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真夜中の州間高速道路七十五号線を、七人は乗れそうな乗用車で西へ向けて走る。
運転するのは、三十代後半の男。背は百八十五センチくらい。服装は黒のティーシャツに紺のジャケットにジーンズ、髪は黒というより茶色に近い。かなり鍛えていると思われる屈強そうな体。右頬には深い切り傷があり、なんか戦士っぽい。ゴツゴツした手でハンドルを握っている。
男の名は、白銀栄一という。
「娘は元気にしているか?」
栄一が、横の、助手席の黒希に訊いた。
黒希は後部座席の三人が眠っているのを確認してから、
「いつまで経っても親が帰ってこないから、寂しがってるぞ」
鬱陶しそうな調子で言った。
華凪のことは、他のメンバーには一言も言っていない。言おうとしない。
「華凪なら、お前がいるから大丈夫だろう」
「大丈夫、ねぇ……」
意味ありげな声音に、栄一は黒希の方を見た。道路は直線で一本しかないので、多少の余所見は大丈夫だ。いや、大丈夫のはずだ。
「何か気掛かりでもあるのか?」
「……いい加減、家を出ようかと思ってな」
黒希は窓に頭を預け、言った。何気なく外に目を向ける。緑のない広野が、道路の左右に広がっていた。
「本気か?」
と訊いてくる栄一を、黒希は睨んだ。
「寧ろ、家に残れって言うお前の方がイカれてると俺は思うが」
「……」
栄一は口を噤んだ。
黒希は続ける。
「悪魔や怪物、殺人鬼なんかを相手にする最悪の仕事をやってるんだ。それに一般人が巻き込まれればどうなるか、知らないほどバカじゃないだろ」
「華凪が巻き込まれるのを懸念しているのか」
「お前はしてないのか?」
「まさか。大事な一人娘だ」
「なら、俺を追い出すべきだ。アイツを守れとお前は俺に言ったが、もう、守る必要もないだろ。そもそも、今まで何から守っていたのか、俺が自覚してないんだ」
「……家を出て、お前は何処に行くんだ」
「海留の所にでも行くよ。あそこなら、お前の家までそう遠くない。廃工場の地下にあるって点は気に食わないが、路上で寝るよりはマシだ」
栄一は少し黙れ、何かを思い出したような表情を浮かべると、
「この時期を選んだのには、何か特別な理由でもあるのか?」
「時期って、何がだ」
「お前と初めて会ったのは、確かこの頃だった」
「……そうだっけか」
「それで、関係はあるのか?」
「ないと言えば嘘になるが、言う気はない。お前には関係ないしな」
「……そうか」
車が右折した。広野に曲がる。曲がった先には道路がなく、車体が揺れた。
後部座席の方から誰かの呻き声が聞こえた。
揺れで目が覚めたらしい。
黒希が後ろを見ると、海留と叶が眠たげに目を開けて欠伸をしていた。
「着いたんですか?」
海留が訊いてくる。
黒希は微笑を浮かべながら、
「まだだ。寝ててもいいぞ。素敵なモーニングコールで起こしてやる」
それに、叶がビクッと体を震わせたが、誰も気付きはしない。
「……黙ってろ無能が」
ボソッと海留は言った。
「ん。何か言ったか?」
「いいえ、何も」
愛想笑いを顔に貼り付けて、海留は答えた。
黒希は微笑を浮かべ、海留に向けて中指を立てると前に向き直った。
すると、車が停まった。
「着いたぞ」
言うと、栄一は車を降りた。
黒希も車を降りて、辺りを見回した。が、何もない。地下施設と聞いていたが地下に通じる扉すらない。
「本当にここか?」
栄一の方を見ると、彼は手元のタブレットを見下ろしていた。
「ああ。ここのはずだ」
「……何にもないぞ」
車から海留と叶が降りてきて、同じく周囲に何もないのを確認すると訝しげな表情になった。
「今、連絡してみる。準備をしておけ」
栄一は歩き出し、車から少し離れた所で何処へ電話をかけ始めた。
黒希は車の後ろに回り込み、トランクを開けた。中には、プラスチック製の箱が五つ置かれていた。
それらを開ける。
中には、黒いスポンジのようなものにはめ込まれた様々な銃やナイフ、弾倉が詰め込まれていた。
その中から、黒希は、拳銃のベレッタM92と刃渡り二十センチほどの銀製のナイフを一本を取り出した。
慣れた手つきで拳銃の弾倉を抜き取り、残弾数を確認する。弾倉には銀の弾が込められていた。
ナイフを腰の後ろに挟み、支度を終える。
横から海留と叶が来る。
二人は、黒希と同じように支度を始めた。
海留は、拳銃のM1911と銀のナイフを。
叶は、拳銃のスタームルガーP345と銀のナイフを二本と、伸縮できる警棒を取り出した。
「黒希、弾は鉄と銀のどっちがいい?」
叶が訊いてくる。
「銀にしとけ」
と言いながら、黒希は銀の弾が込められた弾倉を三つほど取り、ズボンのポケットに入れた。
「海留」
「何でしょうリーダー」
「もし敵が出たとして、相手がバケモンなら殺しても構わないが、人間なら殺すなよ。咲が嫌がるからな」
それに、海留は小さく息を吐き、
「……了解です。ですが、こちらの命が危険になったら殺します」
「それでいい」
黒希は海留にだけ念を押すように言った。
言い終えた直後くらいのこと。
地面が揺れた。地震で言えば、震度一程度の弱い揺れだ。
「……地震?」
叶が呟く。
「入り口が開いた音だ」
電話を終え、こちらに歩み寄ってきた栄一が答えた。
「扉って?」と、三人が言いかけると、栄一はある方向を指差した。
車の後ろから移動し、そちらを見ると、地面に四角い穴が空いていた。明らかな人工物の階段が穴の向こうにあった。
「洒落てんな、SF映画かよ」
穴を覗き込んだ黒希が言う。
その後ろで海留は、
「栄一さん。ここに施設があるなんて聞いたことがありませんが、安全なんですか?」
「上からの依頼だ。電話でな。声もそっくりだったし成りすましっていう可能性はないと思うが」
「しかし……」
尚も疑念を消せずにいる海留に、黒希が、
「何か出てきたら対処。これぞ最高の作戦だろ」
呑気な調子で言った。
「作戦になってませんけど。それはそれとして、咲さんはどうするんですか?」
「倫理を考えれば……叶。お前が運べ」
「うん」
叶は素直に頷き、車の方に歩いて行った。彼女が咲を背負って戻ると、
「さてと。さっさと終わらせるか」
面倒臭そうな調子で、黒希は言った。