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天井に間隔を空けて設置された蛍光灯が、階段とその先を照らしていた。にしても、薄暗い。
それに、静かだった。四人の足音が響くほどだ。
栄一の横に黒希が、その後ろを海留と咲を背負った叶の順で、階段を下りる。
「ここ、人はいるのか?」
黒希は栄一に向け、訊いた。
「ここにいた者は全員避難を終えたらしい」
「それ、いつ頃の話ですか?」
海留が口を挟んでくる。
「きっと、ここの従業員は逃げる時だけ倍速で動けるんだよ」
適当な調子で黒希は言った。
それほどまでに静かだった。これは無人の状態になって生じた静けさではなく、嵐の前の静けさだと咲を除いた全員が直感していた。
栄一はタブレットを見つめ、
「階段を下りて進んだ先に、巨大な空洞がある。その先に『亀裂』があるようだ」
「空洞? ここは貯水場か何かか」
「用途までは知らされていない」
と、栄一は答えた。
因みに、栄一は『シーカー』の一員ではない。彼の役割は、言うなれば中間管理職だ。
栄一は、国家安全保障局に所属している。地位はかなり高く、信頼されているそうだが、その栄一にも教えられていない、この場所。
黒希はため息を吐き、
「この世界で一番高い地位にある政府ですら信頼できないこの世の中で、唯一信頼できるのはファストフード店のフライドポテトだけだな。基本、どの店のも美味い」
「貴方の最優先事項は狂ってますよ。自覚がありますか?」
「クソメガネのテメェにゃあ分かんねぇの。メガネは黙って勉強でもしてろ」
海留はそっと拳銃の安全装置を外した。それと同時に殺気を放ってくる。
「……僕が貴方の後ろにいるということを忘れたわけじゃありませんよね」
黒希は首を動かし、海留の方に顔を向けた。表情に変わりはない。眠たげな半眼で海留を見て、
「やってみろよ。一瞬で殺してやンぜ」
黒希の口調が、変わった。好戦的で、獰猛な話し方に変化した。
「お前達には協調性というものがないのか?」
呆れた様子で栄一が言う。
それに黒希と海留が、
「野犬に食わせた」
「消去しました」
同時に言った。案外、息が合ってる二人である。
階段から通路に場所が変わり、少し歩くと開けた場所に出た。
四角い部屋。壁には大きなパイプが上下張り巡らされ、行き先を辿ろうと天井、床に目を向けるも、上下共に暗闇で見えなかった。
通路は、そんな広々とした空間のど真ん中に、吊り橋のように造られていた。
その空間に出た途端、気温は一気に低下した。
「寒っ……肉の冷凍保存でもしてるの?」
叶の声が反響した。
耳を澄ませていた海留が、
「下に水が溜まっているようですね。冷水、でしょうか」
何かを根拠に、そう言った。
黒希は、手摺りから少し身を乗り出した。通路の下を覗き込むが、真っ暗で何も見えない。ポケットからスマートフォンを取り出し、懐中電灯の機能を使った。が、結局何も見えなかった。
「原子炉でもあるんですかね」
「だとしたら、何か出てくる前に片付けないとな」
黒希は言うと、視線を前に向けた。
明かりが見えた。何かの部屋があるらしい。ドアが開けっ放しになっていたので、僅かだが中が見えた。何らかの機械を制御、操作するためのものと思われるパネルがあった。
それと、黒い膜のような物体が。
「……あれか?」
海留が前に出てきて、
「恐らくあれでしょう。リーダー、どうします?」
黒希の指示を仰いだ。
「栄一、叶とここで待ってろ。海留、行くぞ」
黒希は拳銃の安全装置を外し、歩き出した。その少し後ろを海留が歩く。
部屋に入ると同時に二人は拳銃を構え、安全を確認した。
「クリア」
「クリア」
二人は言い合い、銃を下げた。
この部屋は、機器類の制御室のようだった。
部屋の中央に、操作盤をも飲み込んで発生している『亀裂』。
黒いシャボン玉のような形だった。
「こんな形状の『亀裂』は初めて見ました。リーダーはどうです?」
黒希は『亀裂』の周りを歩き、
「初めてだ。悪魔や怪物が作るのとは、少し違うようだな」
「どう思います?」
「臭いな。何かありそうだ」
その言葉に、海留は周囲の匂いを嗅いだ。
「何も臭いませんが」
「怪しいって意味だよ、間抜け」
「誤解しやすい言い方をしないでください、クソッタレ。それより、さっさと閉じてくださいよ」
「分かってる」
黒希が拳銃を左手に持ち替えた時。
それは、突然現れた。
閃光が瞬く。
辺りの操作盤が火花を散らし、破壊される。
片目を閉じ、右目を微かに開けた黒希が真っ白な光の中で見たのは、人。
いや、人の形をした電気。
電気が肉となり、骨となっている。
顔は、ない。
「……出てきやがったか、怪物が」