黒の章 第8節
「お前は来るな」
黒希の自室の前で、黒希は華凪と論争していた。
「私も、あの人達の話を聞きたい。君のこと、もっと知りたいもの」
中々食い下がってくれない華凪。
「頼むから、来るな」
「いや」
「……殺すぞ」
少々の殺意を込めて言ったが、
「いや」
「……」
どうしようか悩んでいると、
「痴話喧嘩は後にしてくれ」
二人同時に背中を押された。
部屋の中に入れられ、背後でドアが閉まる。
「おい」
背中を押した男を、黒希は睨みつけた。
死の騎士だ。どういうわけだか、早朝にこの家を訪問してきた。ベッドの上には、ライカまでいる。
「コイツは出せ。関係ない」
騎士はベッド横の壁に寄りかかり、首を横に振った。
「いや。ついでだ。この娘にも聞かせる」
「お前には関係ない。口を出すな」
騎士は肩を竦め、やれやれといった様子で深く息を吐いた。
「言うことを聞いてくれ」
「……どうして一緒にいちゃダメなの?」
「危険だからだ。解ったらさっさと……」
上手く言いくるめようとするが、華凪はこちらの手を握ってきて、何故か僅かに顔を歪めて、
「君が傷つくのは、もう見たくないよ。私がダメだって言うなら、君も聞かないで。下で、みんなと遊ぼうよ」
それが最善。そんなことは即座に解った。だが、今は平穏に背を向ける時だ。片付けなければならない過去が、まだ残っている。
「……無理だ」
「でも、一緒にいちゃダメなの?」
「お前を守るのが、俺の役目だ。だから、お前は下でアイツらといてくれ」
自分の口から出たものとは思えないほど、らしくない言葉。
華凪の手に、少しの力が込められる。そして、
「……分かった。でも、怪我したら許さないから」
「話すだけだ」
華凪は小さく頷くと、部屋を出て行った。
足音が遠ざかるのを確認すると、
「……ついでに聞かせるってどういう意味だ」
黒希は騎士に問い掛けた。
「お前は彼女がどうやって地獄に入ったか、その方法を知ってるいるか?」
「……覚えてないって言ってる」
「覚えてない? …………ふむ」
「ふむって何だよ。自己解釈してないで話せ」
「彼女が嘘をついてる、とは考えないのか?」
「……隠す必要性がないだろ」
「何かとあれば敵と疑ってかかるお前が、彼女は敵ではないと確信している、その根拠は何だ?」
「アイツのことは、お前より知ってる。それだけで十分だ」
黒希は机の椅子に腰掛けた。
「話って何だ。あ、謝罪なら土下座な」
ライカ、騎士の順に視線を移す。
するとライカが、
「別に裏切ったわけじゃない。コイツは昔の知り合いだったから守ろうとしただけだ」
それに黒希は、
「ああ、俺の敵になってな」
遠回しに、ライカを裏切り者呼ばわりする。
「だからあれは……」
「ライカ、もういい」
弁明しようとするライカを説き伏せ、騎士はこちらに青い瞳を向けてきた。
「本題に入る。まずは、お前が置かれている状況から話そう」
「俺を撃った敵が目の前にいるってのは、よく理解してる」
そんな戯言を無視して、騎士は続ける。
「俺が引き金を引いた直後だ。お前の動きが急に変わった」
「それで?」
「何をしたかは分かってる。それが問題だ。お前は力を使った。『後継者』としてのな」
「後継者、ねぇ」
小馬鹿にしたような口調で、黒希は言った。
「何だ」
「そういう厨二臭い話、あんまり聞きたくないと思ってさ」
「……お前の仕事はどうなんだ?」
「あれは現実」
「これも現実だ。黙って聞け」
「偉そうに。っていうかよ、どうしてお前の話を信じなきゃなんねぇんだ?」
言い終えた直後。
騎士の姿が霞んだ。視界がブレた。
騎士は、黒希ですら視認が難しいほどの速さで動き、彼の襟首を掴んで壁に叩きつけたのだ。
「つっ……」
「人の命がかかってる。お前が守ると言った涼風やあの娘の命も例外じゃない。解ったらそのふざけた憎まれ口を閉じろ」
「……」
黒希は気に食わない調子で騎士の腕を乱暴に払って、席に着いた。
「お前の力を感知して、天使や悪魔、神がこぞってお前を殺しに来る」
「……理不尽だな。悪魔なら分かるが、天使と神に恨まれるような覚えはないぞ」
それにライカが、
「天使の狙いはお前。神の狙いは、多分『刻印』だろうな」
「……」
刻印。ツキネも、確かそんなことを言っていた覚えがある。
「今朝、すでに三体の神がこの世界へ入り込んだのを察知した」
「は? まさか近くに……」
「いや。海のど真ん中だ」
「どうすんだ?」
「俺とライカで対処する。お前達は、ここで休んでいるといい。ただし、仕事はするな。悪魔、その他の怪物との接触も控えろ」
「……分かった」
「自分が置かれている現状は理解できたか?」
黒希は小さく頷いて見せた。
力を使えば敵が近寄ってくる、ということで間違いなさそうだ。
「ならいい。ライカ、行くぞ」
「少しだけコイツと話をさせてくれ」
騎士は頷き、姿を消した。
黒希は念のため部屋を見回してから、
「……話って」
「これからどうするつもりかを聞きたかった」
「進路相談かよ……」
露骨に嫌そうな顔をする黒希。
「真面目な話だ。涼風も戻ってきたし、もう龍地を殺す理由はないだろ」
「……その話か」
黒希の表情が曇った。
「涼風と話してみる」
「そうしろ。あと……あの時は、攻撃してすまなかったな」
黒希はキョトンとして、それから薄く笑って、
「あんなブレっブレの攻撃、余裕で躱せる」
それにライカは驚いたような顔をして、
「……そか」
ベッドから降りて、こちらに歩み寄ってくる。
「もしもの為に、『契約』を切っておく」
そして、聞き慣れない言語を呟く。それから、
「……ん?」
ライカが目を細めた。
「どうかしたか」
「……いや。何でもない。絶対に、仕事は受けるなよ」
と言い残し、騎士同様にライカは姿を消した。
「……これから、ね」
栄一に家を出ると言ったのに、家に縛り付けられる羽目になり、おまけに人外の怪物達に追われる。
どうも、この先平穏は期待できそうにない。




