第38話 デートは覚悟を決めて
悠は少し過保護なところがあるのかもしれない。史華はショートメッセージアプリが既読になるのを見て、そんなことを思う。
今朝も会ったのに、マメな人だな。
悠が見舞いに来てくれた翌日、仕事に出た史華は悠に会っていた。始業前なのに出社していた理由は、史華に会いたかったからだそうだが、実際はそれだけではなく仕事のためだ。その日の午前に会議があり、その資料を読み込んでいるのを見かけたから。就業時間にとらわれないスタイルで仕事をしているだけで、態度は真面目なのだ。
そんな様子だったのに、昼には体調を心配するメッセージが届き、夕方にも明日のデートについての打ち合わせのメッセージが届いていた。返信すればすぐにスタンプが返ってきて、暇ではないはずなのによくやるなあと感心した。
本当に付き合っているみたい。
ふと、さっきまで読んでいた小説の一節が浮かぶ。今の史華たちにように他愛のない会話を文字でするシーンがあった。どんな状況でそのメッセージを書いたのかが透けて見えて、互いを思いやる気持ちが察せられた。今どきっぽい素敵なシーンだったと思う。
こんな感じで、本を読みながら自分たちに重ねることもさらに増えていた。アダルトなシーンに自分の姿を重ねることは経験不足もあってイメージできなかったのだけれど。
明日、どうなるのかな……。
待ち合わせは史華の家のそばだ。いつもの場所と言って差し支えない路地。行き先は悠のおまかせにしている。どこに連れて行かれるのかはわからないが、宿泊するのは確定らしい。着替えを用意する必要はないらしいことが書いてあったが、一応一泊分の荷物は用意した。
今なら……受け入れちゃうかもな……。
楽しみなのと不安なのとで心がざわつく。おやすみと打ち込んだ後、スマートフォンを充電につないで、史華は目を閉じたのだった。
翌朝は雨だった。
場に似合わない深紅のクーペに史華が乗り込むと静かに発進した。
「昨日までは雨降らないって言っていたのに、残念だね」
「そうですね。予定、狂っちゃいました?」
「まあね。紅葉を見ようかと思っていたから」
「それは残念です」
悠は山登りの格好ではないので、ドライブでめぐるつもりだったのかもしれない。想像以上に激しい雨で、車内に置いた傘が床に水たまりを作りそうだ。
「ピカピカの車なのに、汚れてしまいますね」
濡れた傘をしまうための袋を持っているわけがない。必然的に車内のあちこちを濡らしてしまう。
「気にすることはないよ。俺も同じ状況だから」
笑って返されると安心する。悠がこういう小さなことで怒るような人ではない。そんなことはわかっているつもりではあったが、申し訳ない気持ちにはなるものだ。
どうにかできないものかとキョロキョロしていると、鼻がむずむずしてきた。咄嗟に口元を手で覆う。
「くしゅんっ!」
天候が雨であることもあり、外気は冷え込んでいる。十一月にコートを出すのは早すぎるかと思ったものの、先日熱を出したこともあってトレンチコートを羽織ってきた。その下には暖かなニットのワンピース。膝丈なので、タイツで足元の防寒対策はしっかりしたつもりだ。だが、それでも身体は冷えたようだ。
「病み上がりにこの天気は身体に毒だね。さっさとホテルに入ろうか? 部屋で食事を頼むこともできるし」
「……ホテルに行くのは確定なんですね」
この後に及んで往生際が悪いとも感じられたが告げる。できれば避けたいと思う気持ちが前面に現れた声になった。
「いろいろと合理的でしょ? 俺の部屋が気に入っているならそれでも構わないけど」
「うーん……くしゅんっ!」
暖房が効いているはずだが、少し濡れてしまったのがよくなかったのかもしれない。くしゃみが止まらなかった。
「――近場にしようかな」
予定が狂いっぱなしで申し訳なくなる。しかし今日のことはすべて悠にまかせることに決めていたので史華は頷いた。そしてそのまま眠ってしまう。




