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色とりどりの黙示録  作者: owen
第2章 開幕
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赤の章 第5節

 

 光助と叶の二人は、ナイトメアが操る住民達に足止めを食らっていた。

「ッ……このっ!」

 地獄に住む怪物ども相手に修業し、ある程度の戦闘経験を積んでいた光助だったが、相手が人間だと本気も出せず、不恰好な避け方になってしまい頬をナイフの切っ先が掠めた。

 ナイフを振り回す男を屈んで躱し、その男の顎に左アッパーを叩き込んだ。

 これで一人。

 不安げに叶の方を肩越しに見ると、彼女はすでに四人も無力化していた。

「うわぁ……」

 視線に気付いたらしく、叶はこちらを見向きもしないで、

「何よ」

「叶、結構強いんだな」

「……そんなことないよ」

「そうか? 俺より強いと思うけどなー」

 叶はナイフを振り回しながら突進してきた男をひらりと避け、滑らかな動きで男の背後を取って、彼の首を薙ぐように蹴りを放った。

 いや本当に、あれは並大抵の男より強いんじゃないだろうか?

 頬の傷が治り、頬を伝う血を親指で拭う。

「それで、お前はずっと高見の見物か?」

 そう言って、光助は人の波の向こうにいる人の形をした影に視線を向けた。

「盛んなところ悪いが、俺は肉弾戦は苦手なんだ。そこのお嬢さんみたいに格闘と幻術を同時に扱えるほど強くない」

 その得意分野である幻術は、この街を覆い尽くすほど強力ということか。

「ほら。後ろがガラ空きだぞ」

 その言葉に慌てて振り返るが、何もない。

「バーカ」

 妙な風が体を突き抜けた。

「何やってんだ‼︎」

 叶の怒鳴り声が聞こえた。

 しかし、時すでに遅く。

 だが、対抗はできていた。

 女神との契約の証が幻術を打ち消す。

 それでも幻術の痕は残る。

 結果的、幻に囚われることはなかったが、

「……ッ……」

 何かが瞬間的に、不規則な間隔をあけて視界を覆った。


「光助」


 意識が戻る。

 地面に倒れていた。

 重たい体を起こす。

 頭がガンガン痛む。

 軽く頭を振って、そこで気付いた。

「……叶?」

 地面に倒れる彼女の姿。

 叶のもとに駆け寄る。見たところ外傷はないが、揺すっても返事はない。

「幻術か……」

 術中にある叶を救うには、治すよりも術者を倒す方が手っ取り早い。


「お前に殺しが出来るのか?」


「……黙れ。俺はアンタとは違う」

 呟き、右拳を握りしめてナイトメアの方を向き直った。

「何が違うって?」

 からかうような口調でナイトメアは言った。

「何でもない」

「過去の記憶が蘇ってる、とかじゃないんだな?」

 わかっているなら聞くな、その言葉を飲み込む。

「……幻術を解除する気はないんだな」

「ない」

「即答かよ……」

「俺を倒すんなら、まずはそいつらを始末しないとなぁ」

 辺りを取り囲む街の住民達。中には光助と同い歳くらいの少年少女までいる。誰も彼もが武器を手にしていて、まるで暴徒のよう。松明持った奴がいないだけマシか。

 にしても。

「……」

 彼は、この怒れる群衆を無双できるような力は持ち合わせてはいない。できることと言えば、右手に魔力を溜め筋力に変換すること。ただでさえチャージに時間がかかるし、その上、光助自身が設けた『無殺の誓約』まであるので相手を殺害という形で完封することは絶対に叶わない。あとは自然治癒。

 どれを取ってもやはり、この戦況においては役立たずだ。

 それでも、やる。

 手に汗握り、息を飲む。震える呼吸を無理やり整える。

 そして、駆け出した。

 一直線に走る。その先にいるのはナイトメアと、奴を守るように立ちはだかる多数の人々。

 真っ向から激突し、目の前の成人男性を右拳で殴り倒す。男の背後から、ナイフを頭上に掲げて恐ろしい形相で駆けてくる女性。

 流石に女性を殴るのは気がひけるので、回避に専念する。

 女が中々諦めてくれないものだから、無視する。

 人の波に突っ込む。

 人と人との間隔がない分、相手も動きが制限されたのが幸い。それでも適当に刃物を振り回す人がいて、荒れ狂う人々を掻き分けナイトメアの近くに現れた光助は、あちらこちらに赤く細い傷跡をいくつも作っていた。

 向かってくる光助の、自然治癒を目の当たりにしたナイトメアはただ、

「……残酷だな」

 と、ボソッと呟いた。

 傷は治るも痛みは残る。その痛みさえ、傷が治ってしまうのだから死ぬことはできず、延々と繰り返される。

 それを許諾した上でその力を得ているのなら、あの少年は、救いようがないほど愚かだ。

 その愚かな少年の、膨大な魔力を溜め込んだ右拳がナイトメアの顔にあたる部分に放たれる。

 ナイトメアは動かず。

 光助の拳はナイトメアの顔へ。

 当たったと、確信する。

 感触がないと気付くまでの、短い自信だったが。

「……な……」

 拳が、貫通した。正確には、通り抜けた。

 空気を殴った感じの、まさにそれ。

「実体がないものに、どうやって触れるんだ?」

 ナイトメアの手が光助の首を掴む。

 その腕を光助は掴もうとするが、やはりそこには何もないようで、空を掴むように通り抜けた。

「ぐ……うぁ……」

 向こうは触れて、こちらは触れない。

 なんだこのチート。

 これは、あれか。触れられているという錯覚を幻術で植えつけられているのか。

 実は幻術初体験の光助の推測は正しかった。

 相手の五感を狂わすのが幻術の真髄。強力か脆弱かは術者の想像力に左右される。安っぽく言えば、自分の現実を相手にぶつけるだけの術である。

「うぐぐ……」

「窒息の場合、肺と心臓、どっちが回復するんだろうな」

 興味本位で殺す気か、コイツ。

 そんなことでなくても殺されるなんてごめんだ。

 それこそ必死でもがくが、どうやっても何も掴めない。魔力ですら通り抜けるというのに、普通の人間の拳が何をできよう。

 加えて、

「……ッ……」

 記憶のフラッシュバック。

 徐々に力が抜けていく。

 治ると言っても死ぬのは怖い。

 体を蝕む恐怖が、抵抗する気力を奪う。

 意識が沈む、その時。


 白が、閉じかけた視界を満たした。


 光だ。

「……」

 それがどういったものなのか、光助は何故だか理解できた。

 悪いものを取り除く、それこそ浄化の役割を果たす光。先ほどまであった頭痛、フラッシュバックまで消えている。

 咲。きっと彼女の仕業だ。

 首の圧迫感が消える。

 解放された光助は咳き込んだ。意識した呼吸をすると、ナイトメアの異変に気付いた。

 一瞬、影の合間に人の姿が見えたのだ。

 それと、なんというか、悪意が感じられない。影の合間から見えるその人の顔は、罪悪感で歪んでいた。

 悪魔は、人の魂が堕落したものだと、昔、死の騎士ことシノに教わった。つまり、元は人間。その悪の部分が、先ほどの光で取り除かれたら?

「ナイトメア、お前……」


 視界が、赤で満ちる。


「………………え」

 目の前にいたはずのものが、赤い破片となって霧散する。

 何かが起きた。ナイトメアの異変に気付いてから今までの、その刹那の間に。

「汚点を除去。これで心置きなく、貴方と話せる」

 何故そうなったかの起因が、地に降り立った。

 四枚の眩しいほどの純白の翼を背に生やした、彫像のような体。しかしそれは内面の容姿。外面は、同性から見ても嫉妬するほど美しい少年。

「……ウリエル?」

 最悪だ。どうしたって今日は、こんなに不幸が立て続けに起こるのか。

 大天使ウリエル。高位に位置する大天使を冠する天使だ。

 それが、ここにいる。

 狙いは、考えずとも分かった。

「女神のを渡しなさい」

 やっぱりそうきたか。

 咲と共に天使から逃亡中の身。いや、天使の狙いは咲であって光助は眼中にない。

 光助は天使が咲をどうするか知っての上で、彼女を死守している。

「俺の答えは変わらないぞ、ウリエル。咲は絶対に渡さない。お前らの都合で、アイツを殺されて堪るか」

 それに、ウリエルは眉一つ、唇の端すら動かすことなく、こう返す。

「ならば、不本意ですが押し通ります」

 そうして、流れ通りの戦闘があった。

 戦闘というより、作業に近い。

 ウリエルの一発のボディーブローで、光助は呆気なく沈められた。彼にまだ息があるのは、加減があったからなのだろう。

「や、めろッ‼︎」

 腹の底から光助は叫んだ。血で喉が詰まりそうになるが、そんなの気にしていられない。

 ウリエルは気に留めず、力無くへたり込んでいる咲にゆっくりと歩み寄る。その右手に、矢のような形をした光が握られる。

「やめ…………」

 それが咲に向け振り下ろされる瞬間。

 この生涯で一番強く、己の無力さを呪った。

 それでも。


 周囲に鳴り響く甲高い音に、光助は顔を上げた。

 そこにいたのは、

「貴女は……」

 ウリエルの光の矢を、咲に当たる寸前で受け止めているのは、矢とは正反対に真っ黒な大鎌。

 持ち主は、叶。

「私の身内に手ェ出さないでくれる?」















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