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色とりどりの黙示録  作者: owen
第2章 開幕
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赤の章 第3節

 

「つぅ……何だったんだ、今の衝撃」

 額を抱えながらも起き上がり、光助は辺りを見回した。

 木製の、民家だろうか。にしては、人がいないではと思ってしまうほどに静かだ。

「うぅ……」

 ベッドの横から呻き声がした。覗き込むと、叶だったか。重そうなリュックサックに押し潰されているようにうつ伏せ倒れていた。

「大丈夫か?」

 手を差し出すと、こちらに顔を向けた叶は一瞬だけ硬直し、結局一人で起き上がった。窓の外を見ると、

「うわ……本当に瞬間移動した……」

「ここがその、『やるですくらすです』ってトコなのか?」

「クラスノヤルスクね。来たことないけど、ここで合ってると思う」

 叶の横から、窓の外を覗き込む。

「へぇ……地獄の景色ばっか見てたから、何処見ても新鮮に見えるな」

「……地獄って、どういう場所なの」

 目に焼きついた地獄の光景を思い浮かべながら光助は、

「緑はないし、空は赤いし、空気は乾いてるし。殺風景な場所だ」

「ふーん……ところでさ」

 叶は部屋の中に向き直った。

「咲は?」

 光助も、部屋の中へ向き直り、見える範囲へ隈なく視線を走らせる。

「……いない」

 転移魔術を発動した本人がいない。発動中に逸れる、なんてリスクがあるのだろうか。

「電話してみる」

 リュックサックを床に降ろし、叶は中から携帯を取り出し電話をかけた。その最中、光助は窓を開けて外を見てみた。

 静かだ。人の騒めきや、車の走る音、鳥の姿さえ見当たらない。ただ、風が吹く音だけが耳に入る。

「……静かだな。本当に人が住んでんのか?」

 鼠色の曇が、妙に不安を煽ってくる。

「……ダメだ。出ない」

「圏外なんじゃねぇの?」

「そうであって欲しいよ」

 嫌な予感を感じているのは、自分だけではないようだ。叶も不安げな面持ちでいる。

「……咲を探しに行こうぜ」

 不安を振り払うように、光助は言う。


 二人は民家を出て、とりあえず街中を探索することにした。

「本当に、誰もいないな」

「……なぁ」

 光助は立ち止まって、後ろを振り返った。

「……この距離、なんだ?」

 光助と叶の間には、約四メートルほどの距離があった。初対面だと緊張するタイプか?

「これは……気を悪くしないで欲しいんだけど、男の人は苦手でさ。今日知り合ったばっかりでアンタのこと詳しく知らないし……」

「そうだな。じゃ、身近なところから始めよう」

 と、光助は叶に歩み寄った。彼女は明らかに警戒した様子でこちらの顔を見てきた。

「カバン、俺が持つよ」

「……いいよ、これくらい」

「女に重いモン持たせちゃ、男として失格だ。ほれ貸せよ」

「……」

 じーっと睨んでくる叶だったが、やがて渋々とリュックサックを差し出してきた。

「……ありがと」

 光助はリュックサックを受け取り、

「いいって。ん、咲より重いな」

 再び歩き始める。距離は少しだけ縮まった。

「……気になってたんだけどさ」

「ん?」

「アンタと咲って、どんな関係なの?」

「家族」

「でも、似てないよね」

「血の繋がりはないからな。小さい頃に、両親が死んじゃって、それで、偶然フレイヤさん拾われたんだ」

「……ごめん。嫌な事思い出させて」

「気にすんな」

 両親の死はとうの昔に乗り越えた……はずだ。

 地獄では、誰かを失いたくないという強迫観念に駆られて拳を振ってきた。もうすでに失ったモノを想い、今あるモノを死守するために。

「叶は?」

「何?」

「家族。いないのか?」

「私は……いた、かな」

「死んだのか?」

「ううん。生きてるよ、父親は」

「そっか。なら……」

 光助の言葉に重ねるように、叶は続けた。

「でも……もう会えない」

「どうして?」

 訊くと、しばらくの沈黙があった。

 突然、背中を押されて地面に倒れた。リュックサックと、さらに叶がのしかかってきた重みで、光助の口から情けない声が出る。

「いてて……怒らせちまったか?」

 そう思ったが、違った。

 銃声がした。銃声なんてゲームの中でしか聞いた事がなかったが、その大きな音は多分、銃声だ。

「そこに入って!」

 叶が、近くのバーを指差して言った。

 光助は慌てて起き上がると、バーの扉にタックルして中へ転がり込んだ。

 叶が後に続いて、最寄りの椅子をひっくり返して足を降り、それを錠前代わりに扉の取っ手に差し込んだ。

 それでもまだ銃声が鳴る。

 窓ガラスが割れる。

 二人はカウンターの奥に走った。

「なんなんだ⁉︎」

 光助がやけくそ気味に叫ぶ。

 一方の叶は落ち着いた様子で、ケータイをカウンターからこっそりと出して、カシャッと写真を撮った。

「これ」

 叶が撮った写真を見せつけてくる。

 道路を挟んだ向かい側の民家の窓に二つの人影があった。性別までは分からないが、銃を撃ってる奴らしい。

「どうなってんだ、これ。俺達、そんなに怪しかったか?」

「怪しいとかじゃなくて、もうこれ、私達のこと敵だって認識してる。だから撃ってくるんだ」

「じゃあ咲も……」

 最悪の光景が脳裏をよぎる。彼女は、戦う術など持ち合わせていない。誰かが守らなければいけないのに。

「危ない」

「どうする」

「バック」

「へ?」

「あっち向いて」

 言われた通りにすると、叶がリュックサックに手を突っ込み、何かを取り出した。振り返ってみると彼女の手には拳銃が握られていた。それと空き缶? そんなものが三つ床に転がっていた。手榴弾というヤツだろうか。

「まさか……殺すのか?」

「違う。麻酔弾で眠らせる。人は極力殺さないのが規則」

「……殺した事があるのか?」

 尋ねると、叶は不意を突かれたような顔をして、

「え? ないよ」

 その応えに、光助は安心して息を吐いた。

「……よかった」

「何が?」

「俺、誰かを殺す奴は好きじゃないんだ」

「……そう」

 銃声が止む。

「話は後。ここから出よう。咲を探すには、彼女が行きそうな場所を考えないと」

「分かった」

 叶は空き缶に似た物をパーカーのポケットに突っ込むと、酒瓶が並ぶ棚から一本取って裏口から外へ出た。

 表通りに出る。

 すると、一台の乗用車が横から走ってきた。道路を走っているのなら日常的な光景だろうが、その車の動きは、どうもおかしかった。

「なぁあれ……速すぎやしないか?」

 レース場で聞こえるような走行音。それは明らかに法律を無視した速度だった。

「こっちに突っ込んでくる気だ……‼︎」

 光助が勘付いた時、車体が加速した。

「何突っ立ってんだ! 避けろ!」

 叶が踵を返してから言った。

「あの速度で突っ込んだら、運転手が危ねぇ」

「はぁ⁉︎ アンタ正気なの⁈」

 正気だ。この上なく。恐怖で足が竦みかけているが、自分が何をしているかは正確に理解している。

 右拳を強く握る。車体の前部分を叩けば、止まってくれるはずだ。

 猛スピードで迫る車。

 光助は、青い瞳でそれをじっと見つめ、タイミングを計る。

「……よし」

 自分を鼓舞するように呟き、覚悟を改める。

「ああ‼︎ もぉッ‼︎ ロキ!」

 横から叶の声がする。

 前にばかり集中していた光助に、その声は届いていなかった。

 だから、驚いた。

 目の前の車が、突然停止したことに。

「……あれ?」

 徐々に失速したなら分かるが、あれは、突然速度というものを喪失した、とでも表現するべきか。

「ったく……面倒な奴と一緒になっちゃったな」

 ようやく叶の声に気付き、光助はそちらを振り返った。叶が赤から紫色に変化した瞳をこちらに向けていた。呆れたと、その瞳は言っているように見えた。

「今の、お前がやったのか?」

「まぁ、そうなるかな」

 ボーッと叶を見つめていた光助の瞳が、好奇心でキラキラと輝き始めた。

「すげぇなお前‼︎ 今のどうやったんだ?」

 と、先ほどの男が苦手だという話を忘れて叶に詰め寄った。

「え? 今のは、その……あ。それより、ほら、運転手を」

「お。そうだな」

 二人は車に駆け寄って、光助が運転席側のドアを開けた。

 若い男がいた。急な停止でハンドルに頭をぶつけたのか、額から少量の血を流して気を失っている。

「なぁアンタ、大丈夫か?」

 言葉は通じないだろうが、光助は話しかけた。

 男の肩を掴むと、男の目がカッと開いた。直後、何か鋭利な物を突き出してくる。

 反射的に半歩下がる光助だったが、右腕を斬られてしまった。

「下がって!」

 叶が、男に銃を向ける。

 そんなことお構いなしに、男はフラフラと頼りない挙動で車から出てくる。手には、小振りのナイフが。

 光助は傷口を抑える手をどかした。傷は、もう跡形もなく消えている。叶がいる場所まで下がった。

「傷は」

「もう治った」

「……え?」

「フレイヤさんの加護だよ。脳をやられない限り、どんな傷でも回復するんだ」

「そうなんだ……?」

「それよりあの人、どうすんだ?」

 まるでゾンビのような歩き方で、ゆっくりとこちらに向かってくる。

「……幻術?」

 叶が呟く。引き金を引く。

 先端に注射針のある特殊なゴム弾が発射され、男の首に刺さった。三秒も経たたないうちに男は倒れた。

 光助は男の腕を肩に回し、歩道に移動させた。

「なぁ、さっきの幻術って言ったよな」

 叶が頷く。

「国をあげて日系の男女を殺せって指令が出ていない限り、この街の人みんなが幻術で操られている可能性が高い」

「……国が俺達を殺そうとしてるってのか?」

「え……あ。前半は冗談だよ。本気にしないで」

 間に受け顔を青ざめた光助に、叶は慌てて付け加えて言った。

「脅かすなよな」

「ごめん。まさか鵜呑みにするとは思ってなくて」

 光助が再び男の腕を肩に回す。あるかどうかも分からない安全な場所へ移動させるためだ。

 歩き出したその時だった。

「あら。また貴女?」

 背後からの声に、二人は振り返った。

 革のジャケットにジーンズといった、アメリカンっぽい服装をした若い白人女性がいた。

 美人ではあるのだが、全身に人ならざる獣の姿が重なっている。

 自身の肉体を精製するほどの力を持つ、上級悪魔だ。

「ケルベロス……」

「知り合いか?」

「ああ」

 叶が、そのケルベロスとやらに挑むように一歩前に出た。

「先に行って」

「俺も戦う」

 女一人が上級悪魔に勝てるはずがない。

 だが、叶は振り返ることなく言った。

「咲を探して、アンタが守ってやれ」

「……分かった。無茶はすんなよ」

 二人が衝突したと思われる、鼓膜が破裂しそうなほどの爆音が聞こえたが無理やり無視して全力でその場を走り去った。





































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