五話 天才は挫折し凡人となる
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意識を回復した時、レインは土下座していた。
「本当にごめんなさい……体が反応してしまって……つい♡」
「もういいです……♡ の意味もよく分からないし……はぁ」
自分を守ると言葉にしつつ致命傷になりかねない一撃を叩きこんでくる美少女に祐は異世界流のイジメなんではないかと疑っていた。
「でもユウくんも悪いと思うの……私が世間知らずなのを良いことにエッチな要求ばかりしてくるから……♡」
「いやいやレインさん色々勝手に見せてきて相手に致命的な一撃を入れるのは、ほとんど詐欺だよ! 美人局もビックリの所業だから!!」
「あらユウくんも男らしくないぞ! そんなプニプニの体で私を誘惑しておいて……♡」
「なんですかプニプニって!関係ないでしょ! うん? ……体がプニプニって誰のことですか?」
「誰って? ユウくん自分の体見たときないの? そんなに真ん丸なのに……可愛い♡」
その時祐は初めて自分の体をマジマジと観察する。前の世界では、天才にして眉目秀麗な美少年として何度もTVに取り上げられ当時世界中にファンクラブまで存在していた祐は何を言われたのか理解できないほどショックを受ける。
「え? え? 僕って太ってる? しかも冗談みたいに言われちゃうぐらい酷いってこと?」
「まぁユウくん!!! その体は正義よ! 丸いフォルムが素敵♡気にしないで! いえ気にしちゃダメ♡」
レインの異常なまでの興奮と力説にドン引きしている祐であったが、自分の姿にショックを隠せずにいた。
「誰も太ってるなんて言ってくれなかったよ……前の世界で太ったことも無かったから感覚も分からないし、フフフフ、なんか世界が白黒に見えてきた……」
「まあ三男とは言え主家の人間に言いづらかったのかもしれないけど……あなたの最高のフォルムは大事にされてたってことよ♡ 同士の存在を確信できるわ!」
「でもリグルド兄さんも二ナもスタイル良いし……美形だったし……てっきり僕も同じビジュアルなのかと勘違いしてたよ……」
「確かに……あの二人は出来が良いわね……でもユウくんは痩せちゃダメ! 絶対にダメよ!」
さすがの祐もあれだけ神々しかった美少女が目を血走らせながら自分のフォルムの素晴らしさを語りだしたあたりで恋心も急速冷凍され長兄との約束に遅れていたことを思い出す。
「分かったよ! 分かったから……レイン肩を掴んでホールドするもを止めて!痛いから怖いから……リグルド兄さんが修練場で待ってるはずだからいい加減行かなくちゃ!」
祐はレインの精神攻撃で足元をよろめかせながら立ち上がり、シュバルツ家の修練場に向かって歩きだす。後ろからシリアスモードに戻ったレインの声が聞こえてくる。
「ユウくん分かってると思うけど今日話した内容は他言無用よ! 王家があなたを守護していることも極力知られる訳にはいかないわ……分かるわよね?」
「レインの話は分かったよ……僕もこの世界のことを何も知らないからね……しばらくおとなしく生活してるよ」
「本当に頼むわよ……あなたは国の命運を握ってるんだから……」
「大丈夫! 前の世界でも似たような事言われてきたから」
前の世界では一つの国どころか世界中の命運を握っていたわけなので祐も冷静に返事をしレインと別れて長兄の待つ修練場に急ぎ歩を進めた。
「確かに以前の自分と比べると……手足が太くて歩くスピードも遅い……それもすべて子供特有だからと勘違いしてたけど――肥満か――」
自嘲気味に笑いながら修練場の扉の前まで到着すると、中からニナの大きな声が聞こえてくる。
「遅い! ユウ兄逃げたんじゃないでしょうね! 来なかったらお腹の肉を3枚におろしてやるんだから……」
かなり物騒なもの言いの妹をよそにリグルドは穏やかな顔でニナを窘める。
「ニナ……ユウは病み上がりなんだし無理を言ってはいけないよ! ニナから逃げられるほど早くも動けないんだし……」
何か最後(笑)が入ってるような会話に聞こえるが気のせいだろうと祐は思い直し修練場に入っていった。
「遅くなり申し訳ありません。少し寝坊してしまいまして……」
「ユウ兄遅い! 今日は初めて術法を教えてもらえる日なんだから! 私なんて一睡もしないで待ってたんだから!」
「こらこらニナ……ユウも大変だったんだから怒らないで……」
優しいリグルドと怒ったニナ、二人の超絶美形に嫉妬を覚えながら祐の修練は開始される。
「よし! 二人とも今日は術法を教える! ただし極々簡単なものからだ……術法は制御が難しいけど簡単な基礎術法であれば1時間もあれば取得できる! 今日はあくまでも簡単な術法だけだからね! リラックスして聞くように!」
このバラッド王国には四種の術法が存在する。それは術法そのものが生活の基盤となっている「基礎術法」戦いの術法と呼ばれる「戦術術法」回復を司る「神聖術法」そして王家のみが扱うことが許された未来予知を可能とする「巫術法」である。この区分はあくまでも大分類であり、枝分かれした術法は無数に存在するのだがバラッド王家で認定している術法は四つとなる。
その中の一つ基礎術法の一つが「ライト」名前のごとく光源を発生させる基礎術法で、世界で最も使用人口が多い術法とも言われている。
つまり術法の中でも基礎中の基礎ということだ。
早速リグルドの教えに従い、祐とニナは基礎術法の「ライト」の講義を受けつつ手の平に意識を集中していた。
「二人とも光をイメージするんだ! 朝起きたときに感じる朝日をイメージして! ……イメージできたら術法の文言――我、光求む者なり『ライト』だ!」
最初に光源が確認されたのはニナの手のひらだった。眩い光の中で満面の笑みを浮かべたニナのドヤ顔がリグルドを苦笑させていた。
「ユウはどうだい? 光が出てないようだけど……」
そう百年に一人の天才である祐には、術法の光どころか手のひらに術法が収束するような感覚もなく茫然としているだけだった。
「リ、リグルド兄さん……術法にはコツか何かあるのですか? まったく出来る気がしないのですが……」
「ユウ……もしかしてイメージができてないのかな? 朝日だよ? お日様をイメージすれば誰でもできるはずなんだけど……」
腑に落ちない顔をするリグルドに対して、祐は顔を白くしながら焦りに焦っていた。天才である自分にできないことがあるなどとは一ミリも思っていなかった祐にはリグルドが意地悪してニナだけにコツを教えていると思っていたのだ。
「ユウ……人それぞれ得手不得手がある、術法ができないからって誰に蔑まれることもないし私もニナも気にしないぞ! 今日はもうあきらめて別の修練をするか!」
リグルドの気をつかった一言に祐のプライドはズタズタに切り刻まれていた。生まれながらに言葉を理解し前の世界ではどんなことでも瞬時に答えが出せた。そんな自分が手も足もでないものが存在するなど祐には許せるはずもなく身体を震わせ、涙目になりながら手のひらに光が出ないか一縷の望みをかけて必死に集中を繰りかえす。
「ユウ兄……き、今日は調子が悪いんだよ……ホント……また明日がんばればできるよ!ニナも手伝うから」
妹からの優しい言葉も胸を抉る、天才である祐には、凡人の気持ちなど考えたこともなかった。
誰もができることができないというのは、こんな惨めな思いをするものなのかと下を向き涙をこらえた。
「二人とも気にしないでください……できない僕に合わせていてはニナの成長も遅れてしまう……ちょっと一人で修練してきます……」
二人の視線を避けるように祐は修練場を出ていき、近くの森に駆け込むと目から熱い涙だ止まらなくなる。
「僕は凡人になったんだ……百年に一人の天才は凡人になれたんだ……はははは」
祐は乾いた笑いを浮かべながら、今まで自分を支えていた天才というアイデンティティが崩壊しどうして良いのか分からなくっていた。
天才であったがため世界を追われ逃げ出すことになり、異世界では平凡な人間として静かに余生を送ることを考えれば、この状況は祐にとってプラン通りのはずだった。しかし、天才としてのプライドが、彼をより惨めな状況へと追い込んでいた。
「見た目も普通……身体は丸く重い……誰もができる術法も覚えられず……名家とはいえ三男の僕には残るべき家もない」
意外と冷静に先の見通しまで予測できてしまう祐は、自嘲気味に笑いながらこれから自分はどうすべきか考えるのであった。
次の話で主人公が覚醒します。