透明の章 休憩中
病室は退屈だった。
夜は一層退屈で、不気味さまで増す。
夜の病院は何かと『出る』らしいからなぁ。
しかも、この病室には他の患者がいない。他人だろうと誰でもいいからいてくれれば、集団心理とかが働いて安心できるんだけど。
まぁ、安心したとしても右腕の痛みのせいで眠れないのだが。
ぽけーっとスマートフォンの画面を睨むこと約二時間。
時刻はもうすぐ、午前二時を回ろうとしていた。
丑満時だ。幽霊が一番出るとか言われてる時間帯に突入してしまった。
「……」
実は、さっきから背後に視線を感じていた。
まさか、ここの闇医者の犠牲になった若い黒髪の女の怨霊が………………
「よ。痛みは引いたか?」
「ひゃぁッ⁉︎ ……って……」
気配もなくした声に驚いて飛び起き、一瞬で状況を把握して、振り向きざまに枕を手に取り、それを思いっきり背後にいた少年に投げつけた。
「急に声かけんな‼︎」
少年、ロキは難なく枕を受け止めて、ひょこっと赤い瞳をこちらに覗かせた。
「じゃあなんだ? 肩を突けばよかったのか? そしたら今度は拳が飛んでくると見た」
「……で、何しに来たの」
訊くと、ロキは引きつった笑みを浮かべた。
「否定はしないのな。いやほら、入院なんて久しぶりだし、一人は寂しいんじゃないかなーっと思ってさ。残り少ない魔力を使って、わざわざ実体化したってわけ」
「無理してるなら消えてもいいよ。別に寂しくないし」
「……ほう。黒希はよし、俺はお断りと申すか。生意気な小娘め」
「どうして黒希はよし、なのよ」
「好きなんだろ? アイツのこと」
「…………」
「ありゃ? いつもなら、『ば、バカ‼︎ アイツのことなんか、好きでもなんでもないんだからね!』なんて言うのに。あ。もしかして、本気で怒っちまったか?」
「誰よそのツンデレキャラ。怒ってはいないけど、なんか……複雑」
「お。もしかして、あのお嬢ちゃんのことか? カナって言ったっけか」
華凪。黒希のことをずっと昔から近くで見てきた女の子。
そして、黒希が懐いている数少ない人物の一人。
「複雑、複雑ねぇ……」
などと繰り返し呟き、ニヤつくロキ。
「……何よ」
「そんなに睨むなよ。いやぁ、若いもんはいいなぁと思ってな。青春っていいよなぁ。いっそのこと、学園ラブコメでも始めない?」
「断る」
「即答かい。でも、その青臭い思いは大事だぞ。若いうちにしか味わえないんだからな」
「何を気取ってんだか……」
ベッドに戻り、頭から布団を被る。
「右腕の調子はどうだい」
こもったロキの声。布団を通じてだが、その言葉はハッキリと聞き取れる。
「まだ、少し痛い」
こちらの声は、呟く程度の声量。
なのにロキの耳に届いたようで、
「痛覚を取り除いてやろうか?」
「……お願い」
痛覚を取り除くことは危険だ。
傷を負っても、それに気付けないのだから。
しかし、ここに傷を負う危険はない。
鎮痛剤代わりとして、ロキの幻術を受ける。
石膏で固定された右腕の痛みが和らぐ。
「無茶しなきゃいいのに」
「……仲間が殺されそうだったから」
「仲間思いはいいことだが……」
布団の上に、何かが置かれた。
布団から顔を出すと、そこには草臥れた黒い帽子があった。
黒希から貰った帽子だ。
てっきりヤルスノクラスクに置き去りになっていたと思って諦めていたのだが。
「お前が死ねば悲しむ連中がいることを忘れんな」
「これ、取ってきてくれたの?」
「まぁな」
だから、声をかけても反応がなかったのか。
「……ありがと……」
帽子を胸に抱き、布団を被る。
これで、ようやく眠れる。
叶。
その声は、だんだん遠くなっていく。
いっそ、消えてしまえ。
そう思う度に胸が苦しくなる。
ごめんなさい。でも……ごめんなさい。
その声はすぐ近くで聞こえた。
どうしてこんなにも弱いんだ?
そう思う度に、無力感に襲われる。
隠した古傷が顔を出したことに、少女バカなまだ気付かない。




