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2015年10月14日に誤字修正を行いました
試しに、何度か撃ってみる。
金属同士がぶつかったような甲高い音がする。
実体はある。なら殺せるはずだと黒希は考える。
銃を左手に持ち替える。
その間にも、電流体はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
顔のない、それを見て、黒希は目を細め、呟く。
「……ライカ」
名を呼ぶ。
黒希の斜め後ろに、小さな人影が現れる。
十歳くらいの少女。身長は百三十センチ弱。
黒のメイド服に似た衣装に身を包んでいて、フリルの付いたカチューシャが載せられた黒い長髪。まるで、暗闇を纏っているかのような容姿だ。
ライカは赤い瞳を、黒希に向けた。
黒希は変なものでも見るような目で、
「……何だその格好。いつもの服はどうした」
ライカは己の服装を見下ろし、
「ごすろり、って言うんだっけか? 知り合いに着せられた」
「知り合い?」
言及しようとする黒希からライカは目を逸らし、前方から歩み寄ってくる電流体に目を向けた。
「用件はアレか?」
「ああ。アレは何だ」
「知らん」
ライカは即答した。
黒希はあまりの返事の速さに面食らい、やがて我に返り、
「アレは、どう見たって人間じゃない。お前なら何か知ってるだろ」
ライカは仕方ないといった様子で電流体を凝視して、こう言った。
「……知らん。少なくとも、お前に視えるってことは魔術的な存在じゃないな。となると科学側、つまり、お前の領分だ。私に頼るな」
「私に頼るなって……お前は俺の『契約者』だろうがこのクソ女」
「ふん……で、用件はそれだけか?」
「力を貸せ」
「……あんまり使い過ぎるなよ」
そう言い残し、ライカは煙のように消えてしまった。
黒希は電流体に視線を固定し、全神経を研ぎ澄ませた。
相手を殺す。
できなければ、こちらが死ぬだけ。叶達にも被害が及ぶ。
だから、消す。殺す。
彼の中で燻る殺意が形を得たような、そんな武器が右手に握られた。
全長二メートルほどの、漆黒の大鎌。
痛みがした。焼鏝を当てられたような痛みだ。
黒希は、痛みに僅かに顔を歪め、そして、地面を蹴った。
ほんの一瞬で、二十メートルはあった電流体との距離が、十数センチにまで縮まる。
肩に担ぐように構えていた大鎌を、電流体の肩目掛け振り下ろした。
轟音が部屋を揺らし、衝撃波は通路を粉砕した。
瓦礫と共に落下する最中、黒希は電流体の姿を視認した。常に光を発しているのだから嫌でも目に入った。
その体には、傷一つ付いていない。
「チッ……ん」
重力に身を委ねていた黒希は、ふと、ある言葉を思い出した。
『下に水が溜まっているようですね。冷水、でしょうか』
海留の、あの秀才の言葉だ。
「水……電気……ッ⁉︎」
全身から嫌な汗が噴き出すのを感じながら、黒希は大鎌を使って電流体を側に引き寄せた。
左手で、両足の靴に触れる。すると、白かった靴底が黒に染め上げられた。
靴底を染め上げたものの正体は、影。手の中にある影を操って、靴底に纏わせたのだ。
影はどんな物質よりも強固で、何人にも破壊は不可能。それを持ってすれば、電流の侵入など許すはずがない。
その足で電流体の背中を踏み台にし、最寄りのパイプに向け思いっきり跳んだ。
電流体が、物凄い勢いで落下する。水面に激突する音がする。大きな水柱が立つ。
パイプに大鎌の刃を突き刺し、ぶら下がる。
電流体の方を見る。この暗闇の中、奴の姿がはっきりと視認できるのは幸いだ。
水面に浮上する電流体が、こちらに右手のひらを見せた。
直後。
手のひらから白い閃光が、水を焼き、一直線に放たれた。
黒希はパイプを蹴って、崩壊せずに残っていた通路の端に跳び移った。
さらに、立て続けに電撃が放たれる。さっきよりも威力は弱く、しかし大きくの電撃が飛んでくる。
黒希は左手を微かに動かし、自身の足元にあった影を操って防御壁を作った。
壁の側面に、光の如き速さで電流体が回り込んできた。
突き出してきた右手を、黒希は振り向きざまに斜め下から振り上げた大鎌で、受け止める。
バチッと、電流体の右手が火花を散らす。それが徐々に強くなる。
黒希は嫌な予感がして後ろへ跳び下がろうとしたが、電流体に大鎌を掴まれたことで、身動きを封じられてしまった。
しかし、黒希の表情に焦りはない。
彼の右手から大鎌が消えた。
影で包んだ右足で電流体の腹を突き刺すように蹴り、怯ませ、距離を置くため後ろへ跳ぶ。
「どうすっかな……」
最初の一撃で、物理攻撃は無意味と感じた。相手は空気も同然。斬っても斬っても、こちらは体力を消耗するだけ。
「……」
斬っても無駄なら、閉じ込めるしかないか。
影を使い、閉じ込める。一時的な対処にしかならないが、科学に関してなら海留の方が詳しい。電気の分解方法なども知っているはずだ。
そうと決まれば、黒希は動いた。
地面に影を這わせつつ、近接戦で注意を引く。まぁ、相手に警戒心があるかどうかは知らないが。
電流体も動いた。
その動きは、さっきの倍近く速くなっていた。
だが、黒希は反応する。
電流体の動きを半眼で追い、突き出された右手を大鎌で防ぐ。
重い一撃だったが、何とか両手を使わずに受け止められた。
目と鼻の先で、右手が火花を散らした。
何かが起きる前に、影で電流体を囲った。
中で光が瞬く。もう少し遅ければ、危なかった。
黒希には、顔のない電流体が悔しがっているように見えた。それはきっと、彼の性根が腐っているからだろう。
一息吐いて、地上に戻ろうと振り返ると、黒い特殊部隊の装備で全身を覆った四人組がいた。
所属部署のロゴは、ない。
その全員が、ほぼ同時にライフルを構えた。銃口の先にいるのは、もちろん黒希。
影で防げば話は早い。だが、一度に操れる影には限りがある。
人間らしき特殊部隊と人間じゃない電流体。
どちらの対処が簡単か。
「はぁ……」
黒希は疲れたようにため息を吐き、短く息を吸って止めた。眠たげな半眼を、鋭く光らせる。
大鎌の切っ先を下に向けるように構える。
引き金が引かれ、弾丸が放たれる。
弾の速度は言うまでもなく、速い。普通の人間なら、拳銃から放たれた一発を目で追って避けるのが限界だろう。
しかし、幸いなことに、黒希はその『普通』の範疇にいない。
眉間に迫る一発の弾丸を、大鎌を振り上げ、誰もいない方向へ弾いた。
そこから、黒希は到底人間とは思えない速度の挙動を見せた。
避けられる弾は躱し、避けきれなければ大鎌で弾くだけの、簡単な作業。
弾丸の雨が止む。
黒希は大きく上に跳び、部隊の中心に着地すると同時に大鎌を振り下ろした。
地面を砕く。
視界の端で、倒れる特殊部隊員の姿が見えた。
それを見た黒希は、
「……どうなってんだ」