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第27話 だんだんわかってきました

 結局、購入したのは下着だけだった。あのあとも洋服や靴、雑貨やアクセサリーなどいろいろ見て回ったが、どれも買わなかったのだ。


 すっかり日が暮れてしまい、夕食もご馳走になる。夜景の美しいレストランでのディナー。ワインを勧められたが、悠が運転手では申し訳なくて一緒に飲むことができない。お酒が苦手ということではないということも伝えた上で断った。


 他愛のない会話、彼の台詞に時々出てくる仕事の話。今日は悠の日常をたくさん知ることができた。デートして良かったと思えるのだから、たぶん楽しかったのだろう。





「次のデートは来週の土曜日だからね。できるなら、その翌日もあけておいて欲しいな」


 深紅の車で史華の家まで送る途中、悠が確認するように告げた。


 街並みに見覚えがあるので、史華が住んでいる家の近所にまで来ているのだろう。


「それって、宿泊前提でってことですか?」


 あからさまな誘いだ。史華が怪訝そうに問うと、悠は笑う。


「そうだよ。下着のお披露目に部屋が必要でしょ? 俺の家に来てもらっても良いけど、なんか味気ないし」


「ですから、どうしてそうなるんですか? 下着ってのは、普通他人に見せるものじゃないと思うんですけど」


「俺が見たいの」


「そういう問題じゃなくて」


 どうしてわかろうとしないんだ、と史華が苛立ちながら突っ込むと、悠は真面目な顔をして唇を動かす。


「俺が買った下着を着ているの、他の誰かに先に見られたくないんだ――そう説明すれば着てくれる?」


「あたしは恥ずかしいから嫌だって言っているんです! 話が通じない人ですね」


 ぷいっとサイドミラー側に顔を向ける。窓ガラスに映った自分の顔を見て、史華はドキッとした。にやけている。怒っているはずなのに。


「実物を見て君が思わず俺に見せたくなるという展開を期待しておくよ」


 楽しそうに告げる悠は、車を路肩に寄せて停めた。こういう時変な音がしたり、振動があったりすることが全くないあたり、運転が上手なのだろうと思う。


「さ、着いた。別れ際にキスをしても良いかい?」


 前に送ってもらった時、忘れ物だと言ってキスをされた。今日は不意打ちを狙うのではなく、確認を取るらしい。


「断ってもするんでしょ?」


「当たり」


 悠の大きな手のひらが史華の左手を迎えに来た。そっと持ち上げると、手の甲に唇が当てられる。柔らかくて温かい。


「できるならこの手を放すことなく、家まで連れ帰りたいんだよ。来週と言わず、今から朝まで一緒にいたいんだ、史華ちゃん」


「ずいぶんと情けない台詞ですね。あなたらしくない気がしますけど」


 手を引こうとするが、握られて動かない。本気で帰す気がないのだろうか。


 悠は上目遣いで史華を見つめながら告げる


「今日みたいなデートをすれば、今までは女のコの方から「帰りたくない」って台詞が出たからね。楽しそうにしてくれている手応えはあったのに、お酒は拒否されるし、まっすぐ家に帰ろうとするし、そんなに嫌われているのかな、と」


「えっと……嫌ってはいないですよ。本気で嫌だったら、車から飛び降りるくらいのことしますし」


 実際、それに近いことはしたことがある。例えで言っているわけではない。


「あと、あたしにそういう台詞を期待しないでください。キャラじゃないんで」


「言わせたかったなぁ、君の口から帰りたくないって台詞を」


 心底残念そうに告げて肩を竦めると、やっと手を離してくれた。


「だけど、そういう気持ちにさせられなかったということは、俺がまだまだってことだよね。どの女のコも俺の言いなりにしかならなかったから、勉強になるよ」


 勉強になる、という言葉が史華の胸に引っ掛かった。


 あたしと一緒にいて勉強になることなんて何ひとつないと思うんだけど。


「あ。これ、史華ちゃんの着ていたジャケットね」


 一般の車と比べたら窮屈そうな後部座席に手を伸ばした悠は、お洒落な紙袋を引き寄せて史華に手渡す。それで史華は自分が着ていたボレロが借り物であったことを思い出した。


「わわっ、借りたままもらっちゃうところでした。すみません」


 とりあえず脱ごうと手を掛けると、悠の手が遮った。


「良いよ。それ、買ったやつだから。そのまま着ていって」


「はい? 買ったって、何言って」


 また妙なことを言い出すものだと史華が聞き返すと、悠は説明する。


「皆藤のところから買い取ったってこと。レンタル品じゃなくて、新品なんだよ」


「え、なんでそんなこと……」


 悠の言動が理解できない。


「似合うなって思ったから。君にずっと着てもらいたくって。一度にいろいろなものを買い与えたら、君はきっと嫌がるだろうと思って黙っていたんだ」


 どうしてこの人はあたしのことがわかるのだろう。


 たくさん買い与えられて喜ぶような女ではないという指摘は当たっている。ただでさえ部屋がごちゃごちゃするほど物で溢れているから置き場所がないということは勿論あるし、宝の持ち腐れになるのがわかっていて受け取るのも気が引ける人間だ。


 あたし、自分のことはそんなに話していないはずなんだけどな。


 そのときどきの感情ははっきりと示してきたつもりではあるが、それ以外の情報は意図的に出さないようにしてきた。どこを見ていれば、そんなことまで見当がつくのだろう。そもそも自分のことを説明するのも苦手なので、悠が察しているのだとしか思えない。


「勝手なこと、しないでください……どんな反応をしたら良いのか、わからないから」


 借りていたボレロは着心地も良かった。今日一日の思い出も詰まっている。気に入っていたものが自分の物になって嬉しいのだが、それをどう表現したら良いのかわからない。素直に気持ちを告げるには恥ずかしくて、別の言葉を懸命に探すが語彙力も表現力も足りない。


「うん。次はそうするね。何はともあれ、気に入ってくれているみたいで良かった」


 幸せそうに悠は笑う。それを見ていると、こちらの気持ちもどこか温かくなる。


「ありがとうございます。あの……大事にしますね。今日はこれで」


 なんとかお礼を言うと、史華はすぐに頭を下げる。ここで長居をしたら、連れていかれてしまいそうで。心も、身体も。


「またね。史華ちゃん」


 車の中で手を振ったのに、外に出てからも彼はずっと手を振ってくれた。恥ずかしかったのだけど、そんな些細なことがちょっぴり嬉しいと感じていたのだった。

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