表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
23/97

17

 

「……」

 黒希は、お気に入りの場所である防波堤の上に寝転がり、青空を泳ぐ雲を見つめていた。

 あの仕事の日から、早くも八日が経っていた。

 帰ってからずっと、一日の大半をこの場所で過ごすようになっている。

 この場所にいると、不思議と心が落ち着いた。何も考えずに済んだ。頭が痛くなる悩みも、幻のように消えた。

 まるで、この場所だけ現実から隔離されているようだと、黒希は思う。

 現実逃避。つまりは、そういうことだ。現実という理不尽な存在を忘れるために、どうにでも描き変えられる夢に浸る。

 良い気分だ。

 仕事に勉強、面倒なことをせずに済む。

 このまま、ずっと何も起こらず、夢が現実になればいいのに。

「……はぁ」

 まぁ、自分の場合、夢が現実になったとしても悪夢に変わりないが。

「ため息なんか吐いて、どうかしたの?」

「……」

 もう一つの悩みの種が来た。

 華凪の声がしたと思うと、視界の上から華凪が顔を出した。

「最近ため息が多いね。何かあった?」

「……別に」

 答えると、華凪は黒希の頭の横に腰を下ろした。心配そうな眼差しで黒希の顔を見て、

「本当?」

「何もないって。しつけぇぞ」

 と言って、黒希は右腕で目を覆った。

「悩みがあるなら……」

「しつこいぞ。何もないって言ってんだから構うなよ」

 鬱陶しそうに、黒希は言う。

 それに、華凪は水平線に目を向け、

「ねぇ黒希……私、まだ弱いかな」

「……何だよ急に」

「七歳の時にした約束、覚えてる?」

「……いや」

 黒希は反射的に恍けた。覚えていたが、あまり思い出したくなかった。

「私が君を守るって約束だよ」

 恥ずかしげもなく華凪は言った。

「それか。で、約束がどうした?」

「それで、その……私、どうかな?」

「何が?」

「強いか弱いかで言ったら、どっち?」

 弱い。頭ではそう思って、口では、

「よく頑張ってる。優等生が通う学校で成績はトップクラスだろ? それに、運動だってこなしてる。水泳部の大会では優勝しただろ」

 華凪は、生徒だけでなく教師からも評判がいい。絵に描いたような優等生だと皆が口を揃えて言う。

「……はっ」

 自分という不良の隣に、そんな優等生がいるという事実が滑稽に思えた。

「何?」

「別に。それより、お前はよくやってると思う。本当だ」

 その言葉に、華凪は嬉しそうに微笑んだ。

「えへへ、ありがと。でも、君はまだ私を認めてくれてないよね?」

「どうしてそう思う?」

「悩みを打ち明けてくれないから。私じゃ役に立たないって思ってるんでしょ?」

「……いや」

 つい間を空けて答えてしまった。

 彼女の前だと、仕事の時のような調子が出ない。

「ほら。悔しいけど、君に認められてないってことは、君から見た私は、まだ弱いってことだよね」

「無理しなくていい。自分の身は自分で守れる。お前に心配されるほど、俺は弱くない」

「ふーん。昔は弱虫だったくせに」

 悪戯っぽく、華凪は言った。

「むし返すな。今は……」

 言葉の途中で、口を噤んだ。

 昔と何一つ変わっていない。今でも悪夢を見るし魘される。

「今は、何?」

「昔とは違う」

「そう? 今でも、たまに魘されてるでしょ? ちゃんと聞こえてるんだよ」

 本気で心配しているのだろう。声で判る。

「どんな夢なの?」

 黒希は小さく息を吐き、

「お前が出てくる。恐ろしい顔で追っかけてくる夢だ」

 真実を含ませず、冗談だけで答えた。

 華凪は、からかわれたのだと直感し、頬を膨らませた。

「正夢にしてあげようか?」

「勘弁しろよ」

「もう、真面目に答えてよ。真面目に訊いてるんだから」

「話す気はない。お喋りしたいなら、家に帰って母親としたらどうだ?」

 華凪の母、白銀しろがね美花みかは帰国して、今は家にいる。

「黒希も家族だよ。家族の悩みは、みんなで協力して解決しなきゃ」

「俺は、お前らを家族だとは思ってない」

「私は想ってる。だから、話してよ」

 駄々をこねるように、華凪は言う。

「……俺の意見は反対だ」

 と言って、右腕を少し上げた。華凪がどんな表情をするか気になった。

 華凪は寂しそうな表情を浮かべていた。

「……そっか」

 彼女の声は、少し震えていた。

「……」

 言い過ぎた。気付いた時には、華凪は立ち上がっていた。

「そろそろお昼ご飯にするから、帰って来てね」

「……分かった」

 防波堤から降り、歩く華凪の後ろ姿を黒希はじっと見つめていた。

「……何してんだか」

 小さく呟き、唇を噛んだ。

 自分の卑劣さに嫌気がさす。

 黒希はゆっくりと立ち上がり、家に帰ることにした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ