10-2
わたしの名前は、平衡比良……らしい。わたしには記憶がない。自分自身のことも、家族や友達のことも。
「どう? 調子は」
金髪が綺麗なお姉さんが、わたしに問い掛けてくる。わたしのことを以前から知っているみたい。けど、わたしにはその記憶も無い。
「元気は元気です。記憶が無いので確証はないですけど」
「そう。まあ元気ならいいわ。食欲もあるみたいだし、心配は不要ね」
「キイラさん。比良姉の記憶は戻るのじゃろか」
「戻る可能性は低いらしいわ。日常生活には支障ないのだけれど、記憶を失っていることに不安はあるはずだわ」
「そう、なのか。残念じゃ。比良姉の記憶が戻ってくれれば、僕は嬉しいのじゃ」
わたしのことを自分のことのように想ってくれている男の子。わたしの弟なんだけど、とてもしっかりしていて頼りになるんだ。あまり似てないけど。
「元気がありゃあ心配ないぜ。人間、食って寝てればなんとかなるってな」
赤髪の男性が励ましてくれている。その人の言葉は不思議と安心感を与えてくれる。
「あの……何かすみません。わたしのことを心配してくれているみたいで。わたし、皆さんとの記憶がないものだから、なんだか申し訳なくって」
「貴女が気を使うことなんてないわ。皆、貴女のことを純粋に想っているのだから、ね?」
「……はい。ありがとうございます!」
「さて。そろそろ帰りましょうか、緋。比良の様子を見に来ただけですし」
「おう。また来るからな! あんまり考え込むなよ? 身体に毒だからな。じゃな」
「はい。わざわざありがとうございました」
「懐ちゃん。みいちゃんも帰るね。お姉ちゃん、またね」
「うん。気を付けてね」
懐流くんが送っていくと言って一緒に出ていった。
気付けば、家に居るのはわたしだけになった。
「静かだ……静かな家だ。記憶の戻りは感じられない……焦りは禁物、か」
両親が帰ってくるまで時間はまだある。懐流くんも直ぐには帰ってこないかな? 友達とはなかなか離れたくないだろうから。
「……友達……か。わたしの友達はどうしてるかな?」
ケータイの写真のわたし。このわたしに戻ることは出来るのだろうか。でも何だろう? 写真を見ていると、胸が苦しくなる。どうしてか解らない。
「頑張ろう。わたしに出来ることから」
睡魔が襲ってきた。静かな家に居るからかな。少しだけ寝よう。脳が記憶を整理してくれるかもしれない。
※ ※ ※
「うーん! 比良の奴、何とかなるかな?」
「さっきも言ったけれど、記憶が戻るのは難しいわ。……そのほうが幸せでしょうけれど……」
「そうか? 漢、記憶が突然無くなったら嫌だぜ? 自分だけが、自分のことを知らないなんてよ」
「確かにそれは一理あるわ。けれど……忘れていたほうがいい記憶もあるわよ」
「やりきれないぜ。……非力だな、漢達」
「非力なら非力なりに、しがみつくだけだわ。彼女のこと、出来るだけ支えていくだけよ」
「だな。結局のところ、比良がどうしたいかだもんな。漢達がどうこう言うことじゃないぜ」
「そうね。さあ、着いたわよ。大分付き合わせちゃったわね。色々と助かったわ」
「遠慮すんなって。友達だろ」
「そうね。これからも頼りにしてるわ」
クラクションを鳴らして走り出す。今、ワタシ達が出来ることには限りがある。だけど、何も出来ない訳じゃない。出来ることからやっていけば、必ず道は開く筈だもの。
「平衡比良。大丈夫だわ、貴女なら!」




