二人目の攻略対象キャラクター
「朝から素敵なものが撮れたよ。」
クスクスと笑いながら近寄ってくるのは、なんと攻略対象キャラクターの中の一人である先輩その2だった。
穏やかそうな笑顔を湛えた美女…間違えた美男子だ。
髪の毛は長いし女顔なので制服を着ていないと女子に間違えられる、そんな設定だったな。
キャラデザも女の子みたいに描かれてる事の方が多かったけど、実際目の前で見ても女顔だ。美人なお姉様だもんどう見ても。
青みがかったアホ毛知らずの綺麗な黒髪、それと同じ色の長い睫毛が縁取る緑色の瞳、しなやかで細身の体…うん、パーフェクト!
…おい待て、そんな事は今どうでも良いんだよ。お前との出会いイベントはもっと後だったはずだろう?
何でこんな妙なところでお前が出てくるんだ、ちょっと待ってろよ!
混乱する私は、ただただなずなを抱き締めていた。
対処方法がさっぱり解らない。
私もなずなも捨てられた子犬のように抱き締めあいながらぷるぷると震えるだけで、いつまで経っても口を開く事が出来ないで居る。
「そんなに怯えないで。疚しい事をしていたわけではないのでしょう?」
そう言って微笑む先輩その2の手には、お高そうなカメラが握られている。
さっき聞こえたパシャリという音はそれから発せられたものだったんだろう。
っつーか何撮ってんだよ!
「ごめん、なさい…!」
やっと搾り出せた声は酷く掠れていた。
そして何故だか解らないが私は謝っていた。
なんだろう、先輩その2の圧倒的な威圧感のせいかな。
美人が微笑みながら声をかけてくれているだけなのだが、何故か感じる威圧感。
「何故謝るの?謝るのなら僕の方だよ。僕はあなた達を勝手に撮ってしまったのだから。」
ですよね!ですよね!どっちかっていうと盗撮みたいなものだから私は悪くないですよね!
なんて思ってても言えないチキンな自分が憎い!
「まさかこんなに怯えさせてしまうとは思わなかった。僕は瀧野流佳。写真部の部長をやっているんだ。あなた達さえ良ければ一度部の方に来て欲しい。モデルとして、ね?」
そう言った先輩その2、もとい、瀧野流佳は流れるような動きで私となずなの頭を撫でた。
我慢の限界に到達した私は、なずなの手を引き、その場から走り去った。
瀧野流佳から充分離れた場所で、私達はしゃがみ込む。
「怖かった…」
私が呟くと、
「私も怖かった…」
なずなも同じように呟く。
あの瀧野流佳だってみっちゃんと同じように攻略対象キャラクターなわけだから、攻略する事を視野に入れなければならないのだろうが、無理な気がする。
いや、無理な気しかしない。
あの人怖い。笑顔が怖い。威圧感も怖い。
確かあの人典型的な腹黒キャラだったんだよな…
無理無理無理絶対無理。
私みっちゃんと頑張る。みっちゃんの事恋愛対象として見れるように頑張る。
とりあえず助けてくれみっちゃん。
「あかりちゃん、さっきのはゲームと同じ…?」
なずなが小さな声でそう尋ねてくる。
「違う…全然違うよ。流佳ちゃん…いや、あの人とのイベントはもっと後だった…」
始業式の日の朝は先輩その1との出会いイベント以外無かった。
瀧野流佳との出会いイベントは始業式が終わってから、放課後の職員室前で起きる。
書類提出の為に職員室へ行くヒロインが、同じ教師を探している瀧野流佳と遭遇して一緒に先生を探すという、そんな出会いイベントだった。
そしてあんな威圧感なんて1ミリも無くほのぼのした雰囲気の出会いイベントだった。
「…だから、多分…放課後はイレギュラーが職員室へ行くんだろうな…」
先輩その1の時と同じように、出会いイベントを起こすんだろう。
阻止した方がいいのか…それとも様子を見たほうがいいのか…
まぁデータは沢山持っておいたほうが良いからな、とりあえず放課後はイレギュラーを泳がせて様子を見る事にしよう。
別に、出来ればあまり会いたくないとか、そんな理由ではない。決して。
…決して!
その後、私達はへろへろになりながらも遅刻せずに教室へと滑り込んだ。
朝だと言うのに異常に疲れている。
さて自分の席は、と教室の中を見渡した時だった。
物凄く殺気を含んだ眼差しが、私を射抜いた。
この世界で、私をそんな目で見る人物などソイツしか居ないだろう。
そう、イレギュラー。
彼女は、私を物凄く睨んでいる。
ビックリするくらい睨んでいる。
もしも私が可愛らしいおっとりしたお嬢様なら、私、何かしたかしら?なんて怯えたように言っただろう。
もしも私が不良少女だったら、ガン飛ばしてんじゃねえぞ!と怒鳴って睨み返したのだろう。
しかし。悲しいかな私はそのどちらでもなくただのチキンなのだ。
彼女の睨みには気付かなかったふりをして、身体を小さくしながら自分の席へと足を進めたのである。
おー怖い怖い。美少女の睨みは怖い。
それにしても、私は何故彼女に睨まれたのだろう?
仮説としては…まぁ単純にヒロインに成り代わるためには私という存在が邪魔になるから、か。
っていうかそもそもイレギュラーな存在として紛れ込むくらいならもうちょっと頑張ってヒロインとして紛れ込んでくれば良かったのにね。
そうすれば私だってこんなところに居なくて済むっていうのに。
あの子は「ただし二次元に限る」って言葉をご存知なのかしら。
こういうもんは二次元だから良いんだよ?
あの流佳ちゃんだって、二次元だからカッコ可愛いわけであって目の前に現れたら恐ろしいことこの上ないんだよ?
あんな威圧感ビシバシ投げつけてくる子だとは思わなかったわ。
ゲームやってる時は流佳ちゃんって呼んでたけど、実際奴を目の前にして流佳ちゃんなんて呼んだら威圧感だけで殺される気さえするね。
あのキャラクターは女の子に間違えられる事と女の子扱いされる事が心底大嫌いな奴だから、ちょっとでも可愛いなんて言おうものなら不機嫌になって愛情度メーターだだ下がりなのである。
思考がイレギュラーから流佳ちゃんへと移っていたが…
とにかく、だ。
イレギュラーが私を敵対視していることはよく解った。
今ふと顔を上げてイレギュラーの様子を伺ってみると、彼女はなずなを睨みつけていた。
よし、当面の目標は攻略対象キャラクターとのことよりもなずなの身を守る事に重きを置こう。
アイツ何私のなずな睨みつけてるのよ!後で覚えてろよ!…逃げてやるから!
始業式が終り、クラスでのHRも適当に流す。
自己紹介をさせられたけど超が付くほど普通で無難な自己紹介で済ませた。
何故なら目立ちたくないから。
この辺はゲームでも大した描写は無かったし、あまり深く考えることは無いだろうと思ったので。
緊張してあまり喋れなかった、っていうのもあるけど。
そして放課後。
チャイムと同時になずなを掻っ攫って教室から飛び出した。
瀧野流佳との出会いイベントは捨てる事にしたのだ。
どう足掻いても攻略なんて出来そうにないし、彼は実験台にさせてもらう。
全力疾走で向かったのは、彼とヒロインの出会いイベントが起こるであろう場所、職員室が良く見える場所。
近すぎず離れすぎず、出来れば声が聞こえる場所がベスト。
きょろきょろと周囲を伺ってみると、職員室の外に低い木によって出来た茂みがあった。
「なずな、あそこに隠れてイレギュラーの様子を見よう。」
「…う、うん…」
どうやらなずなは先程の全力疾走でかなり疲弊してしまったらしい。
なんか、ごめん。
イレギュラーは、私達が隠れてすぐに現れた。
何かを探しているようだ。
そこに、案の定瀧野流佳が現れる。
出会いイベントが始まったらしい。
「誰かを探しているの?」
瀧野流佳が、イレギュラーに声を掛ける。
「はい、黒谷先生を探しているんですけど。」
それに乙女のような顔で返すイレギュラー。
「同じ人を探しているようだね。丁度良い、一緒に探そうか。」
「はい、是非!」
さっき物凄い形相で私を睨んでいた奴と同一人物だなんて思えない。
女は女優ってやつか。
私も彼女を見習わなければ…難しそうだけど…
「あ、あかりちゃん、あれは…」
「うん、あれが瀧野流佳との正しい出会いイベントだよ。」
あの後は瀧野流佳と共に黒谷先生、まぁ攻略対象キャラクターなんだけど、その人を探しに行って無事先生を発見するんだろう。
そして教師との出会いイベントもこなすんだろう。
どの道教師は難易度高めの設定だし端から狙っていない。
私はみっちゃんと、出来れば保険として後輩達をキープできれば、と思っている。
まぁ…本当はこのゲームの中で一番好きなのは先輩その1だったんだけど…出会いイベント無しで出会えるかどうかが解らないから、今から諦める準備をしておこうと思う。
期待すれば、それが外れた時のダメージが大きいから。
「さてと、行こうかなずな。もうここに用は無いからね。」
とりあえず、一旦この場から離れて日記帳を確認したい。
私と瀧野流佳との間に愛情度メーターが出現したのかどうかが気になる。
出会いイベント以外での出会いでも愛情度メーターが出現していれば…
「おや、また会ったね。」
「ひいい!」
考え込んでいた私の背中に、涼やかな声が掛けられた。
じわじわと振り返れば、そこには瀧野流佳の姿が。
「モデルになってくれる気にはなった?」
そう言いながら、瀧野流佳はふわりと首を傾げる。
さらさらと流れる黒髪がとても美しい。
「いえ…私には無理で、」
無理だと言い切ろうとしたが、私はここでふと思い付いた。
「あ…の、モデルならさっき先輩がお話していた可愛い子に頼めば…良いのでは?」
ほんのちょっと勇気を出せば、イレギュラーと彼との関係を探れるのではないだろうか、と。
「僕を見ていたの?」
クスクスと悪戯っぽく笑う瀧野流佳の表情を見て、完全に失敗したなぁと思ったよね。
この人と深く関わるべきじゃない。怖い。
「あ、その、」
「そうだね、確かにあの子も可愛かった。」
瀧野流佳は、そう言いながら私の髪の毛を一束掬い上げる。
「君の名前は?」
「は?あ…望月あかりです。」
きょとんとしながら名乗れば、彼は私の髪から手を離す。
「うん、可愛い。君達みたいに可愛い子から奪い合われるのは、さぞ楽しいだろうなぁ。」
うわぁ何この人気持ち悪い!と、見事にドン引きしていると、おそらくそれが顔に出ていたのだろう。
瀧野流佳がぷぷぷ、と噴出した。
「冗談だよ。明日は部活が休みだから…明後日迎えに行くよ。準備しておいて。」
と、自分の言いたいことだけを言って、彼はその場から去っていった。
「え、行きたくないんですけど。」
という私の言葉なんて一切聞かずに。
先輩その2はこんな人でした。
基本的に「お前それ二次元だから許されるんだからな!」って言われるような言動の多いキャラクター。多分。




