逃亡癖
みっちゃんと軽い身の上話のようなものを交わした翌朝、私は日記帳を見てニヤリとした。
昨日軽く会話をした後輩その1との愛情度メーターが出現していたのだ。
彼の名は雪柳蒼斗。バレー部に入部予定。
彼は中学生の頃からバレーをやっており、先輩その1と知り合いである。
要するに、彼と知り合いになれば出会いイベントが起こせなかった先輩その1とも知り合いになれる可能性が出てくるわけだ。
それもあって彼と会話することに必死だった。いやもちろんそれがなくても彼と近付きたいという思いはあるけどね!
いくら不本意とはいえ折角この世界に飛んできたんだから、出来れば攻略対象キャラクター達と近付いてみたいとは思っているんだ。
…まぁ、近付き過ぎずに遠くから眺められる平穏な日々が過せるのならそっちのほうが良いんだけど。
何でヒロインなんだよ。どうせならモブの子とかが良かったわ。
とかなんとか考えている私だが、教室の中ではヒロインらしからぬポジションに居る。
始業式から数日、徐々に女子達の中で仲良しグループが出来始めているのだ。
学園物のドラマか何かで見たが、スクールカーストって言うんだっけ。
派手な子が集まるグループ、然程派手ではないが賑やかな子が集まるグループ、平穏そうな子が集まるグループ、完全に二次元に恋してるタイプの子が集まるグループ…
私となずなはどのグループにも属していない。まぁ私達は事情が事情だしどのグループに属することも出来ないんだけど。
ゲームの世界云々の話は二人じゃなきゃ出来ないし。
しかしヒロインは派手な子か派手ではないが賑やかな子が居るグループに入ってるもんだと思ってたよ。
いや待て、実際のヒロインだったらそっちに入ってたかもしれないのか。
中身が私だからそのグループに属していないだけで。
事実、ヒロインに成り代わろうとしているイレギュラーは派手な子グループに入っているし。
まぁ…若干浮いてる感は否めないけど。
そんなわけで、私はモブに限りなく近い状態だった。
その日の放課後、ホームルームが終わって帰り支度をしていた時のこと。
突然教室の外が騒がしくなった。
何の騒ぎだろうと一瞬顔を上げたが、私はそんな事をしている場合ではないのだと思い出し、帰り支度を急ぐ。
今日の放課後、体育館付近を通ると雪柳君とのイベントが起こるはずなんだ。
イレギュラーは現在みっちゃんと会話をしているし、急げば私がそのイベントを起こす事が出来る…かもしれない。
「ねぇねぇ見て、あれ瀧野先輩じゃない?」
「ホントだーカッコイイねぇ!」
隣に居た女子が、そう言った。
そして私はふと思い出す。
数日前、私は瀧野流佳に声を掛けられた。
その時、明後日迎えに行く…って言ってた気がする。
そんでその明後日ってのは、今日だ。
私は脳内で天秤を用意した。そして起こるかもしれない雪柳君とのイベントと瀧野流佳に連れて行かれる事を比べる。
…そんなもん比べるまでも無く雪柳君を選ぶわ!
固い決意を胸に、ゆっくりと顔を上げると、ドア付近に居た瀧野流佳と目が合った。
私に気付いた瀧野流佳は、ふと微笑む。
それにどう返すか迷っていると、瀧野流佳の存在に気が付いたイレギュラーが猫なで声を発した。
「あ!瀧野せんぱぁい!」
正直鳥肌が立った。私には無理だ、あんなせんぱぁい!とか…うん、無理。
その場に立ち尽くしつつイレギュラーの動きを目で追っていると、彼女は今まで喋っていたみっちゃんを放り出して瀧野流佳の元へと駆け寄る。
…おい待て、みっちゃんが可哀想だろうが!!
完全に取り残されたみっちゃんのフォローをどうしようかと考えていたら、近くに居た女子がぼそぼそと喋り出した。
「何あの子、超ぶりっ子じゃん。」
私もそう思う。
「美原君可哀想。」
私も激しくそう思う!!
と、内心で激しく同意していると、不意にみっちゃんと目が合った。
彼はチラリとイレギュラーの後姿を確認した後、てくてくと私の方に寄ってきた。
「俺今日部活あるし遅くなるわ。一人で帰れるか?」
とのこと。
「あぁ、うん。」
何だ、みっちゃん過保護なの?
学校から家までの所要時間なんて30分前後だというのに。
「そういやあかりは部活入らねぇのか?」
「部活ねぇ…途中から入るのも微妙だしあんまり考えてないんだけど。」
そうそう、このゲームの攻略対象キャラクターはバレー部員が二人、サッカー部員が二人、写真部員が一人、そして帰宅部が一人というラインナップ。
ヒロインが単独で部活に入るという選択肢は無く、落としたいキャラクターが居る部にマネージャーとして入ることが出来る。
写真部のみ例外でマネージャーではなくモデルとして入部する。
だから、私は部活に入れないのだ。
そもそも時間が惜しいので部活に入ってる暇は無いんだけど。
「…そうだな、入ってもすぐ引退だもんな。じゃあ俺行くわ。」
「そうそう。うん、じゃあね。」
みっちゃんを送り出したところで瀧野流佳とイレギュラーの様子を伺えば、彼等はまだ話しこんでいるようだった。
これは逃げ出す口実になるのではないだろうか?
万が一「迎えに来たのに」と責められたとしても、彼自身がイレギュラーと喋っていたのだから仕方無いと言えるだろうし。
頭の中でそんな結論を出した私は、なずなの手を引いて教室を飛び出した。
私一人が逃げてなずなだけが捕まるなんてことがあってはいけないからね。
逃げる途中、瀧野流佳と目が合った気がしたが、私は気付かなかったふりをして昇降口へと走り抜けた。
大体瀧野流佳との出会いイベントを捨てた時点で奴のことは諦めているんだ、今更奴との愛情度が上がろうが下がろうが知ったことではない。
許せ瀧野流佳!
「よし、脱出成功…」
はぁはぁと肩で息をしながら呟けば、なずなが不思議そうな顔で私を見る。
「逃げて良かったの?」
「うん、あの人怖い。そんでこの後後輩その1とのイベントがあるはずなんだよね。起こせるかどうかは謎だけど一応行ってみようと思って!」
ぐっと拳を握り締めながらそう告げると、なずなは嬉しそうに目を輝かせる。
そんな顔されたら私超頑張っちゃう!
「あかりちゃん、頑張って!」
「うん、頑張る。その後もし時間あったらなずなの家に行っても良い…かな?」
今日はあまり話す時間が無かったから、報告会を開きたいのだけど。
「家に…?来てくれるの?」
「もちろんなずなが良ければ、だけど。」
「嬉しい!お茶用意して待ってるね!」
うおおお私超頑張ってくる!!
全力で気合を入れた私は、意気揚々と体育館方面へと歩き出す。
正直体育館になんか用は無いので、何しに来たのかと言われれば部活見学という名目にしようと思っている。
ゲーム内でのヒロインは何故用も無いのに体育館へ行くんだろうね。
まぁプレイヤーとしてはマップに雪柳君のアイコンが表示されてるからそこに行くんだけど。愛情度を上げるためにね。
ちなみに日記帳は素晴らしい完成度で手元にあるが、マップなんかは当然表示されない。
だからその辺は完全に私の記憶力のみを頼るしかない。
ゆっくりと体育館付近を歩いていると、
「…あれ?あ、ボール拾ってくれた先輩ですよね!こんにちは!」
ビンゴ!ビンゴです!
体育館の入り口で雪柳君に出会った。
「こんにちは。」
ヒロイン用の仮面を装着し、微笑みながら挨拶をする。
すると、雪柳君はどことなく安心したように笑った。
「お、お、俺、しっかりお礼言おうと思ってたんです!あの、名前とか…聞いても良いですか?」
なにやら焦ったような喋り方である。
こんなにどもる子だったかしら?
「私は望月あかりだよ。あなたは?」
「俺は雪柳蒼斗です!先輩は二年生ですよね?クラスも教えて欲しいんですけど…!」
…何故彼はそんなにがっついて私の個人情報を得ようとしているんだろう?
こんなイベントじゃなかったんだけど。
確か転がってきたボールを拾って…あれ?それこの前やったな。
もしかしてあれがイベントだったんだろうか…
「教えてもらえませんか…?」
私が黙ってしまったので焦ったのか、雪柳君は情けない顔で私の顔を覗き込む。
「あ、あぁ、クラスはC組。」
「2年C組の望月あかり先輩…。」
と、確認するように声に出す。
雪柳君の謎の行動に首を傾げていると、彼は突然私の手首を掴んだ。
「望月先輩、良かったらバレー部見学していきませんか?」
どうしたんだ突然。
「見学…?」
おかしい、これ完全に私が記憶してるイベントと違うわ。
「はい、是非見に来て欲しいんです!…今なら珍しくサボり魔が居、」
「何をしてるんだい、蒼斗。彼女が困っているだろう。」
「うわっ!凪先輩!だって先輩が…っいてぇ!」
何が起きているのか、全く理解出来なかった。
なので、とりあえず目の前で起きたことを一つずつ確認していこう。
まず私の手を掴んでバレー部の方へ引っ張り込もうとする雪柳君。
どうしたものかと悩む私。
そんな雪柳君を制止するべく入り込んできた一人の男子生徒。
ぎょっとする雪柳君。
何かを言いかけた雪柳君の脇腹を抓ってそれを制止したその男子生徒。
…で、その男子生徒は、私が会いたいと思っていた先輩その1だった。
うん、確認は出来た。
だが理解は出来なかった。
というか、突然の先輩の出現に、思考回路が完全に止まってしまった。
ゲームで一番カッコイイと思っていた先輩は、目の前で見てもカッコイイんだなぁ。
…ヤバい、超逃げ出したい。私のチキンハートが今にも破裂してしまいそうなんですけどっ!!
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