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第19話 夢見るシンデレラ

 三十分も掛からないドライブ。高層ビルを横目に辿り着いたのは雑居ビルのワンフロアだった。


「ここに用事があるんですか?」


 案内されたのはビルの二階を広々と使用しているフォトスタジオで、七五三のシーズンだからか着飾った子どもの姿があちこちに見える。


「ここへは準備に、ね。史華ちゃんをもっと可愛くしてもらおうと思って」


 誰かを探しているらしかった。キョロキョロとしていた悠は、派手な髪色の青年を見つけて声を掛けた。


皆藤みなふじ!」


「あらぁ、珍しい。本当に来てくれたのね」


 ニコニコと人懐っこそうな笑顔を浮かべて悠の近くにやってくると、史華を爪先から頭のてっぺんまで見た。やはり他人からしげしげと見られると恥ずかしい。しかし悠に見られた時の照れ臭さは今はなくて、彼を意識しているらしいことを実感してしまう。


「あなたがモデル以外の子を連れてくるのって珍しいわね」


 モデル?


 オネェっぽい喋り方の青年の台詞に、史華は隣に立つ悠を見上げる。なるほど、こういう美形はモデルと付き合うものなのか、と妙に納得できてしまう。自分なんかよりさぞかしお似合いだろう。絵になるとも思う。というか、自分が見たい。


「悪い。今日は緊急事態なんだ。彼女の魅力を存分に引き立てるメイクと衣装をお願いできないか? できるなら、一時間以内に」


「オーケイ。いつもお世話になってるからね、張り切ってやらせてもらうわよ〜」


「はい?」


 皆藤と呼ばれた青年はノリノリに見えるのだが、言っている意味がわからない。キョトンとしていると、悠に背中を軽く押された。


「彼は俺が仕事でよく世話になっているメイクアップアーティストなんだ。腕は確かだ。任せるといい」


「いや、でも」


 状況が飲み込めず、素直に頷くことができない。


 困惑する史華の手を皆藤が取った。骨張っていてゴツゴツしているけれど、ひんやりとしているし、肌はすべすべしている。男性の手――悠の手とは違う感触だ。


 って、なんであたしは何でもかんでも悠さんと比較するのよ。


「皆藤の予約を取るのは半年待ちとも言われているんだ。せっかくなんだから、プロのメイクを楽しんできて」


 助けや説明を求めたつもりだったのに、期待とは違う台詞を返された。


「史華ちゃん、だっけ? 時間がないから、さっさといくわよ〜」


 ほらほら、と急かされて悠から離される。心許無い。ちらりと振り返ると、彼はにこやかな表情でひらひらと手を振っているのだった。





 手を引かれて案内されたのは、奥の静かな個室だった。大きなドレッサーの前に置かれた椅子に座らせられると、エプロンを着けられる。


「随分と気合を入れて化粧をしてきたみたいねぇ。アタシを紹介されて、がっかりしているんでしょ?」


「あ、いえ、別に……」


 気合を入れて化粧をしてきたってことも、がっかりしているってことも、両方ともうやむやにしようと口ごもる。どうでもいいことだ。


 あたしの一生懸命なんて、どうせこんなもんだし。


 不満だが、自分の頑張りが認められないことはある意味慣れている。いつだって空回りだし、珍しく上手くいったと思えば横から手柄を盗まれる。


 あぁ、だから悠さんに初めて話し掛けられたときのことが忘れられないんだ。


「良いのよ? 正直に話してくれて。まぁ、言わなくても、メイクを見ればわかっちゃうけどねー」


 楽しそうに笑いながら、皆藤は手をテキパキと動かしている。いつの間にか化粧品がたくさん並んだカートが史華の横に置かれているし、ドレッサーの前にもコンパクトが増えていた。どれもがキラキラしていて、自分が使うことなど一生なさそうな品々ばかりだ。


「あなた、何か希望はある? 可愛らしく、とか、知的な感じに、とか、そういう雰囲気的なもので構わないんだけど」


 希望と言われてもすぐには浮かばない。愛由美が教えてくれるメイク術は女の子らしく、可愛くを目指すものばかりなのだが、自分の顔には正直似合うとは思えなかった。


「そういうの、よくわからないんで……」


 渋々、思った通りに答えると、皆藤はぷっと小さく吹き出した。


「あら、あなた、メイクに興味が全くないの? そんなことないでしょ。こんなに一生懸命に化粧してるのに。基本は大丈夫だけど、少し厚塗りになってるわよ。意識しすぎちゃったのね」


「…………」


 厚塗りと言われて恥ずかしくなった。普段がすっぴんに近いのできちんとしようと念入りにした結果がそれだったら、少しつらい。


「じゃあ、質問を変えようかしら」


 史華が黙っていると、皆藤は明るい口調で告げた。


「悠クンにどう思われたい?」


 悠さんに?


 ドキッとした。悠を意識して化粧をしたのは確かだったからだ。


「あ、あたしの化粧を見て気持ちがわかるって言うなら、察してください」


 説明するにもうまく言葉が浮かばなくて、投げやりな台詞になってしまった。


 この気持ちは恋ではない。ビジネスの延長のはずだったのだけど、少しプライベートに踏み込んでしまったみたいな居心地の悪さを感じている。少しだけ夢を見させてもらえれば嬉しいかなと欲が出てしまっている自分に気付いて、嫌気がさしてしまった。こんな面倒な気持ちは、今日だけで良い。どうせ、今日で終わりになるんだ。


「うふふ。そうね。あなたは随分とこじれちゃっているみたいだから、そうしましょうか」


 皆藤は楽しそうに微笑んで、メイクを開始するのだった。

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