解できたとしても、そういう努力は困るだけなんだが。


「他の男に触られる前に自分の手で汚してやりたいなんて考えることもあるくらいなんだから、人並みには独占欲もある。史華ちゃんがなびかないから、他の男の姿がそばにあれば嫉妬する。自然でしょ?」


「う、うーん……」


 台詞を聞く限りでは、小説内の人物にもそういう行動をするヒーローはいたと思う。しかし、口説かれる相手が自分となると実感がわかない。


 本当にあたしでいいの?


 好きだと言ってくれるし、気遣ってもくれる。容姿、というかこの少し太めな体型も好みだと教えてくれた。


 拒むための言い訳が浮かばなくなっている。


「じゃあ、直接は触らないから、抱きしめてもいいかな? 少しずつ慣らすことも必要があると思うし」


 じゃあと提案されたが、そういう問題でもなかろう。ごまかされてなるか――といつもなら突っぱねていたところだろう。


 なのに、口からこぼれた言葉は違った。


「……ちょっとなら」


 口説かれ続けるのも疲れていた。正常な判断ができなくなってきていたのだと思う。悠という存在に酔わされたのかもしれない。


「嫌だと感じたら、そこでやめるからね」


 すごく嬉しそうに笑うなんて反則だ。その表情にドキドキしていると、横になったままの身体を優しく抱き締められた。自分がときめくのを感じてしまった。


 信用してもいいのかな……。


 身を委ねたのが伝わったのか、悠は軽く触れる口づけをして、次は首筋にキスを落とした。ちょっと触れただけなのに、その刺激が心地よい。


「史華ちゃん、抵抗を忘れないで。俺が君に溺れたら、気遣えなくなる」


「悠さん……あたし、なんかヘンです……」


 ニットワンピースの上を撫でる手がもどかしい。タイツの上を這う手のひらの熱をもっと直に感じたい。


 どうしてそんなことを考えてしまうのか、わからない。


「あの……本当に、どうしたらいいのか、わからないの……」


 動悸が激しい。悠の体温を近くに感じて、めまいを起こしてしまっている気がする。


「煽ってるの? ダメだよ、引き返せなくなる」


「あたしは信用していますから、悠さんのこと。だから……もう少しだけ、触って」


 自分が彼に触れたいのだと理解したのは、ふだん衣服に包まれているはずの肌に彼の肌が触れられた瞬間だった。



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