信じられない話
まだ短編とそこまで誤差はありません。
短編読んで無くても大丈夫だと思います。
「私達の世界が崩壊してしまわないように、…お願い。」
「…はい?」
気がついたら突如知らない場所に居た、なんて、信じていただけるだろうか?
しかもそれが、今まで自分が生きてきた世界とは違う世界だなんて。
さらにそれが、自分がプレイしていた乙女ゲームの世界だなんて。
そんでもって自分がその乙女ゲームのヒロインをやらされそうになっているなんて、信じられるだろうか?
私は信じられない。いや、信じたくない!!
これと言って特徴もなく、誰の視線を止めることも無い。そんな平凡な女、それが私、望月あかり。
ぼんやりと義務教育期間を過し、高校を卒業してからすぐに就職した。
何の変哲も無い、ただただ平凡な女であり、平凡な人生を歩んでいた。
だが特に不満に思った事はない。そりゃあ幼い頃は御伽噺のお姫様に憧れたものだが、それはそれ、私は私。きちんと弁えている。
そんな私が乙女ゲームに手を出したのはいつの頃だっただろうか。
幾つかプレイしていたが、私がハマったゲームはとてつもなくマイナーな作品だった。
今から7年以上前に出た作品で、特に有名な声優が出ているわけでもなく、やりこみ要素があるわけでもなく、然程話題にならなかった。
それでも私は好きだった。絵も綺麗だったし、ストーリーも好きだったし、声だって皆良い声だった。
そして何よりヒロインが可愛かったのだ。
私が乙女ゲームにハマった理由は、イケメンと自分が恋愛をしたいわけではなく、可愛いヒロインを動かしてイケメンを弄んでやりたいという悪戯心に近いものだった。
何度もプレイしては「どうだイケメン共、このヒロイン可愛いだろうそうだろう」と呟いていた。
正直あの頃の自分はとても気持ち悪かった。客観的に見て。…いや客観的に見なくても気持ち悪いか。
というか今も思考は変わっていないので現在進行形で気持ち悪いんだわ。やだやだ。
同じような日々を同じように繰り返す。
同じ時間に起きて、同じ時間に仕事して、同じ時間に食べて、同じ時間に眠る。
相変わらずの平凡な日々。ふとトキメキが足りないと思った私は、その乙女ゲームを起動した。
単に久々にやりたいと思った程度で深い意味は無い。
そして久々にやったところで定期的にやっているのでシナリオなんか殆ど覚えてしまっている。
さぁ、誰のシナリオにしようかな、なんて考えながら「はじめから」を選択した――…
異変が起きたのはその直後だった。
ふと目の前が暗くなったような、なんて思っていたら、いつのまにか知らない部屋に居た。
女の子らしい可愛い部屋だった。
もしかしてゲームしようとした瞬間寝ちゃって夢遊病か何かで隣の家に不法侵入しちゃったのか?
いや、隣の家はおじさんが一人暮らしをしていたはずだ。こんなに可愛い部屋なわけがない。…いや変な趣味をお持ちならあり得るかもしれないけど…いやないないない。
待て。そんなくだらない事を考えている場合ではないだろう。
部屋の主が戻ってきたら不審者だと思われて警察沙汰だ。そんなの嫌だ。
そう思った私は、その場から離れようと一歩踏み出した。
そこで、私は初めて鏡を見た。
この部屋にあった、可愛らしい姿見を。
「…ん!?」
その鏡の中に居たのは、どこかで見た事のある人物だった。
…っていうかあれだ、さっきやろうとしてた乙女ゲームのヒロインだ。
…ヒロイン?
何で鏡の中に居るんだ…お前は画面の中に居るべきだろう。
…あれ、そういえばこの部屋ってもしかして?
ピンクと白で統一された可愛らしいお部屋だと思っていたが…ヒロインのお部屋ではないのか?
うわぁちょっと待って何これ、何が起きた…?
そうだ。そうか、夢だ。夢を見ているんだな。
ゲーム起動した瞬間寝ちゃったんだ、私。
そっかー!そうかそうかビックリした!
何だ夢かー!…凄くリアルだけど。
ぺたぺたと自分の頬を触ってみると、鏡の中のヒロインも同じ動きをする。
頬を抓れば痛いし、鏡の中のヒロインも抓ったり痛そうな顔をしている。
夢じゃない…ような気がする。いやまだ信じたくない。
これってもし夢じゃなかったら、私はヒロインになってしまったということ…?
乗り移った?憑依?何?わかんない。やっぱり信じたくない。っていうかあり得ない。
暫く私は呆然としてしまって身動きが取れなかった。
それからどのくらいその場に立ち尽くしていただろう、ポケットの中の携帯が震えている事に気付き、私はやっと我に返った。
携帯を手に取ると、そこには知らない番号が表示されている。
普段なら相手が解らない電話には出ないのだが、その時は特に何も考えず、通話ボタンを押した。
「ようこそ、こちらの世界へ。」
どうやらこの状況は異世界トリップというらしい。
その『異世界』というのは私が好きだった乙女ゲームの世界で。
何かそんな小説読んだ事あるなぁ…。
そしてさっき掛かってきた電話の主は私がやろうとしていたゲームに出てくる登場人物だった。
ヒロインに色々と情報をくれる便利な脇役ポジションの子。
その子に電話で呼び出され、今私は公園に居る。
さっきまで居たあの部屋の近くの公園に。
未だに呆然としている私に、彼女は、
「私達を助けられるのはあなたしか居ないのよ!」
と、縋りつくように力説している。
彼女の説明はこうだ。
現在、この世界には存続の危機が訪れているという。
理由ははっきりと解らないが、この世界に居るはずのないイレギュラーな存在が紛れ込んだ、と彼女は言っていた。
今までなら、ヒロインが攻略対象キャラクターと結ばれて平然と日常が過ぎていっていたらしいのだが、そのイレギュラーによってそれが崩れた、と。
…ちょっと良く解らない。何か色々と解らない。
「ねぇ、『今までは』って何?」
「今は時間がないから話せない。今聞いてしまえば…貴女は元の世界に戻れなくなるわ。」
「じゃあ聞かない。やめてよ怖い事言うの。元の世界に戻れる方法があるの?じゃあ戻るわよ。」
その後、彼女から聞けたのは、今は高校二年生になる直前の三月末だということ。
そしてイレギュラーとは同じクラスになるということ。
本来のヒロインは遠い昔に消えてしまっているということ、そしてそこが『今まで』と違うということ。
イレギュラーがどうやってこの世界に入ってきたか、本来のヒロインがどうやって消されたかはまだ解っていないらしい。
というかヒロインが消えてしまっているのなら、私の存在もイレギュラーといえばイレギュラーなんじゃなかろうか、という疑問はスルーされた。
「貴女は貴女が選んだ攻略対象キャラクターとハッピーエンドを迎えるだけで良いの。」
彼女は簡単そうに言ってのけるが、
「凄い嫌なんだけど。」
私にはそんなに簡単だと思えない。
要するに、彼女は私に攻略対象キャラクターの中の誰かと恋愛しろって言ってるわけだ。
だがしかし。残念な事に私はヒロインを"動かして"イケメンを弄ぶのが好きなんだけであって、私自身が彼等と恋愛したいわけじゃない。
"動かす"ことは得意でも、"動く"ことは出来ないんだよ。
解るかな?と彼女に問い掛けるが、これまた見事にスルーされてしまった。
あらなんて素晴らしいスルースキルかしらね!くそっ!
「貴女が滞りなく誰かとハッピーエンドを迎えれば、この世界は通常通り平和に過ぎていくし、貴女だって元の世界に戻る事が出来る。」
だからそれが無理っぽいんだと、さっきから言ってるじゃないか…。
私はどうしたものかと頭を抱える。
「ねぇ、何で私なの?私を選んだ理由はあるの?」
偶然ですとか言われたらどうしようかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「貴女は、この世界…いえ、このゲームを熟知していたから。貴女ならイレギュラーに対抗し得る情報を持っているから。」
なるほど、やりこみ過ぎて全シナリオ暗記してたから私なのか。あのゲームにハマったことを、今初めて後悔した。
「私達の世界が崩壊してしまわないように、…お願い。」
そこまで懇願されたら、今更嫌ですとも言い辛い。
そもそもここで彼女の願いを突っぱねたら元の世界に戻れなくなるんじゃないだろうか?
私をこの世界に引っ張ってきたのはどうも彼女のようだし、元の世界に帰してくれるのも彼女だろう。
ということは、だ。
とりあえず私はここで頑張るしか無いのでは?
…いや、でも私恋愛下手なんですけど。
この世に生まれてきてから23年間、恋愛経験なんて雀の涙ほどしかなかった。
…いや見栄を張ったな。雀の涙ほども無いわ。
しかも全部振られた経験しかない。
冒頭でも言ったように私は平々凡々のどこにでも居るような奴であり、異性にモテる要素など一つも持ち合わせていないわけだ。
告白されたことなんて一度も無い。
勇気を出して告白して振られ、告白してもないのに振られ、告白する前に彼女が居ると知って何もせずに振られ、思い返しただけで涙が出そうである。
そんな私が恋愛なんて。
顔はヒロインと同じ顔になって可愛くなったものの中身は完全なる干物なのだ。
無理だ。難易度高すぎる、無理だ。
っていうか干物どうこうよりも私23歳なんですけど?
高校生になるとか言ってましたっけ?
…うわぁ、この歳で高校生と同じ空間で過すとかやっぱ難易度高すぎる。
その内すぐにおばさんってあだ名付けられるんじゃないのこれ…
「ねぇ、やっぱ私には無理なんじゃないかな…」
「大丈夫。貴女が持っている情報量なら、」
「いや、情報云々は確かに持ってるけど、恋愛術が無いと言いますか、」
「そ、それは…可愛いから大丈夫…では…?」
「可愛い子が絶対にモテるとは言えないよね…私、中身干物なんだけど…」
「わ、私も協力するから!…あ、でも、私恋愛経験0だけど…」
…要するに、前途多難です。
ヒロインと脇役ちゃんのチキンコンビ誕生。