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色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
33/97

青の章 第1節

 

 アメリカ、マサチューセッツ州。

 マサチューセッツ工科大学の研究所ラボにて、海留は今日も相変わらず『アウトサイダー』の居場所を見つけようとネットワークを翻弄中。

 先日、ホテルから回収したラップトップから探り出したIPアドレスで電波基地局、衛星、あらゆる場所にアクセスし、ネットワークという、いわゆる電脳世界に足跡がないか模索するも、今のところは全て空振りである。

「はぁ……」

 何となく床を蹴り、椅子ごと机から離れた。背凭れに深く寄り掛かり、壁のデジタル時計に目を向ける。

 現在の現地時刻は、八月五日の午後十時三分。

 最後に時計を見た時は、八月三日の午後十一時四十三分だったはずだが。

 タイムスリップでもしたような感じだ。まぁ、ただ時間を忘れて作業に没頭していただけだが。脳の誤解というものは恐い。

 立ち上がり、体を少し動かしてみる。

 ここ最近、研究所にずっと篭っていたせいか体が鈍っていた。

 気分転換に、外に出て一仕事でもしようか。

 ______________殺し以外の仕事を。

 席を立ち、ドアに向けて歩き出すと、辿り着く前にドアが開いた。

 瞬間、カフェインの香りが漂ってくる。

 人が入って来る前に、

「ジェリーですか」

 と、英語で人の名を口にする。

 入ってきたのは、二十歳の白人男性。背丈は百九十センチほど。服装は、白いワイシャツに白衣、ジーンズ。ブラウンの髪に、米人ならではの青い瞳。両手に紙コップを二つ持っていた。

 彼の名はジェリー・フリーマン。ここの学生だ。この時間なら講義があるはずだが。

「コーヒーをどうぞ博士はくし

 と、ジェリーがコーヒーを差し出してくる。

「どうも」

 海留はコーヒーを一口飲み、

「講義はどうしたんですか?」

「今日は、午前の講義はないんだ。そこの廊下を歩いてたら教授からカイルがここにいると聞いたからさ」

「八日前からここにいますけどね」

「あ、ミントどう?」

 と、ミントキャンディーまで出てくる。

 至れり尽くせりだなと海留は考えながらも、それを受け取る。

「ところでジェリー。彼女ができたんですか?」

 唐突に海留が言うものだから、ジェリーはキョトンととして、驚いたような表情を見せた。

「よく分かったな。何を根拠に?」

「女性物の香水の香りがしたので。会ったのは、ついさっきでしょう。貴方のコーヒーカップの内側の縁に、消えかけてはいますが口紅が付いてます」

「香水の名前は?」

 ジェリーが試すように訊いてくる。

 海留は頭の中から、引き出しを開けるかの如く次々と脳内に保存していた知識を引っ張り出し、

「……サラ・ジェシカ・パーカー氏プロデュースのLovely」

 コレだと思う答えを引き当てる。

 それに対しジェリーは、

「残念」

 海留は苦笑し、

「違いましたか。答えは?」

「white Diamondsだよ。かなり高級品だって自慢してた」

「女性の好みは、よく分かりません」

「俺もだよ」

 ジェリーが共感してくる。

「なら、どうして彼女を?」

「独り身は寂しいからな。お前も、若い内に身を固めておかないと、後々泣くことになるぞ」

 なんて言われてしまい、海留は薄く笑った。

「僕は遠慮してます。コーヒーとミントは有難く貰っておきます」

「出掛けんの?」

「はい。少し外に。あ、ラップトップには触らないでくださいね」

 と言って、研究所ラボを出る。

 見慣れた廊下を歩く。

 実は、海留は一年ほど前に正式ではないが、ここMITを優秀な成績で卒業している。それが一部の者に知れ渡り、その一部の者から『博士』などと呼ばれている。

 それを、海留は誉れに思うこともなければ、自慢するわけでもなく、ただ聞き流している。そういった肩書きや称号、呼び名などには興味がなかった。

 海留としては、あくまで利己的な思考からこの学舎に入り、己が持つ知識を再確認しただけに過ぎない。その間に知り合った人は、ただの人。友人でもなければ、仲間でもない、ただの知り合い。

 仲間、それは一緒に物事をする間柄の人を指す言葉。

 この学舎で、己の知識を再確認するなどという目的を持っている者は、ゼロ、いない。つまり、ここに仲間はいない。

 コーヒーを一口、口に含む。

「……」

 仲間か。

 歩きながら物思いにふけっていると、ジーンズのポケットに入れていたスマートフォンが着信音を鳴らした。

 取り出し、画面を見る。

 非通知からの電話。

 電話番号を見て、誰かを判断する。

 海留のスマートフォンには、何一つ電話番号やメールアドレスは登録されていない。それらは全て、頭の中に記憶させている。必要な時に記憶を引っ張り出して、打ち込むのが彼のやり方だ。慎重すぎるのも考えものだが。

 辺りに人がいないのを確認して、応答する。

「何ですか?」

『仕事だ』

 相手は白銀栄一だった。

「仕事? それならリーダーに連絡するのが定石でしょう。何かあったんですか?」

『連絡が取れなくてな。それに、現場に一番近いのはお前だったから』

「そうですか。それでは場所と内容を」

『コネチカット州のウィンチェスターで、奇妙な事件があった。キッチンで、溺死した女性の死体が見つかったそうだ。しかも二件』

「単なる殺人事件では?」

『まぁ最後まで聞いてくれ。その二人は、出産を控えていた妊婦だった。中にいた胎児は、両方とも取り出されている』

「……宗教的な要素でしょうか」

『悪魔かもしれない』

「ですが、『亀裂』は?」

『今のところ感知されていないが、万が一の時も考えて、これ以上の犠牲者が出ないようにしたい』

「分かりました。これから向かいます」

『俺もそっちに向かう。現地で合流しよう』

「では」

 通話を切る。

 殺された妊婦。取り出された胎児。

 ウィンチェスターは、確か小さな町だ。人目につくことを恐れて小さな町を選んだのか、それとも別の要因からか。

 気になる。

 知りたい。

 知識欲に駆られ、海留は早足で歩き出した。


















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