第32話 悪夢
因幡との再会でよほど疲れたらしい。史華は帰宅してひと眠りすることにした。
卒業論文のための作業は順調に進んでいた。モデルもきちんと組めたし、制作の進捗は特に大きな問題はない。担当教官からの意見も手応えがあって、これなら胸を張って提出できるだろうという自信があった。
そして迎えた夏休みの合宿のことだった。
夏休みといっても、季節は九月。就職活動をうまくこなしていた史華は、研究室に所属する学生たちの親睦や今後の研究活動の割り振りの確認を目的とした合宿に参加していた。
「……あれ? 更科さんや種崎さんはいらっしゃらないんですか?」
大学に待ち合わせたメンバーの顔を見回して、史華は訊ねる。更科は同じ学年の女性であり、種崎はマスター一年の女性。この研究室に配属された女子は史華を含めて三人だけであり、史華以外の女子の姿がない。
おかしいな……参加するって聞いたから出席することにしたのに。
二人が欠席するのであれば、史華もなんらかの用事を言い訳にして帰ろうと思った。男子ばかりの合宿に参加しようとはさすがに思わない。史華の周りには男性ばかり十人ほどが集まっていた。
「あぁ、彼女たちなら、現地で集合ってことになってる。種崎さん、車を運転できるし。更科さんを途中で拾うって聞いたよ」
そう返してきたのは、この合宿を企画した因幡だった。
彼いわく、この合宿は伝統的なものらしく、卒業研究や修士論文の発表をスムーズに行うためには必要なイベントだという。だから、参加は義務であり、それゆえにみんなが参加できる日を念入りに調整して開催される。
史華はどこか不安に感じながらも、その返事には頷くしかなかった。
「そう……なんですか」
史華は因幡と共同研究を行っている。マスター二年生である因幡に、実験や論文のまとめ方などを直接指導してもらうのだ。自分がやりたいテーマをたまたま彼が行っていたからで、組んでいる理由にはそれ以上の理由はない。
ちなみに種崎は更科と組んでおり、プライベートでもよく食事に行ったりしているのようだ。史華は同じ研究室の少ない女子である二人と仲良くしたかったが、どこか避けられがちになっていることにも気づいていた。
メンバー全員が集まったところで、三台の車に分かれて乗り込む。史華は因幡の指示で彼の車に乗り込んだ。
男性ばかりの車の中での会話には参加できない。全員がマスターだったからというのもあるのだろう。研究以外だとなんの話をしているのか理解できなくて、史華は適当に聞き流しながらドライブの時間を過ごした。
チェックインの時間の前に合宿の会場となるホテルに到着。予約していた宴会場にひとまず集まり、三日間の日程である合宿の概要説明と現在までの研究の中間発表会が開かれた。司会進行は因幡で、会場の後ろには教授も座っている。普段とは違う環境でのこういう会はとても刺激になった。
中間発表会を終えたのに、いまだに更科と種崎の姿はなかった。それを訝しく思いながらも、部屋割りが発表されたので史華はおとなしく従う。当然ながら史華は更科、種崎と同じ部屋であり、あとから合流するという話を信じたのだ。
小さな宴会場での夕食ではお酒が振る舞われた。ほどほどにするようにとの忠告を教授はしたが、みんなのお酒はいい感じに進む。
史華も勧められたのでいくらか飲んだ。研究室に配属が決まった時のコンパで史華が飲めるらしいことをみんな知っているので勧めてくるのだ。適当に付き合ったあと、先に失礼することを因幡に告げて会場を去った。




