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色とりどりの黙示録  作者: owen
第2章 開幕
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青の章 第6節

 

「これは……」

 海留は暗視スコープを覗き込んで、冷や汗を流していた。

 栄一からの指示で、日本へ向かうため海留が搭乗していたジェット機は最寄りの空港に進路を変更。そこから輸送用のヘリで、海留はたった一人である孤島に降り立っていた。

 今は草叢の中で息を潜め、状況の把握、偵察を行っている最中だ。

 見える限りのことを一言で表現するなら、戦争。たった四人が、何万にもの軍勢でようやく成せるような戦場をこの孤島に造り上げていた。

 そのうちの一人には、見覚えがあった。

「バーナヴァス……」

 彼と共に戦うツナギ姿の男は、知らない。だがバーナヴァスの仲間だろうということは判断できた。

 その男達と戦う女二人組は知らないが、何故だか人間でないことは判った。別の姿が重なっているわけではなく、ただの直感だ。それに、このご時世に剣と盾、弓で戦う人間がいるだろうか。いない。とんでもない変質者でない限りは。

 海留は草叢から慎重に抜け出し、足音を出来る限り静めてその場を離れた。

 海岸付近に着いたところで、木の根元に腰を下ろした。タブレットの電源を入れ、物資の投下地点を確認した。

 島の北側。ここが東側なので、彼が戦闘を行っている中心部には近付かずグルッと回った方が良さそうだ。

 しかし、この仕事は何を成して完遂と言えるだろうか。『亀裂』を閉じる、或いは戦闘中の四人を始末する。或いは…………。

「……」

 最初に頭に浮かんだ二つだとして、それは自分一人の力では遂行は難しい。すぐにでも近くの軍基地から援軍が欲しいが、『シーカー』以外の者がこういった仕事に関わるのをリーダーである黒希は嫌がる。

『亀裂』の閉じ方は知らないので、後者に対処するための作戦を練る。

 真正面からぶつかることは考えない。あんな動きについて行けるとは思えない。

 遠距離からの狙撃、それしかない。狙う順は、弓を持つ女、盾と剣を持つ女、斧を持つ男、最後にバーナヴァス。少なくとも彼だけは人間的な動きしかしていなかった。魔術が使えようと、微かだがこちらにも勝算はある。本当に、望み薄だが。

 海留は気分的に重くなった腰を上げた。夜の行動に必要な装備のみを入れたほとんど空のリュックサックを背負って、北側に向け足を進めた。


 海留の体内時計で一時間ぐらいが経過した頃。道中に仕掛けをしながら進み、ようやく、北側の海岸に辿り着いた。

 白い砂浜に強化プラスチックの黒い箱があった。ヘリから落としたらしい。

 海留は箱を開け、中にあった爆薬、弾薬をリュックサックに詰め込む。空になった層を取り外し、武器の段を見る。この箱には複数の層に分かれて装備が詰め込まれているのだ。

 武器は、二つ入っていた。

 狙撃銃スナイパーライフルのPSG1。

 短機関銃サブマシンガンのUZI。

 手持ちの拳銃ハンドガンのM1911と合わせると、銃はこれで三丁。銀のナイフを合わせると、武器はこれで四つ。

 次の層には、ベルトや防弾ベスト、武器に取り付ける装置が詰め込まれていた。海留はその中からベルトと消音器サプレッサーのみを手に取った。

 ベルトを腰に巻き、短機関銃を提げる。腕に革製のバンドを付け、狙撃銃の弾を填める。

 狙撃銃に消音器を取り付けた時だった。

 風を切る、緊張感を煽る音がする。横から。

 海留は足を掬われたように、不恰好に尻餅をついた。鼻先を鋭利なものが掠る。砂浜に突き刺さる。それは、矢だった。

「チッ……外したか」

 森の方から、暗闇の中から女が出てくる。弓を持った黒髪の女。

 海留は、その女から漂う異様な雰囲気に息を飲んだ。視線を感じなかった。気配さえ何も感じない。そこにいるのは女が幻覚のように思えてしまう。

「覗きをしていたのはお前だな」

「ッ」

 海留は心の底から恐怖を感じた。同時に、肌が火に晒されているように痛んだ。この感覚、懐かしさを感じた。これは殺気だ。黒希と同じくらいか、それ以上に痛い。

「覗きをする奴は、嫌いだ。アルテミスの名にかけて、ここで跡形も残さず消してやる」

 アルテミス? とやらの女の左手の指と指の間に複数の矢が現れる。アルテミスが複数の矢をつがえると同時に海留は拳銃を構え、力を使った。思考の加速。息をすることさえ忘れ、標的を観る。アルテミスの腕の関節の一つ一つの動きが見える。目の動きで、何処を狙っているかが読める。

 頭、肘、膝、ヘソの辺り。

 四本の矢が放たれる。

 四発の弾が放たれる。

 どちらの攻撃もどちらにも当たらずに中間で相殺された。

 一本残らず矢が撃ち落とされたことに、アルテミスは驚きを隠せない様子だった。しかし、すぐに表情を引き締め、矢を放ってくる。今度は二本ずつ。同時にではなく、不規則に。

 海留は、さっきと同じように矢を撃ち落とした。弾切れになると、砂を蹴り、強化プラスチックの箱の陰に飛び込んだ。

 次の弾倉を装填し終えた直後に、箱が吹き飛ぶ。

 海留は砂浜にうつ伏せになった姿勢から、迫る矢を撃ち落とし、勢いよく立ち上がった。近くに転がっていたリュックサックに手を突っ込み、ある物を二つ掴むと、一つをアルテミスへ向け、放物線を描くように投げた。

 アルテミスが警戒するより早く、海留はそれを撃ち抜いた。

 白い閃光が炸裂する。毎度おなじみ、ピンチの時に活躍してくれるスタングレネードだ。

 アルテミスが怯むのを確認して、海留は無理の中へ駆け込んだ。足場の悪い森の中を全力で走る。あんな開けた場所で戦うのは不利。戦況を変えるには戦場を変えなければ。

「……ッ」

 矢の存在を感知し、海留は横へ跳んだ。木の根元に倒れる。

「何だ。もう終わりか。狩り甲斐のない奴だな」

 これを狩りとは、また連続殺人鬼の思想をそのまま読み上げたような台詞を吐かしてくれる。

 しかし、死因が覗きとは、流石に勘弁してほしいものだ。あの男に、黒希に笑われてしまう。


『行くとこないなら、俺と一緒に来いよ。お前とならこの先、遠慮なく仕事が出来そうだ』


 あの男は、僕を認めた。僕も、あの男を自分の上に立っていい度量の持ち主だと認めた。彼にあの時の借りを返すまでは、死ねない。

「……」

「……何だ。本当に狩り甲斐のない奴だな」

 木陰から姿を現した海留に、アルテミスは矢をつがえた状態で言った。

 貴女に言われずとも解っている。

 今の自分の行動は、情によって成したもの。戦場で感情的に動けば死ぬ。だが、それは確率論に過ぎない。死など、万が一の一。それが今か後かというだけのこと。そして、それを回避するのは容易い。

 ようは、賢ければいい。自然界においても、賢い者が長生きする。

「この獲物は、少々厄介ですよ」

 海留は左手に持っていた野球のボールほどの大きさの球体をカチッと鳴らした。

「またそれか……同じ手は二度と……?」

 アルテミスは、急に口を閉じた。

「気付きましたか」

 背後から声がかかる。

 振り向くと、そこに『も』海留がいた。

「これは……幻術か」

「さぁ、どうでしょうね。これ、僕にも原理は解らないんです」

 北側の砂浜に向かう道中に仕掛けた物、それはマイアミの一件で手に入れた装置、立体映像映写機のようなもの。原理は不明、使い方は何となく解っているつもりだ。先ほど投げた球体には、周囲の空間を疑似電脳世界にする効力でもあるのだろう。右目に塡めたコンタクトレンズは目で見て脳に送られた視覚情報を脳波によって球体に送信、球体は周囲の景色を改竄、その映像を映写する。そうして現れた木の枝を折れば、本当に木の枝を折った感触や音もする。それは、多分脳の錯覚だろう。五感まで狂わせる装置とは、一体何処の誰が開発したのか。開発者は、相当な技術と発想力の持ち主に違いない。

 海留が複数体いるのは、海留の脳内のイメージ図だ。たった一人を除いて、全て立体映像ホログラム

「……全部射る」

 アルテミスはつがえた矢を、目の前の海留に向け放った。矢は心臓を射抜き、海留の体は無数のポリゴンとなって四散した。

 本物の海留は威力の高い狙撃銃を構え、引き金を引いた。

 7.62×51mm NATO弾をアルテミスは振り向きざまに指の間に挟んだ矢で弾く。矢の先端部分、鏃が砕ける。そのまま弾の飛んできた方へ鏃の取れた矢をつがえ、放った。

 矢は狙撃銃のスコープを破壊し、腕を掠った。

「つっ……」

 鏃がなくてこの威力。全く、どうして僕がこんな奴の相手をしなければならないんだ。

 腰に提げたホルスターから拳銃を引き抜いて、狙いを定めて撃った。全て躱されると思って放った弾丸だったが、意外にも彼女の右腕を掠めた。

「?」

 まぐれ当たりか。

 アルテミスが痛みに顔を歪め、矢をつがえた。鏃に、何かが集まるのが見える。それは蜃気楼のような空気の歪みにしか見えず、しかし危険だと直感した。

 咄嗟に立体映像ホログラムを展開する。

 四方八方から、映写された立体映像の固定機銃がアルテミスを撃つ。だが、アルテミスは怯みもせず表情一つ変えることなく、こちらを見据えている。

 バレている。全てが偽物だということを、彼女は勘付いている。

 そういうことなら。

 海留は足を止め、アルテミスの方を振り返った。狙撃銃を構える。スコープは壊れたが、引き金が壊れたわけじゃない。

 さて、ここで提示されている問題は一つ。

 何処を狙って撃てば、生き残れる?

 海留はこれまでにないほど脳をフルで働かせた。

 生存本能が逃げろと叫ぶ。

 恐怖で手が震える。

 それでも、考える。

 何処を狙えばいい?

 分からない。こんなバケモノを相手にするのは初めてだ。分かるはずもない。

 頭か。

 首か。

 肩か。

 胸か。

 普通は頭だ。だが、相手が人間ではないと推測できる以上確実ではない。首も、同様に確実ではないと考えられる。

 ここで、一度に全ての箇所を試したい、短機関銃に持ち替えたいという衝動に駆られるが、そんな時間はない。

 今必要なのは、決断力。

 生死を分ける決断を、あと数秒の間にしなければならない。

 いつもこうだ。戦場での決断。嫌になる。鼓動が加速し、頭痛がして吐き気がする。二日酔いより最悪の気分だ。

「……はぁ」

 ここはもう、勘に頼らざるをえない。癪だが、それ以外ない。

 海留は右肩を狙った。矢を掴む右手を僅かでも動かすのが目的だ。

 引き金を引く。

 その瞬間。

 頭に、電撃にも似た衝撃が走った。

「ゔッ……」

 metis……………………?


 時が、止まったような気がした。


 放たれた弾丸は、アルテミスの右腕を貫いた。

「がぁッ……ッ‼︎」

 アルテミスが歯を食いしばり、雷鳴暴風の如き一撃を放つ。その軌道は明らかにズレていた。

 それでもなお、攻撃の有効範囲に海留は届いていた。

「くそッ……」

 地面を蹴る。少しでも距離を取ろうと、跳ぶ。

 だが………………



 何が、起きたのだろう。

「……ぅ」

 僅かに開いた霞む視界に、夜だというのにシューティンググラスをかけた少女の顔が映る。

「気が付いた?」

「アウト、サイダー……」

 体中が痛む。ギシギシと、嫌な音が体内で響く。

「動かないで。全身ボロボロだから」

「……貴女の、その後ろに……?」

 そこにいるのは、彼女の後ろに立つ女性は誰だ?

「いいから。今は眠ってて。君はよくやった。神様相手に、よくここまで頑張ったね。後は私が引き継ぐよ」

 怒っている、そんな風に見える。

 アウトサイダーは海留をゆっくりと地面に寝かせると、アルテミスの方へ向かって言った。

「あの子を傷付けた罪、その身で償わせる。メーティス、憑依して」


 Μῆτις。metis。メーティス。

 名前には力が宿る。

 己を証明する唯一無二の言葉。

 その名が、『知恵』という力が宿る名が、受け継がれる。
























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