『山椒魚』 『メリーゴーランド』 『夏休み最後の日』
『山椒魚』
『メリーゴーランド』
『夏休み最後の日』
* * *
「起きなさい!」
そう言って僕から布団を奪い取ったのは今年二十歳になる姉だった。
「まだ8時だよ、姉さん。」
時計を確認して言うと笑顔で返された。
「知ってる。さぁ、出掛けるから準備しなさい」
「どこへ行くつもりなの?」
まだ重いまぶたをこすりつつ尋ねる。
「動物園!」
「何でまた急に夏休み最終日にそんな所へ・・・」
思わず不満が口に出る。
「山椒魚を見に行くに決まってるでしょ」
いや、決まってねーよ。というか山椒魚って魚が付くぐらいだから普通見に行くなら水族館じゃないのか?
疑問に思う僕に気が付いたのか訊いてもないのに姉が言う。
「今ね、夏の特別展っていって金魚とか涼しげな物を集めてるのよ」
それは知らなかった。
「いってらっしゃい」
再び枕に顔をうずめる。夏休み最後の日ぐらい寝ていたい。
「おっきーろー」
今の僕にはその願望を叶えることは決してないだろう。有言実行。僕の姉はそういう人なのだ。
そんなこんなで動物園にやってきた。明日から学校という事もあり人が少ない。きっと子供たちは今頃宿題に追われているのだろう。微笑ましい。
「さっさっさっさー山椒魚♪」
「恥ずかしいから歌うの止めてくれない?」
「私は恥ずかしくないからやめなーい」
相変わらず自分勝手。
「いいねー。わくわくしちゃう」「昔よく来たの思い出すねっ」
「ほら、他にも遊園地に水族館、美術館なんかにも一緒に行ったね」
「遊園地はもう潰れちゃったけどね・・・」
「メリーゴーランド好きだったな。」
「観覧車もいいけどやっぱりメリーゴーランドよ」
「王子様とか憧れちゃうね」
「ふふっ今いい歳して何言ってるんだって思ったでしょ」
一人で話し続ける姉について歩いて行く。
「そんな事思わないよ。姉さんは昔からそうだったじゃないか」
王子様に憧れてキラキラした物が大好き。いつまでも可愛くいたい。
「そうね。・・・なーんか山椒魚とかどうでもよくなっちゃった!」
「は?」
それは特別展示場を目の前にして言うことなのか。
「本当のこと言うとただ出掛けたいだけでしたーって言ったら怒る?」
「怒るというより呆れる」
溜め息をもらしつつ足元を見ると蟻が一匹歩いていた。
「愛しのキョウダイの夏休み最後に思い出を作りたかっただけ。独占したくなっちゃっただけよ。」
手を引かれながら特別展示場の入り口へと進んでいく。水が光に反射している。
「我が儘でごめんね」
「謝らないでよ。いつもの事だろう?」
我が儘で自分勝手な姉の気まぐれはいつものこと。夏休み最後だから特別というわけではない。だからといって何をしても許されるわけではないけど。
だけど姉の我が儘なら僕はきっと何でも許してしまうだろう。それ程僕は姉が好きなのだから。