第10話 ここは敵の本拠地
「はえっ⁉︎ ちょっ、降ろしてっ!」
暴れると変な落ち方をしそうで、史華は動けなくなった。それを良いことに、悠は史華を抱き上げたまま廊下を進んでいく。
「君は着痩せするタイプみたいだね」
「それって、あたしが重いってことですか」
悠の発言に史華はむすっとする。
「思ったより重かったってこと」
「何気に失礼ですね」
彼が言うように、史華は痩せてはいない。肉付きは良い方だ。身長が低いのに服のサイズがLばかりになってしまうのは、胸回りと腰回りに合わせた結果である。お洒落をしたくても自分に合う服がなかなか見つからないので、面倒臭くなって出来上がったのがこの可愛げもない服装だ。サイズの合う服がそもそもないので買い替えが進まず、ボロボロになるまで着るからこうなってしまう。
史華は心の中で盛大にため息をついた。
「怒るなよ。俺は肉付きの良い女性の方がガリガリの女のコより好みなんだから」
「嬉しくないです」
「俺は嬉しかったけどなあ」
「…………」
からかっているだけだろうと思って悠の顔を盗み見たら、意外と真顔だった。彼の真意がなんなのか、史華にはさっぱり想像がつかない。
新商品のターゲットにピッタリだったとは言っていたっけ。
最初のきっかけがなんであれ、興味を持っているから簡単に帰そうとは思わないらしいことは理解した。だが、このまま流されっぱなしで良いわけがない。
やがて奥の部屋にたどり着くと、ソファの上に降ろされた。革張りの三人掛けのソファは程よいクッションとなって史華の身体を支える。ちょうど寝そべるような体勢だ。
降ろしてもらったところで史華はすぐに脱走を試みたが、あっさりと悠に遮られてしまった。こんな単純な行動、読まれても仕方が無い。
「往生際が悪いね」
史華の両手を取ると、肘掛けにまとめて押さえつける。
「こ、こんなことして、何が目的ですかっ!」
「君が暴れるから、押さえてるだけでしょ」
自由な足をバタつかせていると、彼の長い腕が伸びてきて履いていた靴を脱がして捨てる。スニーカーが高級そうな絨毯の上に転がり落ちた。
「なかなかいい体勢になっちゃったね」
肉食獣が舌舐めずりしているかのような視線が史華をなぞる。
「え……あの……」
彼の瞳を見てしまうと鼓動が早くなる。自分が獲物になってしまったような気分だ。どうなってしまうのか、想像がつかない。
この状況って……あの小説の中では……えっと……。
身体が萎縮してしまって動けなくなってしまった。それに気付かれてしまったのか、彼の膝が史華の両脚の間に割り込んで置かれる。
「こういうとき、どうするべきなのか……躾をしちゃおうかな」
自由な右手で史華の顎を持ち上げて角度を調整する。整った綺麗な顔がゆっくりと近付いてくる。
「やっ……」
史華がぎゅっと目を閉じたその時だった。
インターホンの呼び出し音が部屋に響いた。
「あ。仕事が早いなぁ」
残念そうに聞こえたのは何故だろう。額に柔らかな感触があって、彼が離れていく。
身体が思うように動かない。鼓動も早いままだ。でも、状況を知らなくてはならないと思って目を開けて、衣擦れの音がする方を見た。
「君を起こしに戻る前にデリバリーを頼んだんだ。社内でパーティする時によく頼むお店でね。味は保証するから、是非食べて行ってよ」
彼の手には脱がされたボロいスニーカーがある。逃げ出すにはスニーカーを回収した方が良いが、今の状態では無理だ。
食べ物の話をされたからだろうか。お腹の虫がぐぅと大きく鳴いた。史華は恥ずかしくなって視線を外す。
「食べたらちゃんと家まで送るから、ね。もう大暴れしないでよ。俺も腹ペコなんだ」
「わ、わかりました……」
史華の返事を聞くと、悠は上機嫌な様子で玄関の方へと歩いて行ってしまった。
広い部屋に一人残されると心細い。一面の大きな窓の外は東京の高層ビル街が見える。自分がこんな場所にいることが信じられない。
しかし、今のは危なかった……。
やっと動くようになった身体を起こしてソファにきちんと座る。額にキスをされた。デリバリーが届かなければ、どうなっていたんだろう。
唇にそっと手を当てて、息をたっぷりと吐き出す。史華はおとなしく彼が戻ってくるのを待つのだった。




