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色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
9/97

サイドストーリー.1-2

 

 とても静かな夜。

 啜り泣く声が聞こえた。壁一枚隔てていたが、その弱々しい声は聞こえた。助けを求めていた。

 華凪(七歳)は、そっとベッドから抜け出し、自室を出て横の部屋のドアの前に立った。ここには、二年前に父親の英一えいいちが連れて来た少年が住んでいる。

 かなり変わった少年だ。瞳は赤く、無口で、笑わず、小学校の上級生四人を相手にケンカして勝つくらい強い。

 強いのに、弱い。

 両親を起こさないよう、音を立てないようドアを慎重に開けた。

 啜り泣く声が、ドアの隙間からハッキリと聞こえた。

 ドアを閉め、ベッドに歩み寄った。

「……黒希」

 少年の名を呼ぶと、彼は布団の中からひょこっと顔半分を出した。

 悲しげに揺れる、赤い瞳がこちらに向けられる。

「また、怖い夢?」

 これが初めてではなかった。最近は、しょっちゅうこうだ。

「……」

 黒希(七歳)は何も言わなかった。

 華凪は黒希のベッドに潜り込んだ。向かい合わせに横になる。

「えへへへ」

 華凪は、思わず微笑んだ。

 黒希の布団の中は、涼しかった。熱帯夜を乗り切るのにはぴったりだ。ついでに言うと、黒希の体も冷たい。

 黒希は何を笑っているんだと言いたげな表情を見せた。

 華凪は、布団の中で黒希に体を摺り寄せた。彼の体は、微かに震えていた。寒さで凍えているのではないと、すぐに解った。何故だか、解った。

「……怖いの?」

「……」

 彼は黙ったまま。だが、彼の赤い瞳が応えた。怖いと応えた。華凪はそれを読み取った。

「何が怖いの?」

「……」

「答えて。今度は、私が君を助けてあげるから」

「……」

 黒希は一向に何も言おうとしない。

 ふと、華凪はカーテンの下から覗く夜空に目を向けた。

「そうだ。星を見に行こう」


 真夜中に、二人の七歳児が親の同伴もなく外出する。不審者に襲われそうな絵面だが、華凪は不安など微塵も感じていなかった。

 黒希がいるから。

 二人は手を繋ぎ、華凪はある場所へと黒希を連れて行った。

 人気のない、防波堤。たまに聞こえる車が走る音以外は、波が防波堤を打つ音しか聞こえない、そんな場所。

 立入禁止の看板を横切り、防波堤の上に登る。二人並んで、防波堤に腰掛けた。

「ねぇ、黒希」

「……」

「この前さ、私を助けてくれたよね」

「……」

「すごく嬉しかった。だから、今度は私が黒希を助けたいんだ」

「……」

 黒希がこちらを見る。相変わらずの無表情で、感情が欠けてしまっているかのよう。

「どうすればいいかな」

「…………な」

 黒希の唇が微かに動いた。

「え?」

「俺に聞くな」

「……」

 華凪は唖然とした。

「……喋れるの⁉︎」

 黒希が家に来て二年。彼の声を初めて聞いた。

 急に大声を上げたことで、黒希はビクッと肩を震わせ、小さく頷いた。

「お話できるなら、もっと早く言ってよ」

「……」

「どうして悪い夢を見るのか教えて。私が何とかしてあげるから」

「……無理だよ」

 黒希は、風に掻き消されそうなほど弱々しい声で呟いた。

「どうして?」

「お前みたいな弱い奴は、何もできない」

「……む」

 否定できないことが悔しい。

「それなら、私が黒希を助けられるほど強くなればいいんだ」

「……どうやって」

「勉強とか運動とか、私、一生懸命頑張るから。みんなにバカにされないように」

「……」

「ね? 黒希だって追い抜いてやるんだから」

 自信満々に華凪は宣言する。

「……どうして」

「何?」

「どうして、そこまでする」

「だって家族じゃない」

 その時、黒希の瞳が見て取れるほど強く揺れた。

「……違う。お前は、家族じゃない」

 黒希は否定した。その声は、怒っているようで、悲しんでいようで。

「んー、じゃあ、恋人ってことで」

「……」

「えぇと……あ」

 華凪は辺りを見回して、防波堤の下にある物を見つけた。

「ちょっと待ってて」

 華凪は立ち上がって、防波堤の下に飛び降りた。

 釣り人が置き捨てた物と思われる空き瓶が転がっていた。

 それを手に取り、黒希の横に戻る。

「それで何する気」

「見てて。それっ」

 空き瓶の口を持ち、防波堤の淵に叩き付けた。それで、空き瓶は凶器となった。

 そしてそれを、華凪は自身の右手を突き刺した。

 華凪が痛みに顔を歪めた。

「何してんだ!」

 黒希は慌てて止めた。

「わっ⁉︎ だ、大丈夫だよ。ほら」

 華凪は黒希を安心させるため、右手のひらを見せた。

 小さな赤い点ができていた。

 深い傷ではなさそうだ。

「黒希は左手」

 と言って、瓶を差し出す。

「何で俺まで……」

「いいから」

 黒希は瓶を受け取り、左手を刺した。

 痛みに少しだけ顔を歪める。

 黒希が瓶を置くと、

「手を合わせて」

「……」

 訳も分からないまま、黒希は華凪の右手に左手を合わせた。

 すると、華凪は黒希の手が離れないように手を握った。

「昔、本で読んだんだ。こうすれば、約束は絶対に破れないって」

「どんな本だよ……」

「忘れた。それより、約束。私は黒希を守れるよう強くなる。だから黒希は……えぇと」

 華凪がうぅんと悩み始める。

 黒希はその様子を黙って見ているだけ。

 やがて、

「黒希みたいな人でも笑って過ごせる世界を作る。これ、私の夢でもあるからね。黒希は私の夢が叶うのを手伝ってよ」

 そんなことを言い出した。

 所詮、子供の戯言。黒希は適当に頷いた。

「決まり! 約束だよ」

「約束……する」

 満点の星空の下。

 幼い二人は、約束を交わした。




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