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プレイヤーとしての思い

 

 

 

 

 

 なけなしの気合いを総動員して装着したヒロイン用の仮面が剥がれ落ちないように、ゆっくりと振り返った先に居たのは攻略対象キャラクターのうちの一人、後輩その1が居た。


 昇降口を出たばかりの私の足元に転がってきたバレーボール。

 私はそれを拾い上げて後輩その1を見据える。

 グラウンドも体育館も遠いというのに何故こんな所にボールを転がしてしまったのだろうという疑問は湧いたが、それどころではない。

 私はどうにか彼と会話をしなければならないのだ。

 これが瀧野流佳や他の攻略対象キャラクターであれば無理はしないのだが、彼は特別。


「はい、どうぞ。」


「ありがとうございます!」


 よし!よっし!会話成功じゃないのか!?


「あー…、部活?」


「はい!…や、まだ入部届けは出してないんですけど、」


 えへへ、と可愛らしく笑う後輩その1。

 可愛い。とても可愛らしい。


「頑張ってね。」


 ヒロインっぽさ抜群…と、自分では思っている笑顔でそう言った。


「はい!ありがとうございます!えっと、そのー…じゃあ、また!」


 何か言いたそうな素振りを見せたが、彼は何も言わずにその場から走り去る。

 じゃあまた、と言うことはまたの機会があるという期待をしても良いのだろうか。

 っていうか、あってもらわなければ困る。色々と困る。彼には期待すべき点が沢山あるのだから。


「へー、あかりはあの手のタイプが好きなんだな。」


 後輩その1の背を眺めていたら、隣から面白く無さそうな声がする。

 もちろん、一緒に帰ろうとしているみっちゃんの声なわけだが。


「うーん、まぁ好感は持てるよね。」


 ふふ、と笑いながら言えば、みっちゃんは眉間に皺を寄せながら首を傾げる。


「どの辺が?」


「どの辺って、なんだろう…スポーツ少年特有の爽やかさ?」


 そこまで食いつかれるとは思ってなかったわ。


「俺もサッカーやってんだけど。」


 …だけど、何?なんて言葉が口を衝いて出そうになったが、寸でのところで飲み込んだ。

 ヒロイン用の仮面のことすっかり忘れてたわ。


「じゃあみっちゃんも爽やかスポーツ少年なんだね。」


 まぁみっちゃんがサッカー部なのは設定として知ってたんだけど。と、心の中で呟いていると、みっちゃんが誇らしげにふふんと鼻を鳴らしていた。

 その姿は褒められた時の大型犬と酷似していた。

 うん、可愛い。


「ところでみっちゃん、何で突然一緒に帰ろうなんて言い出したの?」


 そもそもみっちゃんに声を掛けられなければ私はなずなと一緒に帰る予定だったのだ。

 しかしみっちゃんに声を掛けられてしまったため、それを見ていたなずなは「頑張って」と言って私の背中を押した。

 彼女がそう言う理由も、私が頑張らなければならない理由もちゃんと理解している。

 だが…!私はなずなと…!


「いや、今日親父休みだし、家に居るだろ…」


 と、みっちゃんはぽつりと零した。

 家にみっちゃんのお父様が居るから何なんだろう。


「そうなんだ。…それで?」


「…なんか、気まずくてな。一人で家に入るよりお前と一緒の方が良い気がして。」


「なるほどねぇ。表面上だけでも仲の良い私と居た方がマシ…ってとこ?」


 私はニヤリと笑って言った。ヒロイン用の仮面はちょっと外しておこう。


「表面上ってお前、」


 みっちゃんが少しムッとしたような顔をして、声を荒らげる。


「"まだ"表面上でしょ。少なくとも私はそう思ってるけどね。丁度良い機会だし、少し話そうか。」


 私は住宅街の中にある公園を指しながら言った。

 まだ不愉快そうに顔を顰めていたみっちゃんも乗ってくれるようで、私達は公園のベンチを目指し歩きだす。


 閑静な住宅街の中にある公園は、滑り台やブランコといった遊具が少しある程度でとても狭い。そして現在人っ子一人居ない状態だった。

 喋りやすくて助かる。

 私達は公園の隅にあるベンチに並んで座る。暫く沈黙が続いている。

 私はその沈黙の中、言いたいことを頭の中で纏めてから口を開いた。


「みっちゃんの交友関係ってさ、広く浅くだよね。人懐っこくて世渡り上手。」


「…なんでそんなこと解るんだよ。」


 みっちゃんはじっと自分の手元を見るように俯いたままぼそりと呟く。


「まだ"なんとなくそう思った"としか言えないけど、始業式翌日のわりにクラスの大半の子と仲良く出来てるじゃない?」


 まぁゲームでそういう設定だったから解るんだけど。…と言えてしまえば楽なんだけどね。


「お、俺はお前と違って転入してきたわけでもねぇし、」


「あら、同じ学校に何年居ても友達一人作れやしない子だって居るのよ?」


 私がみっちゃんの言葉を遮ってそう言えば、彼は押し黙るしかない。


「みっちゃんってさ、他人に深く踏み込むのも踏み込まれるのも苦手でしょ。」


 俯いたままで居るみっちゃんの顔を覗き込みながらそう言うと、みっちゃんが動揺したように瞳を揺らす。


「だから、まだ私達は"表面上"仲が良く見えるだけ。みっちゃんさえ良ければ、私はもうちょっと深く仲良しになりたいと思ってる。」


 ふふ、と笑えば、きょとんとした目で私を見た。


「お前…」


「深く踏み込む練習と踏み込まれ慣れる練習相手に立候補しようと思いまして。お姉ちゃんだと思って甘えてくれて良いのよ?」


 なんて、悪戯っぽく言うと、みっちゃんから容赦のないデコピンが飛んできた。

 地味に痛い。


「妹だろ、妹。」


「お姉ちゃんでお願いします。」


 両者譲らず暫し睨み合う。


 ゲームをプレイしている時から思っていたのだ。

 みっちゃんは甘え下手だな、って。もっと人に甘えれば良いのに、って。

 それをこうして目を見ながら言えてしまうなんて、不思議な話だ。

 …言っても、ゲームプレイ中はほぼ『コイツ邪魔だな』って思ってたけどね。邪魔シスゆえに。その件については心の中で謝っておくとしよう。


「…なぁ、じゃあ甘えるついでに一つ話聞いてもらっても良いか?」


 チラリと私を見ながらそう言うみっちゃん。

 何?と問うように首を傾げると、みっちゃんはか細い声で、親の事なんだが、と言う。


「あぁ、そういえばみっちゃん、初めて会った日に『俺だって我慢してんだから』みたいなこと言ってたっけ。やっぱ親の再婚には納得してないの?」


 そんな私の問い掛けに、みっちゃんは驚いたように目を丸くする。

 しかしそんな表情を見せたのは一瞬で、すぐに眉を下げて情けない顔になってしまった。


「…お前は納得してんのか?」


「納得…ねぇ。どうだろう。母が幸せなら別に良いんじゃないかなぁ。」


 母と言ってもあの人はヒロインの母であって私の母じゃないし、その人が再婚しようがどうしようが正直無関心だったりするんだけど。

 みっちゃんにとっては本当の父親だし、やはり色々と考える事もあるんだろう。


「俺は…俺の母さんは…一人しか居ない。」


 膝の上でぎゅっと握られたみっちゃんの拳を見ながら、私は思い出す。

 みっちゃんの設定を。

 みっちゃんの母親は、彼が幼い頃に事故で亡くなっている。

 それは夏の暑い日のことで、その日のことを思い出してしまうから、夏も、夏を連想させる入道雲もセミの鳴き声も大嫌い。

 普段、明るく振舞っているから見逃しがちだが、本当は繊細で、心に深い傷を負っている子。


「それで良いじゃない。みっちゃんのお母さんは一人しか居ない。」


「お、お前の母さんを悪く言うつもりはないんだ、だけど、」


「うん。別に無理してうちの母を母さんと呼ぼうとすることも無いと思う。呼びたきゃ呼べば良いし、母が「お母さんって呼んでくれない」みたいな事言い出しても無視すれば良い。私が母を黙らせよう。」


 黙らせるくらいなら出来るだろう。多分。


「…お前。」


「みっちゃんの好きなようにすれば良い。誰もみっちゃんを責めたりしない。もし責められたとしても、私はみっちゃんの味方になろう。」


 正直に言えば、ヒロインの母やみっちゃんの父はスチルの隅っこに居るか居ないか程度のモブなわけだ。

 当然その人達よりみっちゃんのほうが大切で。

 そりゃあゲームプレイ中邪魔だと思った事は何度もあるし、みっちゃん以外のキャラクターが好きだと叫んだ事だってある。

 でも、私はこのゲームが大好きで、登場するキャラクターは皆平等に大好きなんだ。

 それが、プレイヤーとしての私の考えだったりする。


「…あー、なんだ…そうだ、あかりは、俺の親父について何も思わないのか?」


 私の発言に多少照れた様子のみっちゃんは、顔を赤くしながら話題を変えようとしている。


「うん、特に何も。私の場合父についての記憶が無いから。みっちゃんのお父さんがどう思ってるのかは解らないし失礼かもしれないけど、正直無関心…かな。」


 それより誰を攻略するかとか、イレギュラーが今後どうするのかを考える方が忙しいってのもあるんだけど。

 そんな事を考えていると、みっちゃんがぷくくと笑い出した。


「なんて言うかお前、逞しいな。」


 女の子に向かって逞しいは無いわー。


「褒め言葉として取っておくわ。ってことだから、今後は姉弟として頑張ろうね、みっちゃん。」


「兄妹として、な。」


「いや、そこは是非姉弟で!」


 やはり両者一歩も譲らない。


 兄と妹より姉と弟の方が絶対にオイシイじゃないのよ!邪魔シスのわからずや!





 

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