二話 天才は異世界でお漏らしする
※※は※※※♪
(声が聞こえてくる……? ここは異世界なのか……?)
祐の耳には微かな音だけが響いていく……目を開けているはずなのに世界は暗くぼやけた視界が広がるだけで何も感じられず……何も分からない……
(精神体だからかな……体が無いっていうのも困るな)
微睡むような感覚の中で祐は考えていると……存在しないと思っていた体を掴まれゆっくりと持ち上げられる……何が起こったか分かず身を固くする。
「ユウ~♪ 私の可愛い子♪ 元気になって本当によかったわ~♡」
年若い女性の声が響き、視界いっぱいに美女の顔が映り込んでいた。急に訪れた浮遊感から恐怖を感じた祐の体が反応してしまう。(久しぶりに味わう身体を突き抜ける欲求と快楽……そして下から伝わる熱い感覚……これは……)
「あらあらユウちゃんおしっこでちゅか~誰か! 誰か! 替えの服を持ちなさい!」
十三歳の祐は自らが犯した失態に身もだえしながら顔を赤くしていた。(僕がおもらししただと……十歳で卒業したはずなのに……)愕然とした面持ちで自らの体を見下ろすと小さな手だけがぼんやり見えた。(体がある? でも小さいな……異世界では人が小さくなるのか?)
動けないことを良いことにエプロンドレスを着たメイド達が祐の体を拭き始め新品の服を着せていた。今の状態を、ここねが見ていれば「最高の御馳走ですね! 食べちゃいたい……ふふ」と気持ち悪い笑いを漏らすであろう可愛らしい姿を晒していた。祐は屈辱のポーズをとりながら羞恥心に体を捻じっていると突然奥のドアが開け放たれ大きな男が現れた。金髪碧眼のイケメンは祐の頭を優しく撫でてくれた。
「ユウ! 元気になって本当によかった心配したぞ!」
大きな男は悠然と部屋から出ていったが現れた大男に頭を触られ……また漏らす寸前の体……それとは別に祐の頭はフル回転し現状の把握を始めるのだった。
後で分かった事だが、その大男は父ではなく長男だったようだ……
~三日の月日が流れた~
身動きが取れずベッドで横になる祐は、この数日の出来事から幼児となってしまった現実を考えていた。三日前にここねと別れたあの時、転送機で世界を飛び出したところまでは覚えているが……その後の記憶は曖昧で幼児に転生……大人にビビッてお漏らししたところで考えるのを放棄する。
「なんとゆう屈辱……百年に一人の天才……時代の寵児ともてはやされたが僕がお漏らししたあげく複数の女性から体を弄ばれ寝たきり状態とは……」
自分の体に何がおきているのかはまだ分からないが一つ確認できることがあった。それは体の自由が聞かない今の状況は毒物による中毒症状であることだった。
「どうやら異世界に来て早々命を狙われてるみたいだね……まずは色々と情報を整理しないと」
祐は目を閉じ最近発見した異世界のウインドを呼び出す。
ステータス
世界ランク:9億8731万1233/10億
種族:人間(天才)
属性:男
名前:ユウグリッド・シュバルツ
年齢:5歳
能力:知恵の極み
~祐の思考~
このステータスから分かるのは異世界の人口は十億程度存在する。なぜ十億ぴったりなのかは不明。世界ランクというのは、この世界に存在する天生樹という木に生まれながらに登録されており、年齢や成長、自らの努力によって世界ランクが変化するらしい。生まれながらに順位の着いた世界というのは新鮮だね。僕は一位しか取った事ないけど……さらに自分の名前はユウグリッドだということ。シュバルツというのは家名で、メイド達の話を総合すると侯爵位に相当する名家だということ。この地方の名前はバラッドという世界の辺境にある地方国家であること。比較的自分は恵まれた環境で金銭的な余裕はある。複数の兄妹が存在すること。そのうちの三男が僕らしい。なぜこの体に乗り移ってしまったのかは不明。
そして最も特質すべきは異世界には科学とは別の力――術法が存在する。術法は力の根源であり異世界は術法なしに成り立たない。最近メイド長が手から光源を出していたことを思い出し思わず漏らしそうになったことは記憶に新しい。同じ人間が生活し異世界であることを忘れてしまいそうな世界だが……頭のウインドと術法が思い出させてくれる。
「――――お兄様! お兄様~!! 聞いてるの!」
深い思考の海に潜っていた祐は、途中まで気ずいていなかったが、いつの間にか妹が隣におり大声で叫んでいた。
「お・に・い・さ・ま――――――聞いてるの!?」
「ごめんニナ! 今気がついたよ……ちょっと病み上がりでボーとしててさ」
「もう! 確かに最近具合が悪そうだったから心配して来てみたけど……まだ悪いの?」
「う~ん……もう少し寝てれば治るかな……眠くて」
「寝たいだけじゃないの? リグ兄も早く治ってくれないと修練が進まないってお待ちかねだよ!」
「リグルド兄さんはせっかちだからな……明日には修練に参加するって言っといてくれ」
「今日までだからね――私が大変なんだから! まったく……」
4歳の妹は大きくため息をつくと部屋を出て行った。彼女はシュバルツ家長女のニナレイド・シュバルツ、長兄と同じく金髪碧眼の美しい妹で将来が楽しみだと家令の人間が噂するほど器量が良い……そんな妹は祐のことを弟のように扱うことが多く祐自身も苦笑させられていた。
世界から逃れ、異世界に来て早々、命を狙われた五歳児に乗り移って、貴族の三男として生活を始める。普通の人間であれば、頭がどうにかなってしまいそうな状況でも天才の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「面白い! 世界を敵にまわして生き抜いた僕が、どこの誰ともしれない人間ごときが、どうにかできるのか試してもらおうか……ふふふ……あははは」
日番谷ここねも頭の回路が破たんした変態だったが数年の月日――ここねと同等以上にわたりあっていた祐自身も思考回路が破たんしていたというべきだろう。
世界から逃れ凡人として静かに余生を送るはずが、完全に天才のやる気スイッチを入れてしまった暗殺者に幸あらんことを願いつつ異世界で現代の天才が覚醒しようとしていた。
主人公の無双化はもう少し先になります。