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「ギャアアア」
熊には見えないし、ライオンや虎のような感じでもなさそうだ。猿にしては大きすぎる。ま、なんだっていい……ぶっ倒す!
「皆、下がってな。あたしが片付けてやるっての」
「ちょっと正気!? 相手は猛獣なのよ! 素手の人間がどうこうできるわけがないでしょう!」
「あたしなら、できる」
キイラの忠告を聞き流す。普通に正論を言われたからだ。誰だって、素手で獣と戦おうだなんて言う奴がいたら止めるだろうよ。けど、あたしなら何の問題もなく戦える筈だ。あんだけの修行をしたんだから。
「比良姉!」
「大人しく見てなって。負けないからね」
懐流の、あたしを心配している視線を背中に受けながら呼吸を調える。何事も余裕は禁物だからねぇ。
「ギャアアア!」
獣が勢いよく飛び掛かってきた。その巨体に似合わずよく飛び上がったこと。感心しちゃうねぇ。けれども、飛び掛かるということは、一瞬とはいえ隙を見せるということになる。大体の人間は、飛び掛かられて腰が抜けて動けなくなるだろう。が、あたしは違う。
「はああああ!」
身体中に力を込めていく。そして、その込めた力を一気に爆発させた。蹴った大地は激しく抉れ、振りかぶった拳は、獣の腹を激しく歪ませた。
痛みで声を出せないのか、吹き飛び、身体を激しく打ち付けたあとも、暫く獣は悶えるだけだった。
「んだよ、その図体は見せ掛けだったのか? はぁ……期待して損したっての。もっと鍛えてから挑戦しにきな!」
「比良ちゃん、大丈夫?」
「来蘭ちゃんが心配する程、大袈裟なことじゃないよ。殴ったら拳を痛めるなんざ朝飯前だぜい」
そう。あたしにとってはそんなもん。どんな理由であれ、何かを殴れば拳を痛める。殴るということは、同等の痛みを覚悟しなければならないということだ。
「比良に余計な心配は不要だ。心配する方が疲れる思いをするだけだから。それとも~、もしかして心配してほしい? 比良」
「お前からの心配は特に要らないっての」
「あー! 比良のそういう呆れたような顔もいいー!」
馬鹿だ。二戸のこういう態度には毎度呆れる。
コイツは、場の空気も何も読みもせず、自分に正直でいる。まあ、そういうところが少々羨ましかったりするわけだ。本人に言ったら五月蝿いだろうがね。
「呆れたわ……。本当に素手で猛獣を倒してしまうなんて。本当、似てるわよ」
「なあ。一体あたしは誰に似てんだい? いい加減教えてくれてもいいんじゃないかい」
「言っても分からなければ意味がないわ。ホイホイ個人名を言うのもなんだもの。……会ってみる?」
「会わせてくれるのか!?」
「ええ。今は大学に通っているけど、連絡さえつければ簡単に会えるわよ」
只の高飛車女だと思っていたが、それはあたしの思い過ごしだったようだねぇ。少しだけ見直したよ。
「比良さんを連れてきて正解でした。お陰で助かりました。感謝いたします」
もしかして、あたしが連れてこられた理由って!?
ははは。案外、腹黒いかもね、灯可里。
そうでもなけりゃ、貴族なんかやれねえってことか。まあ、腹黒さなら来蘭ちゃんも負けてないだろうけど。




