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色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
32/97

緑の章 第2節

 

 地獄で、咲は泣きそうになっていた。

「……ここ、何処だろ」

 荒野のど真ん中で迷子になっていた。

 そもそも、目的はあれど行き先は決めていなかった。

 こんなだだっ広い世界で、たった一人の少年を探そうというのは無理な話。それを承知で来たはいいものの、早速、決心は揺らぎそうになっていた。

 それでも足が動き続けるのは、強い意思が彼女を支えているからだった。

 家族みんなで一緒に暮らすという願いを叶えるため。

 咲は一度足を止めた。

 黒希から教わった、遭難した時の知識を思い出してみる。

『迷いそうなら、目に見える場所に目印を付けること』

 この知識は使えない。

 場所に迷っているわけではないからだ。目印を付けたところで、そこへ戻ってこれるかどうかすら危うい。

「……どうしよ」

 他にも教わった知識があるが、ここでは使えないものばかりだった。

 魔術を使う手もあるが、地獄で魔力の回復は望めないので、これは悪魔に襲われた時の離脱手段として取っておきたい。

 となると、とうとう闇雲に歩き回るしかなくなってしまう。

 小さく息を吐き、改めて決心をして歩き出した時のこと、

「あらあら。誰が侵入してきたかと思って来て見れば、可愛らしいお客さんだこと」

 背後からの声に驚き、慌てて振り返る。

 そこにいたのは、二十代の女。背丈は百七十センチほど。服装は黒のシャツに赤のジャケットにジーンズ、黒い長髪。

 顔には、人間というより獣に近い顔が三つも貼り付いている。

 それだけではない。

 体全体に、半透明の別の体が貼り付いていた。体毛に覆われた、イヌ科の動物に似た体だ。

 悪魔。

 そう判断するのに、一秒もかからなかった。

 女の姿をした悪魔は咲を観察するように見つめ、

「……貴女、人間じゃないわね。何処の子?」

「私は……」

 名乗ろうとした。

 だが、その声は何処から聞こえた、

「その美少女は私の物だよ‼︎‼︎」

 という言葉に掻き消された。

 咲は声がした方、頭上に顔を向けた。

 女の姿をした悪魔も、同じように上を見上げる。

 金色の何かが落ちてきた。

 危ないと咲が叫ぶ直前に、それが、目の前に着地する。かなり高い所から落ちてきたはずなのに、不思議なことに、それほど大きな音はならなかった。

 それは、人だった。

 高校生くらいの歳の少女。身長は百六十センチくらい。格好は、水色の下着が透けて見えてしまっている白い薄手のパーカーにデニムの短パン。金色の髪に、橙色の瞳。かなりの美人だ。

 少女はこちらを見て、意味ありげに瞳を輝かせると、女の姿をした悪魔の方を振り返って、こう言った。

「可愛い女の子に手を出そうだなんて、このワタシが許さないよ」

 それに、女の姿をした悪魔は微笑を浮かべ、

「悪いけど、この子は魔王の元に連れて行くことにしたわ。大人しく渡してちょうだい、可愛い魔女さん」

「嫌だね。二次元から飛び出したような美少女を誰が渡すもんですか」

 金髪少女はべーっと悪魔に向け舌を出し、小馬鹿にするような調子で言った。

「魔王に刃向うとでも?」

 半ば脅すように悪魔は言う。

 金髪少女は怖気付くどころか、何故か顔を輝かせて、

「その通り。この出会いは、運命で定められていたんだよ。これから先は更に可愛い美少女が……ぐへへへへ。ついにワタシもハーレム系のラノベの主人公みたいに美少女を侍らせる日が来たんだね‼︎」

「何をごちゃごちゃと」

 呆れ顔になる悪魔の両手の爪が、三十センチほどにも伸びた。

 それを見た涼風は不敵に笑い、

「あれれ? 戦うの? このワタシと?」

「所詮、貴女は死の騎士の後ろに隠れることしかできない弱者でしょ?」

 薄く笑いながら、悪魔は言う。

「心外だなぁ。ま、うん、別にいいけど。でも、可愛い女の子の手前、加減はしないよ」

 と言って、右手のひらを悪魔に向ける。

 悪魔が身構える。

 その悪魔の背後の空間に、ヒビが生じた。

 別世界に移るための『扉』だ。

「なっ……」

 悪魔が気付いた時には、すでに手遅れだった。

『扉』が一人でに移動し、悪魔を飲み込んで消えてしまった。

「年増のおばさん程度に本気出すわけないじゃん、バーカ……さてと」

 金髪少女はこちらを振り返り、飛び付いてきた。

「あ、わっ」

 受け止める力もなく金髪少女に押し倒され、硬い地面に背中をぶつけ_________なかった。

 背中に、柔らかいクッションのような感触があった。

 辺りを見ると、ここは室内のようだった。

 さっきまであった赤い空は木製の天井に変わり、辺りは洋風の壁に囲まれていた。かなり広い部屋だった。

 そして、ここはベッドの上。

「あ、あの……」

 自分の上に跨る金髪少女に、咲は声を掛けた。

「なぁに?」

「助けてくれてありがとうござます」

「いいのいいの。ワタシは美少女の味方、当然のことをしたまでだよ」

「そ、そうなんですか……」

 そう言いながら、咲は思う。

 何でだろう。この人、危ない気がする。殺意とかそういうのじゃなくて、なんかこう、悪寒がする。

「それでさぁ……えぇと、お名前は?」

「……咲です」

「それでさぁ、エミたん。つかのことを訊きけど、エミたんは人間じゃないよね?」

 咲は僅かに目を見開き、明らかに驚きを露わにして、

「どうしてそれを……」

 見たところ、この金髪少女は普通の女の子のようだが、何故分かったんだ?

「魔術の匂いが高貴なものだったから。もしかして女神?」

 匂い? そんなに匂うだろうか。

「……」

 この問いには、答えるべきじゃない。だから、咲は黙った。

 金髪少女は小首を傾げ、

「図星?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 その言葉、金髪少女に遮られた。

「エミたんってば、嘘が下手だね。別に言いふらしたりしないよ。あ、でも……うっかり口が滑っちゃうかも」

「え……」

「でもぉ」

 金髪少女が、ゆっくりと、焦らすように顔を寄せてくる。

 咲は思わず目を瞑った。

「エミたんが何でもしてくれるって言うなら、今の話はなかったことにするけどなぁ?」

 そう、金髪少女は耳元で囁き、顔を上げた。

 咲は金髪少女の顔を見つめて、

「……何でもって?」

 今の咲の表情は、まさに弱味を握られたそれだった。

「何でもは何でもだよ」

「……」

 答えに迷っていると、金髪少女が、

「それに、エミたんにとっても良い事があるよ」

「良い事って?」

「魔力、欲しいでしょ?」

「……」

 こちらのことが、見抜かれている。

「ワタシのを分けてあげるよ。魔力供給は知ってるでしょ?」

「はい……」

「じゃ、いい?」

 秘密は厳守。母に、そう言われている。この金髪少女の口封じをするには、やはり、彼女に従うしかない。

「……はい」

 頷くと、金髪少女は愛らしい笑みを浮かべ、顔を寄せてきた。今度は耳ではなく、顔に寄せてくる。

 堪らず、咲は両手を前に出して抵抗した。

「あの……」

「ん?」

「魔力供給って手を繋ぐだけでも……」

 それだけでいいはずなのだが。

「エミたん、何でもしてくれるんでしょ?」

「うっ……分かりました」

「素直でよろしい」

 と、また顔が接近してくる。

 それをまた、

「あのっ!」

「何?」

「貴女の名前……まだ訊いてないです」

 これが今できる最後の抵抗。

 金髪少女は、鼻と鼻が触れるほど顔を近付けてきて、

涼風すずかだよ。よろしくね、エミたん」

 どうやら、とんでもない人と出会ってしまったようだ。




















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