サイドストーリー.1-1
彼らが休息の時にあることも知らず、その世界の何処かに『亀裂』が生じる。
三人の若い女性が、『亀裂』の向こう側から出てくる。
「ここで間違いないな」
最初に口を開いたのは、背に弓を背負った女性。紺のティーシャツに黒のジャケット、ジーンズといった服装。黒髪に、青い瞳。目つきは鋭く、唇は固く結ばれていて、強気な印象を抱かせる。
彼女の名は、アルテミスという。
「ええ。奴の力はこの世界で途切れています」
それに応えたのは、白いシャツに茶色のズボンといった格好の女性。銀色の長髪に赤と青の二つの宝石が飾られていて、瞳は青。凛々しい顔つきを見ると、アルテミスとはまた違う強さを感じさせる。
彼女の名はアテナ。
「何でもいいから、早く帰ろ……ね?」
と、小さな声で呟く、黒いローブで全身を覆う女性。フードの中から覗く顔は、美人なのだが赤い瞳の下にはクマがあり、唇は蒼く、お世辞にも健康的とは言えない。
そんな女性の名はヘスティア。
「何を言うんですヘスティア」
「で、でも……お家が一番だよ」
と、『亀裂』へ戻ろうとするヘスティアの首根っこをアテナは掴んだ。
「ダメです。手ぶらで帰れば、またゼウスの小言を聞かねばならない。貴女も、それは嫌でしょ?」
うっとヘスティアは呻き、
「……分かったよ。戦闘向きの貴女方に任せるので早くやっちゃって」
それに、いつの間にか最寄りの木の頂上に登っていたアルテミスが、
「……こんな所に人がいるとは思えないな」
そんな三体の女神が降り立ったのは、熱帯の森、活火山のある海に囲まれた絶海の孤島。
「……ヘスティア。座標の設定をしたのは、確か貴女でしたよね?」
「なっ……私のせいじゃない‼︎ 変な結界のせいで上手く着地出来ないかもしれないと、私はちゃんと言った! 陸地に転移できただけで有難いと思ってほしいよ」
子供のように言い訳するヘスティアの頭に、アテナは軽く叩いて
「初耳です。貴女、もう少し声を張り上げたらどうです? こちらとしては、そちらの方が非常に助かるのですが」
「何よ何よ! 私より交流経験が多いからって偉そうにしないでくれる⁉︎」
悔しそうに一際大きな声を上げるヘスティア。
「別に偉そうにはしてません。それと、そんな感じの声が助かります」
「……何よ」
ヘスティアはその場に屈んで、人差し指で地面をグリグリと掘り始めた。いじけたようだ。
「アテナ。ヘスティアをあまり揶揄うな。洞穴暮らしで誰かと接する機会が少ないんだ。察してやれ」
木から飛び降りてきたアルテミスが言う。
「別に揶揄ったわけでは……まぁ、いいですよ。それで、どうします?」
「呼び出す。向こうから来てもらおう」
アルテミスの左手に、鈍色の矢が現れる。矢を弓につがえ、夜空に向ける。放つ。
数秒後、白い閃光が闇夜を照らし、爆音が夜の静寂を劈いた。
「これで来るでしょうか」
「奴らのことだ。異変があれば駆けつける」
「あの二人に会うのも久しいですね」
「奴らは敵だぞ。情を移すな」
「辛辣ですね。ライカとレオンは昔の戦友。少しの会話ぐらい許してもらえませんか?」
アルテミスは舌打ちして、
「……好きにしろ。だか、役目は忘れるな」
「貴女はいいのですか?」
アルテミスは木に背中を預け、
「神の名を棄てた者に、知り合いなどいない」
吐き捨てるように言った。
アテナはやれやれと言いたげな様子で肩を竦め、
「素直に嬉しいと言えばいいものを」
夜空を仰ぎ見た。
「……あれから、大分変わってしまいましたね」
世界は、こちらが立ち止まっていても、勝手に運命を進めてしまう。急ぎ足で、何かを追い求めているように。
それは、あの二人を思い出させる。
はたから見ればくだらない、子供っぽい夢を実現するために幾つもの戦場を駆け、その努力も実らずに逝ってしまった彼らを。まぁ、こうして気配を感じ取っとだから、生きていたんだろう。
それが嬉しく思えるのに、今は戦わなければならない。
全く、運命というものは皮肉を知っているらしいから腹が立つ。
「……ひっ」
ヘスティアの呻き声がする。
「……何でしょう?」
アテナがそちらを振り向くと、ヘスティアは青い肌をさらに真っ青にして、ビクビクと肩を震わせていた。
彼女の心境を代弁するように、アルテミスが、
「……殺気。痛いから引っ込めろ」
「あ。失礼しました」
アテナは考えるのを止め、座って二人を待つことにした。




