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第35話 餌付けされたら……今なら、なびいちゃうかもしれません

 玄関から遠い場所に位置するのが、史華の寝室だ。あっさりとそこまで運ばれて、ひとまずベッドに下された。


「あ、あんまりジロジロ見ないでください……」


 幸い、足の踏み場がないほど散らかっているということはなかったが、物がごちゃごちゃと目に入るので賑やかだ。ここに越してきた時には、自分好みのコーディネートを目指していたものの、勉強やらバイトやらで忙しくしていたらこの有り様だ。ただ、どこに何があるのかはきちんと把握できているので、不便に感じたことはない。


 悠が部屋をくるりと見回しているのを見て、史華は恥ずかしくてたまらなかった。彼の家を知っているから、なおさら恥ずかしい。彼と自分とでは、部屋の広さもセンスも次元が違う。


「あ、ごめん。なんか、とっても史華ちゃんらしい部屋だなって思って、つい」


 答えて、悠は史華に向き直った。


「あたしらしいですか? ……なんか、あまり嬉しくないんですけど」


 自慢の部屋というには程遠い部屋をそう言われて、史華は小さく膨れる。


「機能性重視って感じが、特に。色とか見た目よりも、その実用性や耐久性を意識した物が多いな、と感じたんだよ」


 告げて、悠は苦笑する。弁解するような言葉に、史華はふっと気を緩めた。


「悠さんって、本当によく見ているんですね」


「職業病みたいなものかもしれないけどね。不快な気持ちにさせるつもりはなかったんだ」


「わかってます」


 返して、微笑み合う。やっぱり悠はすごい。


「弁当は温める? 電子レンジの場所を教えてくれれば、俺がやるけど」


「あー、そのままで。ウチのって古くて小さいから、コンビニのお弁当は温められないんです」


「そっか」


 しまったな、という顔をする悠に、史華は手を伸ばす。


「床はあまり綺麗にしていないんで、ベッドに座ってください。お弁当、いただけますか?」


 本当は離れて食べたいところだが、場所がないので仕方がない。史華が促すと、悠は言われたように近づいてくる。史華の隣に腰を下ろして、コンビニの袋から弁当箱を取り出した。中華丼らしい。


「箸とスプーンの両方をもらってきたけれど、どっちがいい?」


「じゃあ、スプーンで」


「どうぞ」


「いただきます」


 消化に良さそうなものとして中華丼を選択するセンスはどうなのだろうかとも一瞬よぎった。だが、コンビニで買えるものを想像してみて、皿が不要なものとなるとそんなに選択肢はないのかもしれないと考える。これ以外だとうどんや蕎麦になりそうで、それでも中華丼を選んだのなら、消化に良いことよりもエネルギーを補給することに重きを置いたのだろう。


 気を遣わせてしまったんだな……。


 冷たいコンビニ弁当でも充分に美味しいと思えた。悠の気持ちがそこに含まれているような気がして。





「史華ちゃんは、食べているときはいつも幸せそうな顔をしているね」


 半分ほどを食べ終えたとき、悠が優しそうな表情で史華を見つめながら告げる。


「そうですか?」


 自分ではあまり意識したことがなかった。食べることは確かに好きではあるのだけれど。


「うん。俺にはそう見える。だから、餌付けしたくなるんだよね」


「度がすぎると肥えますよ、あたし」


 美味しいものを食べさせてもらえるのはありがたいが、割と太りやすい体質でもある。贅沢をすればあっという間に肥満の仲間入りだ。


「俺は体型を気にするような男じゃないから、好きなだけ食べてくれていいよ」


 確かに、彼は線の細い女性よりは肉付きの良い女性を好むと明言していたはずだ。

「それに、太りすぎたときの良いエクササイズを知っているから、そうなったときは手取り足取り教えてあげるよ」


 楽しそうに笑ってそんなことを言われると、食べたいだけ食べておくかなんて気持ちになるから不思議だ。高級なものを勧められると気後れするが、美味しいものを好きなだけ食べて良いという状況は歓迎しても良いかもしれない。


「あっ。あたし、身体結構硬いですけど、大丈夫ですかね?」


 エクササイズに興味があって訊ねると、悠はぷっと小さく吹き出した。何か変なことでも言っただろうか。史華は首をかしげる。


「ふふっ、うん。たぶん大丈夫。柔らかい方がラクだとは思うけどね」


「そっかぁ……」


 悠がどうして笑ったのかわからなかったが、史華は追及せずに中華丼を頬張る。





 順調に弁当は空になりつつある。よく考えてみたら、昨夜食べてから起こされるまでずっと寝ていたわけで、何も口にしていなかったことを思い出す。どおりで美味しく感じるわけだ。


「あ。史華ちゃん、お弁当つけてるよ」


 弁当箱が空になったとき、横からすっと手が伸びてきた。頬についているらしい何かを取るのだろうと思って悠の方を向くと、彼の手が頬に固定されてしまう。顔が近づいていると気づいて離れようとしたときには、唇を奪われていた。

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