第13話 お風呂はゆっくり思案の時間?
仕方が無いとはいえ、これはないわ……。
濡れて重くなった衣服を、史華は背後を気にしながら脱いでいく。脱衣所で音がしているのは、着替えなどの準備をしてくれているからなのだろう。そうだと理解しているのに、様子が気になって落ち着かない。
自分のドジで招いた事態であるとはいえ、初めて入った男性の家で、無防備な姿にならねばならないことは不安にしかならない。状況が状況であり、ここが浴室であることはまだありがたい。
「史華ちゃん、着替えは棚に置いたから、上がったらそれを着てね。浴室のドアを開けたところに脱衣カゴ置いておいたから、脱いだものはその中に、ね」
「は、はい!」
コーヒー色にまだらに染まるウールのシャツを床に置き、ジーンズを重ならないように並べる。履いていた薄手の黒いソックスを脱ぎ捨て、ブラジャーとショーツという姿になった。湯船から立ち上る湯気で曇った大きな鏡に自分の姿が映っている。それに気付いた史華は顔の部分だけを手でこすってみれば、よく知る冴えない顔がそこにあった。
覚悟を決めねば……。
裸を見られることは回避できるかもしれないが、洗濯してもらう都合上、否応無しに下着は見られてしまう。新しい下着を買ったのが就職活動を始めた頃の話だから、一年以上前だ。つまり、ボロい。
いや、むしろ新調したばかりじゃなくて良かったと考えるべきか。そういう心算でいました、みたいなものじゃなくて本当に良かったけど……。
ブラジャーを外して、その使い古された様子にがっかりする。
同性にも見られたくないわ……。
自分の胸に合ったブラジャーを探すのは、服を探す以上に苦戦した。ふくよかな体型であるため、サイズを置いている店が少ないのだ。だからといって専門店に行くのはどこか気が引けて、結果として物理的に使えなくなるまで着る。今着けていたものも、おそらく他の女性陣から見たらもう捨てているようなレベルに違いない。
ブラジャーとショーツが揃っていないのも、自分としては見慣れてしまったけど、どうなのかなぁ。
今朝まで読んでいた小説にそんなくだりがあったのを思い出す。
★ ★ ★
「こうなるって、想像していなかったんだね」
「だって……」
柔らかなベッドに身体をうずめ、上に陣取ってあたしを拘束する彼を見上げた。彼の視線が、捲り上がったワンピースから覗く身体をなぞっているのがわかる。ペアが成立していない下着を見て、そう指摘したのだとわかった。
「良いんだよ。お前らしい」
嬉しそうに微笑むと、彼はあたしの額に口付けを落とした。くすぐったくて身を捩ると、キスのシャワーを全身に浴びることになる。
★ ★ ★
「――って、ここで詳細を思い出すなぁぁぁっ!」
恥ずかしさのあまり、握っていたブラジャーを床に叩きつける。
中途半端に記憶力がよくて妄想力に長けている自分を、史華は恨まざるを得なかった。色白の肌が、桜色に染まっている。
自分の身には当分起こり得ないことである。何を意識してしまっているのだろうか。
「叫び声が聞こえたけど、どうかしたかい?」
「あー、いえいえっ! なんでもないんですっ!」
脱衣所からの悠の呼びかけに、史華は慌てて返事をする。いつまでも全裸になるのを躊躇しているわけにはいかないので、勢いに任せてショーツも脱ぎ去った。
「何か不便なことがあったら聞いて。――そうそう。シャンプーとかボディーソープとか、中にあるの適当に使って良いから。うちで提携してる企業からいただいたサンプルなんだ。せっかくだから、後で感想を聞かせて」
「は、はい! 承知しました!」
彼が脱衣所を出て行くのを聞き耳を立てて確認し、ドアを開ける。服は彼が言っていた脱衣カゴの中に突っ込んで、素早くドアを閉めた。
「…………」
冷静に考えるとどこか滑稽で笑えてしまう。それでいくらか緊張が解れた。
「提携してる企業のサンプルね……」
こんなときに仕事の話をするのだから、案外と真面目なところもあるのだなと史華は思った。警戒し過ぎていたと感じて、あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気分だ。
気を取り直したところで、整理整頓されている棚を見る。
提携している企業というのは一社だけではないらしい。複数のメーカーのものが並んでいる。ボディーソープだけでも三種類。並ぶボトルは十本近くあるだろうか。それがずらりと並んでいても邪魔にならない程度には広いし、きちんと片付けられている。
「って、愛由美が愛用してるメーカーのじゃない」
史華の給料だと贅沢品になるので買ってはいないのだが、愛由美の家でお泊まり会をした時に見かけて教えてもらったものだ。香りが爽やかで、肌がすべすべになるから史華も気に入っている。
ファンシーグッズを手掛けているってサイトには書いてあったけど、こういうメーカーと一緒に開発をするような会社なんだなぁ。
社長の顔と名前を確認すると同時に、何の会社なのかも調べていた。株式会社ラブロマンスと聞いて、なんとなくいかがわしい商品を取り扱っているのではないかと警戒していたが、そんなことはない。大人の女性をターゲットにした商品開発をしている健全な企業だ。
せっかくだから、これ使おうっと。
愛由美が勧めるメーカーのボディーソープを使って丁寧に身体を洗うと、シャワーで隅々まで流した。そして、ちょうどよくお湯が張られた湯船に身体を沈める。
「広い……」
湯船は二人で入っても余裕がありそうなくらい充分に広くて、足をしっかり伸ばせた。お湯の温度も熱すぎず温すぎずで心地よい。
「気持ちいい……」
美味しいものをたっぷり食べて、お風呂でゆっくりと寛いで。ちょっとした旅行をしているみたいな気分になった。
「こんな時間がもっと続けば良いのに……」
夢を見ているようだなと思っているうちに、史華の意識は薄れていったのだった。




