六話 凡人は異世界で天才となる
2000アクセス突破!ありがとうございます♡
挫折し泣いたあの日から一か月後祐は自ら進んで修練場へと訪れ自主訓練をおこなうことを決意する。
天才としての葛藤は今だに続いていたが、一歩前に踏み出す勇気を持てたことは祐にとって生まれ変わったに等しい行動だった。
連日寝る間も惜しみがら、ただひたすらにリグルドに教わった朝日のイメージを練り上げ、術法の文言を繰り返すこと数万回、ただ一度も成功できない祐は疲労と敗北感から目はくぼみ頬がこけ始め、心も折れる寸前まで追い詰められていた。
「我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……我光求むものなり……」
この数日、同じ文言を狂ったように呟きながらライトの術法を練習する祐の行動は他家でも有名となり、影でシュバルツ家の不出来な豚などと噂されるほどだった。
「なんでできない……何が悪いんだ……僕に何が足りない!!」
折れそうな心を鼓舞するように叫び祐は倒れこむ。この数日修練場では術法の特訓と太った身体を鍛えるべく走り込みや筋肉トレーニングを一日も欠かさずおこなっていた。そんな日々が続くなか、一人の女性が修練場を訪れる。
彼女の名は、シュバルツ家筆頭術法者モネ・ブレゲウィッチ、火と水の術法を極めたジュバルツ家のメイド長が戦争にでもいくかのような重装備で現れる。
「ユウグリッド様! 話はリグルド様から伺っております……微力ながら私も術法の伝授をさせて頂きたく本日は参りました」
祐視点ではメイド長のモネには、この一か月ただの一度も声をかけてもらえなかった。祐の心が荒んでいたこともあるだろうが、いつもよりも冷たい視線を向けられてる気がし「家令にまで見捨てられたのか……」とさらなるショックを受けていた。実のところモネはリグルドから修練場での一件を聞くと居ても立ってもおられず祐の部屋に何度も訪れていたが、部屋から聞こえる祐のすすり泣く声にどう励ませば良いのか分からず声をかけられずにいただけだった。
モネは後悔していた。祐に仕えて五年……時に母親のように姉のように接してきた彼女は一番ツライ時期に何もしてあげられなかった自分を恥じていた。今回訪れたのは、祐が自らの力で泣く事を止め新たな一歩を踏み出すべく修練場に連日訪れていることをメイド達から聞いたからだ。今度こそお役に立ちたいと決意の戦装束で現れた。
「モ、モネさん! ありがとうございます。でも仕事は良いのですか?シュバルツ家筆頭のあなたがいないと他のメイド達が困るんじゃ……」
「何をおっしゃいます! 私はユウグリッド様のお世話を致して五年……ユウグリッド様以外の事に興味をもったことはございません! おまかせください!」
「そ、そっか……ありがとう! モネさん」
若干ゆがんだ気配を感じるものの落ち込んでいた祐には、ただ年若い家令の優しさが心にしみていた。
「モネさん……来てもらって悪いけど基礎術法すら僕は使えないんだ……」
「リグルド様から聞いております……ユウグリッド様! 私に一つ考えがございます。お付き合いいただけますか?」
「今どんなことにもすがりたい気分なんだ……お願いします」
「では失礼ながら一つ質問させていただきます。光とはなんでございましょう? あなた様の言葉で私に教えてくださいませんか?」
「光? 太陽光のことだよね? ……太陽光は紫外線、可視光線、赤外線を主成分とし微量のガンマ線、エックス線を有した放射エネルギーのことを一般的に太陽光と呼ぶんだけど……こんなので良いの?」
祐はスラスラと太陽光線の主成分を並べていく。科学のことであれば百年に一人の天才に答えられないことはなかった。
「やはりユウグリッド様は天才なのでしょうね……私には今おっしゃった事は何も分かりません、ただ我々術法者は初級の術法はイメージから入り術法を構築しますが強力な術法であればあるほど事象を理解することで術式を編み術法を行使します。」
「理解? モネさんは光をどう理解してるの?」
「私は光というものを理解できませんでした……ですので光の上級術法は使えません。私が使える上級術法は火と水だけです。火を例にお話ししますと、私は火を理解するために実際に自らの体を使って理解しました。火は触れば熱く体を焼きますよね? つまり私の理解とはその程度のことです。術法の効果も私が理解している範囲でしか術法に乗せることできません。」
「それってつまり術法でおこせる事象を理解さえできていれば誰でも使えるってこと?」
「誰でも使えるかは私には分かりません……ただユウグリッド様の理解は我々の考える理解とは次元が違うということは分かります」
「理解が出来ていれば術法が使えるってことだよね?」
「そうなります……後は力を引きだす言霊を紡ぐのが一般的な術法の流れになりますが必ずしも言葉は必要ではありません。あくまでも自分自身のイメージや理解を引き出すための言葉ですので、思考の力が強ければ必要ありません」
「太陽は僕の専門じゃなかったからな……プロミネンス……黒点……二億度……」
モネにもらったヒントを元に今まで足りなかったパズルのピースがはめ込まれていく感覚……これは過去フェルマーの最終定理の答えに行き着いた時のような集中の極致に祐は達しようとしていた。思考の海に深く深く潜る祐にはここ数日の特訓の記憶が生まれては消えていき、最も重要な理解というピースがはまり術法というパズルが完成されていた。
その瞬間、世界と祐は融合するような一体感を感じる……
瞑想するような祐の呟きは世界に異変を起こし始める、最初モネの耳に聞こえたのは地を這うような重低音……ついで周囲に赤い粒子が舞散り始める。舞散る粒子はしだいに上空へ収束を始め球体を形作っていく。感じたことの無い熱を発し始めた巨大な火球は狂ったように成長し上空5mほどの高さに静止していた。強大な術法の気配に、唖然としていたモネが命の危険を感じ、瞬時に水の上級術法で火球の回りを水で覆うと大声で叫ぶ!
「ユウグリッド様! 術法を解いてください! こんな場所で上級術式が使用されればシュバルツ家は吹っ飛びます! 抑え込んでください!」
突然の事態に集中していた思考を停止させた祐は頭の上に巨大な火球が浮いていることに気がつく。
「モネさん何これ!? これって僕が出したの?」
「と、とにかく火を消す術法で何か編んでください! こんな戦略級の術法……私一人では支えきれません!」
あまりの必死なモネの叫びに祐も焦りながら鎮火の術法を考える。
「術式編めって言われても……じゅつほう……あめ……雨!」
半分思いつきのような術法だったが祐の頭の中には、巨大な低気圧が大雨を降らすまでの事象がハッキリと理解され上空数千メートルまで広大な雨雲が形成されていく。
「今から一雨降らせて鎮火するからモネさんも後すこしだけがんばって!」
「あめ? 雨ってなんのことを……ユウグリッド様何を言って……」
モネの呟きは突然の雷鳴により掻き消される……その音を聞いた彼女の頭上にはいつの間にか巨大な雨雲が急速に発達し空が暗くしていった。稲光が光り、ポツポツと雨粒が降り始める。そしてしだいに緩やかだった雨粒は、現代のゲリラ豪雨に匹敵する水滴を大地に降らせていく。
当然祐の頭上に浮かんでいる巨大な火球にも大量の雨粒が浴びせられ、しだいに鎮火されていく……
「よし! モネさん成功したみたい! ……モネさん?」
「天候を操る術法? 術法……存在するなんて……ユウグリッド様……素晴らしい!」
茫然と祐の行使した術法をみていたモネは神に等しい術法に放心状態となり、我知らず賛辞を送っていた。そんな超術法を放っても平然としている主人に恐ろしさを感じながらも、晴れやかな笑顔を向けた。
「それでこそユウグリッド様です! 私は信じておりました!」
「ありがとう……モネさんが色々教えてくれたおかげだよ! でも今のは制御が難しいから危ないね……」
「さようですね……ユウグリッド様しばらく今使ったような上級術式は禁止いたしましょう! 町の中で使用するには威力が大きすぎますし皆さんも驚いてしまいますから」
「そうだね! こんなに威力がある術法を制御できるって術法者ってすごいな!」
達成感からか笑顔で話す祐は気づいていなかったが上級術法には現代の火炎放射器程度の威力しか出せない。祐のように太陽の力を顕現させた「プロミネンス」なる術法は異世界の常識を超越していた。祐の術法を目の前で見ていたモネでさえ、この重要性に気づいていない……プロミネンスが地面に落下していれば天啓を待たずしてバラッド王国は消し飛んでいたことだろう。
かくして現代の天才は一時的に凡人へと転身していたが異世界の天才として一歩を踏み出すこととなる。
蛇足であるが――この後、体が重い祐はダイエットとして走り込みと筋トレは続けようとしたがメイド長であるモネが必死に阻止し、祐の体は丸いまま維持されることとなった。同士の活躍に、どこかの王女も草場の影で喜んでいるに違いない……
ここねの出番が少しだけあるかも……
福島はここねを書くのが一番楽しいです♡