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第33話 あの時にあったこと

 まだ、二人は来ない。


 そのことに警戒するべきだったと気づいたのは、因幡が部屋に訪ねて来たときだった。


「ちょっと話さないか?」


「え、えぇ……」


 研究の話だろうなどと考えて、部屋に入れてしまったのは完全なミスだった。


 二人部屋に簡易ベッドを持ち込んでいるために部屋は狭く、荷物を備え付けのテーブルセットに置いていたのもあって、因幡は近くのベッドに腰を下ろす。彼が隣に座るように指示するので、史華は渋々それに倣った。


「なんの話ですか?」


 研究室で二人きりになって話すことはそれなりに多い。ただ、今まではオープンな場所での二人きりであり、密室ではなかったことに、まだそのときの史華は思い至っていなかった。


「お前さ、カレシ、いたことあるの?」


 唐突な問いに、史華は目を丸くする。その質問になんの意図があるのか、アルコールが程よく回っていたせいかわからない。


「今いるのか、ではなく?」


 問いに対して変な問いで応じてしまった自覚はある。ただ、恋愛ごとの小説を読むに、告白の前にカレシがいるかどうかを問うシーンは多かったので、そういう話だろうかと解釈したのだ。


「まぁ、今も含めて、そういう男がいたのかどうかってことだ」


 因幡がニヤついていることに気づけなかったのは、部屋が少し薄暗かった所為もあるのだろうか。


「い……いませんけど、なんでそんなことを?」


 どうしてそんなことを聞いてくるのだろう。とはいえ、もしも彼から告白されても、史華は因幡を受け入れるつもりはなかった。


「あー、だろうな」


 言って、因幡は嘲笑してくる。さすがにこれは告白の流れではないと理解し、どこかホッとしていた。だが、それはそれだ。


「ど、どういう意味ですか⁉︎」


 失礼な反応だと思って怒鳴るような調子で告げると、今度は心底愉快そうに因幡は笑って史華を見つめてくる。


「だってさ、お前の作品、色気がねぇんだもん」


「はぁっ?」


「お前、処女だろ」


 因幡に指摘されて、かっと熱くなったのがわかった。確かに史華には男性経験はない。そもそも恋人がいたことがないのだから、おそらく自然なことだ。


「そ、そんなの因幡さんに関係ないでしょ‼︎」


 言い返すのがやっとで、因幡が何を目的にこの部屋にやってきたのか考えつかなかった。それも、史華に男性経験がなかったことに由来するのかもしれない。


「関係あるさ。より良い作品を作ろうと思ったら、色気も充分に武器になる」


 いつの間にか因幡との距離が迫っている。部屋の入り口側に因幡が陣取っていることに今さら気づいた。


「多田。オトナになれ」


 彼の手が肩に伸びて、押し倒されそうになる。史華はとっさにそれを払って立ち上がった。


「いやっ! やめてください」


 話し合いで解決するなどと考えてしまう自分は甘かったと史華は記憶がよみがえるたびに思う。


「なんだよ、いってぇな。オレが優しく抱いてやるって言ってんだろ? いつまでも処女でいたってロクなことにならねぇんだから」


「ほっといてください!」


 逃げ出したいのに、立ち上がった因幡はドアを塞ぐように立っている。


 ここで悲鳴をあげたら誰か助けに来てくれるだろうか。


 そうは思えど、自信はなかった。なかなか良いホテルらしく、隣の部屋の物音や上の階の部屋からの音も聞こえていない気がしたから。


「ちっ……もっと酒を飲ませておけばよかったな。教授がいるからって加減したのがミスったか……」


 因幡が距離を縮めてくる。史華は後退りをし、テーブルセットまで追い詰められると自分の荷物を手に取った。


「い……因幡さん……はじめからそのつもりで……」


 自分を襲うつもりなのだと、この状況になってわかってきた。


 因幡は笑う。


「なんだ、やっと気づいたのかよ。更科と種崎がこない時点で気づけってーの。まぁ、気づいていたら、こうなってはいないだろうけどな」


 因幡の手が伸びる。上背があるのも手伝って手足は長く、身体が離れているはずなのに触れられそうになって、史華は自分のボストンバッグで彼を殴った。


「いやぁっ!」


 思いっきりぶつけてやった。彼の肩に当たる。よろけたところですぐさま走った。バッグを握りしめ、全力で、がむしゃらに。


 ホテルを出て、道路を駆けて、タクシーを捕まえて。


 あんな場所にはいられない。パニックになった史華は、そのまま家に帰った。怖くて恐くて。震える肩を抱きしめながら、暗い夜道を必死に逃げたことは未だに忘れられない。





 その一件が原因で、史華の卒業は半年延びた。因幡がうまいこと自分に有利な説明をして、逃げ帰ってしまった史華を悪者にしたのだ。更科と種崎も二日目から合流しており、それがいっそう史華を不利にした。


 悔しくても物証もなく、史華は泣き寝入りの選択をせざるをえなかったのだ。

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