18
夜。
ボロボロのアパートがある高台の下。今は使われていない海岸沿いの休憩所に咲はいた。
この休憩所は、昔使われていた集会所の建物の裏にあるため、地元の人でも存在自体知らない者が多い。
車の走行音が聞こえないほど、静かな夜だ。
そんな夜に、咲は一人でベンチに腰掛けていた。
足をパタパタと動かし、満天の星空を仰ぎ見る。
星空の一点で、星が動いた。正確には、星に見える光だ。夜間飛行ではない。その青い光は少しずつ大きくなり、そして、青い光が入った小瓶を糸で首に提げる青い小鳥が、手摺に停まった。
「おいで」
小鳥を、膝の上に誘う。
すると、小鳥は何の躊躇もなく羽ばたき、咲の膝の上に移った。
小鳥を撫でる。
『咲、調子はどう?』
小鳥から若い女性の声がする。声が発せられたのは、小鳥の首に提げられた小瓶からだった。
青い光が話す。
「大丈夫だよ、お母さん。この世界は少し息苦しいけど、もう慣れたよ」
『そう……ごめんなさいね。貴女に辛い思いをさせてしまって』
申し訳なさそうな声に、咲は首を横に振る。
「ううん、いいの。このくらい耐えなきゃ、地獄はもっと息苦しいだろうから」
『本当に、貴女一人で行くの?』
「うん。黒希には頼れないよ。あの人も、自分の事で精一杯みたいだから……」
『……そう。お母さんね、本当は貴女を行かせたくないの。でも、貴女は止めても行くんでしょう?』
「うん。決めたから。安心してよ、お母さん。ちゃんと光助を連れて帰ってみせるから」
声は少し黙り、やがて、
『……咲、貴女の無事を心から祈っているわ』
「いつかきっと、光助と一緒にお母さんも助け出すから。そしたらまた、三人で暮らそ?」
『ええ。待ってる』
青い小鳥が、再び手摺に移った。小鳥は、ジッと咲を見つめていた。
その小鳥の思考を見透かしたように咲は微笑み、
「私なら大丈夫。お母さんの元にお行き」
と言うと、小鳥は夜空に飛び立った。その姿が見えなくなるまで、見つめる。
「……帰らなきゃ」
立ち上がると、海からの風に白い髪が揺れた。
何か、胸騒ぎがした。
八月六日。その日を境に、何かが変わるような予感がする。
「……」
それらを振り切るように、咲は駆け出した。
早く帰らなければ、叶に家を抜け出したことがバレてしまう。
序章は以上になります




