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第20話 魔法をかけられて

 何をどう直したのかよく覚えていない。アイシャドウやチークのおかげでさらにメリハリはついたと思うけれど、厚塗りではなく自然な感じだ。何より、コンプレックスの短い睫毛がちゃんとふさふさに上がっていることには感動を覚える。成人式の時、美容師さんが「つけまつ毛もマスカラも難しいですね」と音を上げた睫毛だというのに。


「馬子にも衣装……ってか、豚に真珠? 勿体無い……」


 メイクが終わった第一声にしては、冷静に考えなくともひどい台詞なのだが、思ったことがそのまま声になっていたのだから仕方がない。


「中身は後から足せば良いのよぉ。今は、悠クンの隣に立っても釣り合うって思われたいんでしょ?」


「うっ……」


 すごい。本当にメイクを見ただけで気持ちがわかるものなのか。


 絶句する史華の背中を、皆藤はぽんぽんと叩いた。


「あら、やだぁ、図星? かぁわぁいぃっ」


 可愛いとからかわれて、史華はむすっとする。


「……だ、誰だって、あんなイケメンの隣に並ぼうと思ったら背伸びぐらいするんじゃないですかっ⁉︎」


「そう?」


「だって、申し訳ないじゃないですかっ! うわー、イケメンなのに女のセンスないわーとか、陰で言われるんじゃないかって思ったら、さすがに頑張っちゃいますよ!」


 今日だけのつもりなのに、それで彼の評判が落ちるようなことがあってはならない。どこで誰が見ているかわからないのだ。あんなに目立つ美貌を持つ人間が外をウロウロしていたら、知人に出会えばすぐに捕捉されるに決まっている。注意は払っておいた方がいい。


「あなたは……」


「はい?」


 何か言い掛けて止められ、史華は首を傾げる。


「ううん。そうね。その意気で今日は頑張りなさいな」


 ごまかすようににっこり笑うと、皆藤はスタッフらしき女性から臙脂色のボレロを受け取った。


「今着ているジャケットはこっちと交換しなさい。あなた若いんだから、変に落ち着いた感じにしないの。ホラ」


 言われるままにジャケットを脱ぐと、ボレロを着せられる。軽い生地でできており、光沢はない。エレガントな印象のデザインで、今のメイクとよく馴染んでいるように見えた。


「うふふ。なかなか悪くはないわね。今日は気温も上がるって話だから、七分袖で充分よ」


「と、言われましても、服なんて持ってないし……」


 そもそも着ていく場所もない。置き場所もないし、服は最小限しか持ち合わせていない。あまりにもひどい時は愛由美がショッピングに付き合ってはくれるが、彼女の趣味の影響も受けるのでしっくりくる服は選べるほど持ち合わせていなかった。


「もう、悠クンに買ってもらうことね。今日は貸し出しよ。これが気に入るようなら、後でお店を教えるわ」


「は、はい……」


 一体幾らくらいするんだろう……と眺めている間に、皆藤に押されてメイクルームを出た。通された場所は待合室らしい小部屋。赤と黒でスタイリッシュにまとめられた場にいる悠の姿は、どこぞのファッション誌の一ページにありそうな雰囲気だった。タブレット端末を弄りながら、史華の支度が終わるのを待っていたらしい。長い脚を組んで俯いていたのだが、皆藤が扉を開けたので顔を上げた。


「ほら、準備できたわよ〜」


 皆藤に背中を押されて前に出る。彼の視線に身体をなぞられると、自然と心拍数が上がる。


「へぇ……すごく良いね。君に頼んで正解だった」


「でしょー」


 皆藤は自慢げに胸をそらす。


 だが、プロにメイクを施してもらったとはいえ、やはり彼を前にすると怖気付いてしまう。綺麗になりようがないと、思ってしまう。


「史華ちゃん、顔を上げて」


 そんな気持ちが顔を俯かせたらしい。悠に促されても、上げる気になどなれなかった。


「史華ちゃん。メイクというのは、自分をよりよく見せるための魔法だ。自分の嫌な部分を隠して、好きな部分をもっと魅力的に見せる――そんな魔法。皆藤はメイクという魔法でたくさんの人たちに幸せを与えてきた人だ。今日は時間がなくて二人には申し訳なかったのだけど、一流のメイクをしてもらったのにそんな顔をされたら、紹介した俺は悲しいな。何が不満なんだい?」


「…………」


 正直に言えるはずがない。「あなたが眩し過ぎるから」なんて。


 あたしは一般人なんですよ? モデルさんじゃないんですから。


 むすっとしていると、皆藤がぽんっと力強く背中を押した。


「史華ちゃんねぇっ! そういう態度が女を下げるのよっ! あなたはもっと胸張って顔を上げるべきなの! じゃないと、良いところも伝わらないでしょ!」


「良いところなんて……」


 人に誇れるようなところはない。見た目だけじゃなく、自信があった研究分野でさえあっさり失った。何をしても無駄だと打ちのめされた。


「――あるよ、史華ちゃんの良いところ」


 視界が急に上向いた。悠の手が顎の下に入り込み、強引に顔を上げさせられたのだ。


 悠の澄んだ瞳が目の前にある。視線をそらすことは許されない。


 悠は台詞を続ける。


「肌が白くて綺麗なところ。描かなくても整っている眉毛がちゃんとあるところ。唇がぷっくりしているところ。それと――」


「も、もういいですっ!」


 火が出るんじゃないかと思った。至近距離で褒められるなんて経験がない。


 彼の手を払い除けて壁際に逃げると、ドキドキする胸に手を当てた。悠に言われると、大したことじゃなくても嬉しく思えてしまうから不思議だ。


 ってか、眉毛見られていたとは……。


 思い返せば、入浴中に助けられているわけで、スッピンをバッチリ見られているのである。そこを覚えられていたことに、ある種の動揺を隠せない。


「ね。君にはたくさん良いところがあるんだ。容姿にも自信がないみたいだけど、気にしすぎるのが一番良くない。俺が良いところをたくさん教えるから、そこだけでも自信を取り戻すこと。良いかい?」


 嫌だといったところで、この問答の終わりが遠退くだけだということは先日のやり取りからも自明である。史華は渋々頷いた。


「じゃあ、本当の目的地に急ごうか」


 史華は悠に手を引かれて歩き出す。本当の目的地で何が待っているのか――それを知っていたら、この場で逃げ出していたのにと、後の史華は思うのだった。

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