青の章 探求中
孤島で黒希達と別れ、アウトサイダーと一緒に転移魔術とやらで地下基地へと戻ってきた。
ボロボロの体を引きずって、玄関兼ミーティングルームの端にあるソファに腰掛ける。
客人用だが、そんなこと気にしてられないくらい体と頭が疲弊していた。
「傷、治そうか?」
アウトサイダーが椅子を引きずってきて、目の前に腰掛けた。
「結構です。貴女こそ窶れてますよ。少し眠ったらどうです」
原因と言ったら、魔術とやらの使い過ぎだろう。
「それなら、君の方が重傷でしょう」
「致命傷はないので」
体中がヒリヒリと痛みはするが、気にするほどではない。
「そう? 痛くなったら言ってよ」
まるで母親のような言葉を口にするアウトサイダー。
「……そういえば。あの」
「ん?」
ある夢で見た光景を頭に思い浮かべながら、アウトサイダーに問う。
「僕の母親、片眼鏡をしていましたか?」
「……してたけど、どうして?」
「孤島で、貴女の背後に女性の姿を見たんです」
「それで?」
「彼女が僕の母親ということになると、やはり貴女はまだ僕に隠していることがあるはずだ」
懐の拳銃を意識する。
彼女がおかしな行動を取れば、すぐにでも撃てるように準備する。
しかし、彼女は全く動じず、寧ろ悪戯っ子のような笑みを浮かべこう言ってきた。
「あるよ」
「なら話……」
「さない。今はね」
はぁ、と息を吐いて拳銃から意識を逸らす。敵意するだけ無駄だったか。
「……なら、いつ話してもらえるんですか?」
「君が戦わないと決意するまで。彼らから離れて、私と一緒に来るって言ってくれたら話すよ」
「手帳を取り戻せと言って、今度は戦うなと言うんですか? 意地が悪い人だ」
思わずため息混じりの声が出てしまった。
「肝を冷やすのは今日で懲り懲り」
あんな思いはもうごめんだよ、なんて呟く声が聞こえた。
今日の事があって気が変わったらしい。
「……貴女のことが解りません」
『人間観察』は得意分野だが、それで見えるのは外面のみ。内面は面と向かって話せばよく解る。
それなのに、彼女は解らない。
人間の行動パターンから外れているというわけではなく、何故だか問題は自分の方にある気がしてならない。
「念のため言っておきますが、まだ貴女を信用したわけじゃない」
「へ? あ、うん。知ってるけど」
「……ですが」
「ですが?」
「…………僕に魔術を教えてください」
見ず知らずの、しかも胡散臭い魔術師に頭を下げて頼む。
「え? え?」
これは予想外だったらしく、手をバタバタと振って戸惑うアウトサイダー。
「彼の足を引っ張らないためには、そちら側の知識も必要なんです」
「だからね。私は黒希と縁を切って欲しいんだけどさぁ…………」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が始まる。
これは持久戦。
先に折れた方が負ける。
そして数秒後。
「…………あぁ分かったよ! でも、一つ条件」
ゆっくりと顔を上げると、やれやれと言いたげな顔のアウトサイダーが。
「この術は、他の誰にも教えないこと。大雑把な説明はいいけど、詳細を話すのは控えてね」
それは、想像していたよりも軽い条件だった。しかし、秘密とは共有したくなるもの。油断はできない。
「善処します」
「はぁ……いいよ。で、何が知りたいの?」
結構、素直に頷いてくれるんだな。
「発動条件から」
電源がつかなければ、それこそ持ち腐れ。
「発動条件ね…………あ。君の特技は、確かパソコンだったよね」
「えぇ、まぁ」
何故知っているのか、なんて今更驚くほどのことでもない。
「私にパソコンのことを教えてくれないかな」
と、手短に説明すること三十分。
「なるほどなるほど。あぁ、これじゃあ『外部からの情報』が必要なのか……」
include。つまり、『取り込む』ことが必要となる。
「私が扱う魔術は、式の結果ではなく結果までの過程を放つもので、結果を出すまで何度でも過程の変更、つまり結果を変えることができる優れものなわけ」
パソコンで言うところのコマンドの書き換えか。
「やって見せようか」
「お願いします」
彼女の右手のひらを凝視する。
そこに、見たことのない白い文字が浮かび上がった。皮膚から剥がれたそれは紅い光に、炎へと変化した。
「次は変更の見本ね」
炎が消え、さっきと同じ炎の意が込められた文字が浮かび上がる。
皮膚から剥がれたそれは、形を変えた。
そして、透明な物体に変わった。
水だ。
「こうして、全く正反対の物質に変えることもできるの」
「ふむ。一度にいくつ発動できますか?」
「それは、その人の魔力量に比例する。あと、どんなものを発動せるかにも。隕石を降らせるとかは、どんな魔術師にも不可能。ただ一人を……今は二人か。二人を除いてね」
「そんな魔術師がいるんですか?」
隕石を降らせる魔術師か。
神様がいるんだろうから、そんなのも本当に存在するのだろう。
「魔術師というよりは、『魔術』そのものかな」
「そのものとは、概念のようなものですか?」
「『起源』のことは、私もよく知らないんだ」
覚えておいた方がよさそうなワードが出てきた。
オリジンって確か、起源という意味だったな。
魔術の起源か。興味深い。
「まずは炎から。さ、君なりにやってみて」
「……」
アウトサイダーの手のひらの炎を見つめる。
頭の中に、コンピューターのコマンド入力画面を想像する。
include〈Magic.Outsaider〉
Now Loading……………………
最適化を実行……………………
17%
24%
43%
70%
89%
8€_#&<°%
「…………ゔっ」
鋭い痛みが脳を刺激した。
「わっ。鼻血が……」
アウトサイダーが席を立って、ティッシュを持ってきてくれる。
一枚手に取って、鼻穴に詰めた。
「……上手くいきませんでした」
「きっと疲れてるのよ。今日はもう休んだ方がいいと思う」
「そうですね。貴女はどうします? ここで寝るとしたらベッドは一つしかないので……」
「あら。一緒に寝るの?」
アウトサイダーは片手で口を抑えて、そんな見当違いな発言をした。
冷ややかな笑顔でこう返す。
「いいえ。レディファーストです。男のベッドで寝るのが嫌なら、ソファか床に寝てもらうことになりますけど」
「残念。じゃ、私はまだ用事があるから」
席を立つと、トレンチコートの胸ポケットからシューティンググラスを取り出した。
「……それも魔術に関連する道具なんですか?」
もしくは小型のデバイスか。
「ううん。これは私の趣味。最近の若い子って、こういうのしない?」
どうでしょうねと軽くあしらう。
最近の流行には疎いので明確な答えは出せない。
アウトサイダーの周囲に文字が現れた。どれもこれも異なる形をしている。
「またね、カイル」
不意に名を呼ぶと、アウトサイダーは消えてしまった。
「……カイル」
色んな人にその名を呼ばれてきたが、彼女が一番呼び慣れているような感じがした。
…………………….感傷に浸るのは後にしよう。
今、考えるべきは一つ。
バーナヴァスを殺したが、手帳は手に入れられなかった。だが、敵の戦力を一つ削ったと考えれば成果はあった。
あとは、あの斧を持った大男。
彼を倒すには、銃だけじゃ足りない。
魔術がいる。
「……include」
あの炎を、その意味を明確にイメージする。
疲労すら忘れ、夜が明けるまでそれに没頭した。




