湖底の憂鬱
唇の痛みはまだ消えません。それどころか日に日に酷くなっていくようで、昨日辺りからは傷口を中心にして口内炎が広がり始めており、食事を摂るのもままなりません。
私も馬鹿でした。本当に懲りません。自分で自分が情けなくて、しばらくはこの大きな岩の陰に隠れてじっとしていたいです。
もちろん私だって常日頃から用心していましたよ。二回も痛い目に遭わされているのだから当然です。でも言い訳するみたいで格好悪いのですけれど、本当に良くできていたのです、今回のは特に。何やら周辺がキラキラしておりましたね。私たちはそういうのに弱い。群なのかな? って思うでしょう、普通。実際は金属版がくるくると回っていたのだけれど……。全く、やり方が汚ないではありませんか。そこまでしますかね、普通。
当然私は否応無く散乱する光に目を奪われました。いわゆる不可抗力というやつです。本能的なところを攻められたら、いくら百戦錬磨の私でも正直つらい。そしたらキラキラの中に小魚がいるではありませんか。でもさっきも言いましたけれど私は用心深いですから、直ぐに食いついたりはしません。学習していますからね。もうあんな屈辱は御免だもの。近付いてじっくり観察しましたよ。上から下から横から斜めから。
いやホントにびっくりしましたよ。あんな美味しそうなのは初めて見ました。何でしょう、あの艶めかしさ、きめ細かな鱗とその上品な輝き。光の当たる角度によって自在に変化を見せるその鮮やかな色彩。弱った小魚の如きリアルな動き。そして何より決定的だったのはあの食欲をそそる匂い。いやホントに、あれが疑似餌だったなんて、思い出したら涎が出て来ました。痛たた、口内炎が染みます。
まあ結局、釣られましたよ。ええ、そういうことです。私もそのことについて、今更ごちゃごちゃ言い訳するつもりもありませんけどね。朝マズメだったとか、水温的にも良い感じで活性が上がっていたとか、空腹だったとか、そんなこと言っても虚しく響くだけ。
ただね、なんて言うか、その、連中のやり方。釣り上げた後の処理の仕方がね、如何なものかと。まあつまり、心の有りようとでも言おうかしら。倫理的に問題は無かったのかな、と。
「釣られた分際で何を偉そうに」なんて意見も聞こえてきそうではありますけれど、ここは少し苦言を呈したいと思うんですね。
釣られるのは今回で三回目ということで、まあこれは過去二回の時から思っていたのですけれど、あれはどういう理由からなのか、当り前みたいに、当然の権利みたいにひとの口の中に親指突っ込んで顎を掴むでしょ。連中は百人いれば百人がそうするじゃない。どういうこと? これもゆとり教育の影響かしら。それとは関係ないの。まあいいわ。
だけど言っときますけどね、私達の口がでかいのは持ちやすくするためじゃ断じてない! 取っ手じゃないんだから。えっ、そうでしょう。口なんだから。当然魚を食べるためよ。ちょっと食べるにはデカイのではないかと思われる魚にも挑戦するための口なの。にも拘らず連中は掴むだけでは飽き足らず、手前に捻ったり、やりたい放題。
さらに私が成す術なくされるに任せていたら、連中写真を撮り始めましたよ。只でさえ釣られたというだけで十分屈辱なのに、その上何をしようと言うのでしょうか。住み慣れた水中から無理やり陸へと引きずり上げられ、無防備なあられもない姿を晒し、口を掴まれ、更に捻られ大口を馬鹿みたく開けさせられた挙句、その醜態をデジカメに収められ、更にはメールに添付され、自慢げな言葉と伴に友人知人へと無差別にばら撒かれる。これに勝る屈辱があるでしょうか。
しかし私の心の嘆きをよそに連中は何やら喋り出しました。
「それマジやばくねえか?」
「やべえ、新記録かも」
連中、メジャーを取り出して私を計測し始めました。尾びれを弄ったりして、少しでも大きくしようと必死です。
「ジャスト! ジャスト五十!」
データの信憑性はやや疑わしいところもありますが、確か前回釣られたときは四十七センチだったので、未だに私は成長しているようです。
釣った方の男は満足そうな笑顔を浮かべ、また私の顎を掴み持ちあげると水辺へと向かって歩き、浅瀬でゆっくりと水に浸しました。陸地で体力を消耗した私はぐったりと体を横たえ浮かんでしまいます。
「ありがとね、ナイスファイト」言いながら男は、左手で顎を掴んだまま右手で私の体を撫でるようにし、付着した泥や砂を洗い落します。
体が綺麗になると、男は顎を掴んだまま水中で私を右へやったり左へやったり動かします。エラに水を通すことで酸素を供給し私の体力回復を早めようとしているようですが、是非その優しさを『釣りをしない』という方向へ持って行って欲しかったです。
次第に私は態勢を立て直しました。もうひとりでも泳げそうです。そんな様子を見守っていたのでしょう、男がゆっくりと顎から手を離しました。私は沖へと進みながらも背後に纏わり付くような男の視線を感じます。
「またな」男の満足そうな声が水中にまで届いてきました。私はその鷹揚な響きの中に勝者ゆえの傲慢さを見た気がして、やり場のない怒りを水にぶつけるより他なく、不必要に尾鰭を扇動させ、ただ闇雲に深い方へ深い方へと、何かを振り払うかの如く駆り立てられながら、光の当たらない場所を探して湖底をしばらく彷徨いました。
一体こいつらは何がしたかったのでしょう。ひとの体を弄んでおいてゲームフィッシングもへったくれもありません。ただの虐待です。動物愛護協会も魚にはノータッチですか。魚類になら何をしても良いんですか。魚が相手なら遊びで痛めつけてもお咎めなしですか。そういった不条理な偏った思想が子供達に悪影響を与え、虐めなどに繋がるのではないでしょうか。
それに自分で痛めつけておいて最後に優しく介抱することで絆を深めようなんてやり口は、ドメスティックバイオレンスにおける暴力亭主さながらです。こういうのをマッチポンプと言うそうです。最近覚えました。
しかしそこまで分かっていながらも、介抱に努める男の姿に、何故か込み上げてくる感情を抑えきれない自分が居り、そんな自分が一番悔しい。されるがままに体を預けざるをえない自分が憎い。この二重の意味での敗北感、屈辱感。こんな思いをするくらいなら、いっそのこと岩にでも叩きつけて殺してくれれば良かったのに。
私は最近口の怪我で食事が出来ないこともあり、じっとしている事が多くなったせいか、ますます気持ちが内面へと向かっていき「何故生きているのだろう」なんて感傷的なことをよく考えるようになりました。こんな事があると連中の遊具として生かされているような気がしてきます。獲物を仕留めるというDNAに刻まれた人間の本能を刺激するためだけの遊具です。連中は遊びの機会を増やすために遊具を養殖しているのです。
恐らく連中は釣ったことに罪悪感など微塵も抱かず、リリースしたことにのみ重点を置き、自分は生物に対して優しい人間であると信じて疑わないのでしょう。「釣った獲物を解放する優しい俺」みたいな感じでしょうか。魚が感謝しているような身勝手な夢想を描いているのかもしれません。だからこそ、
『魚との出会い』
なんてセリフを平気で吐けるのです。ひとを騙して口に針を引っ掛けた挙句、無理やり水中から引き摺り上げておいて、『出会い』もへったくれもありません。極めて強引な拉致と言えるでしょう。リリースしたからと言って感謝どころか許せるはずがないのです。
結局私たちは、生まれながらにエンターテイメントの一役を担わされた歯車に過ぎません。否応なく強制的に人間の支配する社会システムに取り込まれ、人間が生来持ってはいるが社会秩序の中で抑制させられざるを得ない残虐性や攻撃性を発散させるためのガス抜きとして、捌け口として、私たちは利用されているのです。
釣り人は私たちが引けば引くほど竿が曲がれば曲がるほど喜びます。釣り糸を介し竿から手元へと伝わってくる力と感触によって、水中を半狂乱で泳ぎ回る私たちを想像し興奮している変態なのです。その興奮は、引く力がラインの強度を超えたときの為に備わっているリールのドラグシステムが作動し、「ジリジリ」音を立てながらラインが引っ張り出されるとき頂点に達します。そのとき連中は「やばい~、ラインが~」などとほざきながらニヤニヤします。
ちなみに釣り人の中には敢えてラインを細くして、即ちその強度をわざわざ弱くすることによって、自らラインブレイクのリスクを高め、スリルを味わい、そのゲーム性を高めようとするド変態もいるそうです。
別に私も連中の趣味趣向についてとやかく言うつもりはありません。何を楽しいと感じるかは個人の自由ですからね。しかしながら少しはこちらサイドに立った物の見方をしていただけないでしょうか。ゲーム性を高めるための細いラインが切れた時、釣り人達は言います。
「クソ~、あのミノー高かったのに~」
或いは、
「ワームで良かった~」等々。
何故彼らは失ったルアーの事にしか考えが及ばないのでしょうか。口にルアーを付けたまま暮らしていかざるを得ない者の身に想像が及ばないのは何故なのでしょう。
何年くらい前になりますでしょうか。まだ私が稚魚の頃ですから随分と昔の話になりますねぇ。祖父が夕方頃、口に巨大なペンシルベイトをくっ付けて帰ってきたことがありました。十五センチくらいはありましたかね。フックが三本付いていて、赤と黄と緑で派手にデザインされたペンシルベイトです。今考えると、祖父は何と間違えてあんな人工物丸出しのルアーに食い付いたのかと思います。既にだいぶ分からなくなっていたのかもしれません。かなりの高齢でしたし、当時稚魚だった私も何度か間違えて食べられそうになったことがありましたから。
ペンシルベイトの三番目のフックが祖父の左上唇に掛かっていて、それがトップウォータープラグなものだから浮力で真っ直ぐ上を向いてしまい、ちょうど左目の視界を遮るような形になっていました。こうなってしまってはもう我々魚の力ではどうすることも出来ません。下手に近付いて余ったフックに引っ掛かったりしたら、それこそ大事ですし。
祖父は日に日に痩せ細っていきました。食事が取れないのですから当然です。またひとと顔を合わすのを嫌がり日中は殆ど岩の隙間に引き籠るようになりました。プライドが高かったそうですから哀れな姿をひとに見られたくなかったのでしょう。そして深夜、皆が寝静まった頃、徘徊するようになったのです。
そんなある日、ルアーを付けて十日程経った頃でしょうか、祖父の行方が分からなくなってしまい、家族総出で近隣周辺を探していたところ、隣町の入り江の奥で私は見てしまいました。その水面を立木で覆われた薄暗く水通りの悪い湖底で、巨大な枯れ木と寄り添うようにして祖父はじっとしていました。ペンシルベイトの余ったフックが引っ掛かったのでしょう、祖父はルアーを介し枯れ木と繋がれていたのです。そして更に惨いことに、恐らく祖父は枯れ木に引っ掛かったときパニックになって暴れたのではないでしょうか、尾ひれがペンシルベイトに残された最後のフックに掛かっていたのです。六十センチ近い巨体を窮屈そうに丸め動くことも儘ならず、祖父は辛うじてエラだけを動かしていました。
嗚呼、今思えば私は祖父に気付かれる前に立ち去るべきだったのです。あんな狼狽した祖父の醜態を見たくはなかったし、見るべきではなかったと思うのです。やり場のない怒りと屈辱を鬱積させ続けた挙句、最後には身動きひとつ取れなくなった祖父は、このとき既に狂っていたのかもしれません。祖父は憎悪に満ちた充血した目で私を睨みつけ、余力を振り絞るようにして大口を開け、エラを最大限膨らませて威嚇してきました。
その日以来、両親からは祖父の所へは行ってはならないと、きつく言い付けられていたのですが、好奇心旺盛な稚魚の私は恐いもの見たさもあってか、それからもちょくちょく見に行ったものです。
生きたまま朽ち果てるように死んでいく様、それはもう悲惨です。まだ生きているうちからスッポンに腹をむしられ、その裂け目をザリガニについばまれ、寄生虫には取り憑かれ放題。次第に祖父の目は生気を失い、そのうちに白く濁り、もう何も見えなくなってからも、それでもまだゆっくりとエラだけは動いていました。
完全に息絶えた後は、時間をかけバクテリアにより分解されていったようではありますが、祖父は骨だけになってからでさえも、ペンシルベイトの錆びたフックを介し枯れ木と繋がれていました。澱んだ暗い水の底で半分泥に埋まりながらも、祖父の太く頑丈な骨はフックが朽ち果てるまで枯れ木と繋がれていました。魚はああいう死に方をするべきではないと、今でも私は思っています。
結局釣り人は、湖底が見えないのを良いことに見たいものだけを見るのです。
もうかれこれ十日はじっとしていますが、どういう訳か食欲が全く湧きません。まあ口内炎が痛くて食べられそうもないので丁度良いのかもしれませんが、食欲にまで影響を与えるとは思えませんので、少し不可思議ではあります。また更に言えば体を動かす気になりません。これまで何故自分が常日頃当り前のように何の迷いもなく躊躇もなく泳ぎ回っていたのかが分からなくなってしまったのです。また動く物にも興味が湧きません。最前から視界の片隅で時折何やら動いているのですが、顔を向ける気さえ起きないのです。以前までの私なら考える前に反射的に体が反応していた事でしょう。私はどうかしているのでしょうか。
「お、おい。わ、分かっとんねんぞ。惚けやがって」
さすがに話しかけられると無視する訳にもいきません。こんな私にも最低限の道徳心はまだ残っていたようです。
声のする右斜め前方を見ると、錆びて茶褐色に変色した空き缶の飲み口から小魚が体を半分ほど出しています。その生活スタイルが私の先入観を促した為か一瞬ドジョウに見えたのですが、いやいやどうして、明らかに色も形も違っており、よく見れば見るほどワカサギ以外の何者でもないのです。
「あのう、何か」
「白々しいやっちゃのう。お、お前、俺を食うつもりやろ。もうこうなったら持久戦や!」
小魚特有のかん高い声でまくしたてると、ワカサギは素早く空き缶の中へ首を引っ込めました。どうやら彼は誤解しているようです。
説明しようかな、という気持ちが湧きかけたりもするのですが、すぐさま、説明したところで誤解が解けるかどうかも分からない、といった否定的な感情が優勢になってしまい、声を発する意欲も消えてしまうと、また私は鬱々とした自らの内面世界へと沈みこんでしまいます。
「お、俺をみくびんなよ!」見るとまた空き缶からワカサギが顔を出しています。「俺をそこいら辺のパンピーのワカサギと一緒やと思うとったら、い、痛い目見るぞ」
「……パ、パンピー?」
「普通の、一般のワカサギや! 大体分かるやろ、文脈で」ワカサギは苛立ちを露わにして声を荒げました。「俺をそういう連中と一緒にすな、言うとんねん」
彼は、当然のように生まれながらに押し付けられるワカサギ文化の慣習に、どうしても馴染むことが出来なかったそうです。
「何でアホみたいに群れで泳がないかんのじゃ」ワカサギは吐き捨てるように言います。「目立つやろ。魚群探知機に発見されて漁師に捕まるやん。お前らみたいな肉食魚に食われるやん」
彼はワカサギ社会から離脱し、ひとり孤独に、滅多に泳ぐこともなく、障害物の隙間などに身を隠しながら過ごしているそうです。
「ちなみに、こ、この持久戦、お、お前に勝ち目はないで」ワカサギは右頬を引き攣らせながら言い放ちます。「俺みたいな小魚は水中に含まれる養分を摂取しながら生きることができるんや」
ワカサギがちらっと上目遣いで私を見ました。
「せやから悪いことは言わん。あ、あんたもこんなところで、たかだか小魚一匹の為に粘らんと、他所へ行きいな。……そういえば今日の昼過ぎ頃、ワカサギの群れが隣町の流れ込みの辺りに回遊してくるんとちゃうかったかなぁ~、確かそういう噂を聞いたような気がするなぁ~」
呟きながらワカサギはまたゆっくりと後退しながら空き缶の中へとフェードアウトしていきました。
せっかくの情報提供ではありますが、今の無気力な私ではそこに付加価値を見出すことは出来そうもありません。
しばらくするとまたワカサギが空き缶から幾分紅潮した顔を出しました。「なんでまだ居るんや!」
「どっかいけや~。何か俺に個人的な怨みでもあるんか。何をいつまでもじっとしとんねん。きもいねん。恐いねん。……お、お前、さては誰かに頼まれたな。誰や、誰に頼まれたんや。言うてみい。はよ言えや。もうしんどいねん。腹も減っとんねん。とにかく、いつまででもそんなとこでじっと居られたら迷惑やねん」
一気に捲し立てると、ワカサギは肩で息をしながら俯きました。
私は随分と彼に負担をかけてしまったようです。その思いが僅かばかり残された私の道徳心を刺激します。
「あのう……、ワカサギさん」
「ちゃう」彼は顔を上げ私を一瞥しました。「元ワカサギの若杉や」
「私、あなたを食べようなんて、思ってないんです」
若杉に先日釣られてからこれまでの経緯について説明しました。途中彼は眉間に皺を寄せながら、何度か質問をして話を遮りましたが、一応最後まで話を聞き終えると、しばらく黙り込み、首を傾けつつ瞬きを繰り返したりしています。
「ということは、つまりあんたは、そのキャッチアンドリリースちゃら言うなんやよう意味の分からん釣り人のシステムで、釣りあげられた後でまた水の中へ戻されたっちゅうことでええんかいな」
私がそうだと頷くと、若杉はくつくつと笑い始めました。「キャ、キャッチアンドリリースって」
その後も若杉は「めっちゃおもろい、めっちゃおもろい」と言いながら体をくの字に曲げてしばらく笑い続けました。「ゆとり社会の産物やのう」
ゆとり社会?
「俺らから見たら随分と高尚な悩みっちゅうこっちゃ」若杉は嘲りと諦めの籠った口調で言います。「俺の知ってるワカサギで陸から戻ってきた奴ひとりも居てないで。そんな話聞いたこともない。わしら一旦人の手に掛かったらもうそこで終了や。THE ENDや」
更に若杉は少しの間無言でぼんやり遠くを見つめると、視線をそのままに起伏のない無表情な声を出します。「しかも多くのワカサギはそれを甘んじて受け入れとる。基本は天ぷらや。衣つけられて煮えたぎる油ん中放り込まれるらしい。……でも俺、そんな最後は嫌なんや」
しばしの沈黙の後、若杉がこちらへ顔を向け苦笑いを浮かべました。
「そらクラスにも居ったよ。将来は一人前のワカサギになって食物連鎖の一役を担いたい、みたいな綺麗ごと並べる優等生。でも俺は何かその社会から価値観を押し付けられる感じが嫌やった。ワカサギはワカサギとしてワカサギらしく世の中の為に身を捧げましょう、みたいな道徳観の中に、諦めがあるような気がしてなぁ、それが嫌やったんかもしれん。結局現状を取り巻く環境の中で、妥協してもうたんやな、ワカサギは。それは一種の開き直りかもしれんけどな。でも俺は、『ワカサギであるならこう生きなければならない』みたいな型に嵌った考え方を押しつけられるのが堪らんかった。
多数派のワカサギは俺を社会の異端児みたいに言うけど、ほんまにそうやろうかと思う。死ぬことを肯定する社会の秩序っておかしいやろ。このまま同じ事繰り返してたら死ぬ危険性が高くなると気づいたのなら、ライフスタイルを変えんと。それが正常な生物としての本能っちゅうもんやろ。ワカサギは社会秩序に永年縛られ過ぎたせいで本能を見失っとるんかもしれん。あんたにこんな話してもしょうがないけど」
「いえ、何か分かるような気がします」
若杉は訝しげな顔をして私を見ました。「そんな社交辞令はいらんねん」
しかし魚種も立場も境遇も違う私と若杉ですが、抱える問題の根っ子は同じような気がするのです。
確かに我々ブラックバスは、ワカサギなどの食用魚と比較すれば、その肉体としての生命を脅かされるリスクは格段に低いでしょう。仮に釣り上げられたとしてもバスフィッシング業界の暗黙の了解とされるキャッチアンドリリース精神に乗っ取って、いや単に食べる気がしないだけかもしれませんが、ともかく我々は大方の場合に於いて再び水の中へと解放されるのです。こうして我々は永年に渡りゲームフィッシングの人気ターゲットとしての地位を与えられ、釣り人に弄ばれる事と引き換えに生かされてきたようなものですが、果たしてこれは本当の意味で生きていると言えるのでしょうか。『生かされる』のと『生きる』のは違うことだと思うのです。結局我々はある程度まで成長してしまえば、湖の中でこれといった外敵もおらず、厭々釣り人の相手をしながらも生命を脅かされるリスクが比較的低いのを良いことに、その生ぬるいポジションに胡坐をかいていたのかもしれません。
つまりワカサギは食用魚として高い生命のリスクに晒されることを甘んじて受け入れ、我々ブラックバスは釣り人の玩具として生かされることを受け入れたのです。両者に共通するのは与えられた状況に抗うことなく妥協し適応する道を選んだという事でしょう。
そんな中で若杉は主体的に生きる道を選びました。彼はワカサギ社会から強いられる食用魚としての存在意義を真っ向から否定し、己の中から湧き起こる生存への渇望と真摯に向き合い、その為の新たなライフスタイルを模索しているのです。
一方私は生かされる毎日に辟易しているのかもしれません。この手なずけられた感じ、管理され飼育されているような精神的居心地の悪さ、もううんざりなのです。
「これから私はどうすれば良いのでしょう?」
重い話に若杉は顔を引き攣らせています。「お、お前も面倒臭いやっちゃのう……。病院行け!」
若杉の紹介してくれた大鯰メンタルクリニックは、二丁目のかけ上がり沿いの通りを大岩の少し手前で左へ入り、比較的水流の緩やかな路地をしばらく泳ぐと、人通りの少ない閑静な住宅街の一角で、周辺の民家に溶け込みながら地味に営まれていました。個人経営の小さな佇まいではありますが、近代的な岩造りのしっかりとした建物で、周辺をフサモやネジレモなどの水草が囲むことで程良く光から遮られ、間接照明の心地よい空間を室内に演出しています。ちなみに若杉自身も強迫神経症を治療しに隔週で通っているそうです。
診察室のドアを開けると、中は薄暗く、私は目を凝らして部屋の奥を見つめながら歩を進めました。「あのう、こんにちは……」
奥の巨大な影がふわりと揺れ、次いで室内の澱んだ水に流れが生まれると、床に敷き詰められた白い砂が軽く舞い上がりました。
「初診の方かしら」地鳴りの如き重低音の呟きが室内に反響し、黒い巨大な影がこちらへと迫ってきました。
医師の大鯰ビワ子先生は思いのほか大柄な女性で、ランカークラスと自負する私でさえもその迫力に一瞬怯んだ程ですが、問診で互いに言葉を交わすうちに、その温厚で誠実な人柄、治療にかける熱意が伝わってきました。
「それ以来全く食事を摂ってないのは心配ですね。摂れるのであれば少し無理をしてでも食べたほうが良いかもしれませんよ。もう随分とやつれてらっしゃるようだし。ちょっと口内炎の状態を見せてもらっても宜しいかしら?」
ビワ子先生はでかい顔を近づけ、異常に左右離れたつぶらな瞳を懸命に寄り目にすることでなんとか焦点を合わし、私の口腔内を覗き込んでいます。そのユーモラスな表情は疲れた私の心を幾分癒してくれるようでもありました。
「まあ! これは本当に痛そうね。お気の毒に。でも口の左半分だけを使って噛むようにすれば、何とか食べられそうですよ。多少はしみるかもしれませんが、栄養を摂取しなければ治るものも治らないのですから」
そんなことを言われても、私はもう食事と排泄の無限ループを繰り返すだけの日々に虚しさを覚え辟易しているからこそ、日常のルーチンワークをこなす気力さえをも失っているのです。
「だけどね、そんな風に厭世的な思考に陥ること自体、あなたが心を病んでいる証拠なのよ。そう思わない。そう思うからこそ此処へ来たのではないの?」
直接的には若杉に命令された格好となってはいますが、素直に従う私の中にも当然同様の認識がありました。
「それなら先生、私はどうすればよいのでしょう?」
突如、ビワ子先生はゆうに一メートルを超す巨体をくねらせて、また砂を舞上げつつ、私の頭上に浮かび上がりました。見上げると唯一そこだけ真っ白い丸々膨らんだお腹がブワァン、ブワァンと揺れています。
「健全な精神は健全な肉体に宿るのです」そう言うと先生はゆっくり下降しながら私に接近し、四本ある髭のうち長い方の二本で私の顔を挟み込むようにしながら、そのままゆっくりと移動し、髭で体全体をなぞっていきました。途中背びれに彼女のドテ腹が密着し鯰特有の粘性の極めて高いぬめりが付着したのには閉口しましたが、鯰の髭にこんな機能があったなんて正直驚きました。つまりビワ子先生は自らの髭を用いて私の体をスキャンしていたのです。鯰にそんな能力があったなんて、この歳になるまで全く知りませんでした。異魚種間の交流というのもやってみるものです。
スキャンの結果、予想通り栄養不良であること、体脂肪率が七パーセントまで落ちていること(ちなみに私と同世代のブラックバスの標準値が二十五パーセント前後です。)、血圧及び血糖値が低すぎること、血液中の白血球の数が少なくなっていること等が分かりましたが、特にこれといった肉体的疾患がなかったのは喜ぶべきことだとビワ子先生は言い、取敢えず体力を回復させるために点滴を打ってもらうことになりました。
点滴をしながらベッドに横たわり、何も考えずただぼおーっと天井の岩の模様を眺めていると魚の顔に見えたりします。
「今あなたが抱いている厭世的な生きることに対する虚しさは、全て病のせいなの」
先生曰く、私を苛んでいるのは鬱病だそうです。
「だから悩まないでと言ったところで悩んでしまうのがこの病気なんだけれど、今自分が悩んでいるのは病気のせいなんだと開き直ることで随分と気が楽になるかもしれないわ。ともかく自分を責めないこと、そして焦らず気長に快復を待つこと」
投薬によって治療するのですが、即効性はなく、個人差もありますが大体二週間程経った頃から症状に変化が出始めるそうです。ただ私には何となく問題の本質は別のところにあるような気がして、それを思うと途中から先生の話が入って来ず、また鬱々と考え込んだ挙句、天井を見据えたままぼそぼそと理屈っぽいことを呟いてしまいます。
「だけど先生、薬によって治療をし、気力を回復し、また以前のように泳ぎ回り、小魚を追いかけるようになることが、すなわち社会が規定する正しいブラックバス像の枠組みに収まることが、本当に心の健康を回復することになるのでしょうか」
私の言葉を聞いても、ビワ子先生は黙ってただ鷹揚にうんうんと頷き、その度に四本の髭を揺らめかせています。
「社会適応できないのが病気で、社会適応できるのが健康と本当に言いきれるでしょうか。もし社会が病んでいたらどうでしょう。それでも薬を使ってまで自らを矯正し世間と足並みを揃えることにどれ程の価値があるのでしょうか。何か世の中おかしいと不安を感じながらも大勢の圧力に抗えず流されていった先には、まるで悪事に加担しているような罪悪感や何も生み出さない社会の片棒を担がされているような徒労感だけが待っているのではないでしょうか。先生、私にはそんな気がするのです」
先生は胸鰭で髭を触りながら時折低く唸ったりしつつ、少し困ったような顔をしています。
「そうですかぁ、なるほどねぇ」ビワ子先生はまたゆっくりと頷きました。「世の中の方が病んでいると考えるのなら、そこへ適応しようとするのは確かに滑稽ね。でもそれはもうあなたの価値観や生き方の問題だから、医者としての私がとやかく言うことではないと思うの。ただ私個人の意見としては、納得できないことなら自分を曲げてまで無理してする必要はないと思うし、あなたは自分が正しいと思うやりかたで社会にコミットすれば良いんじゃないかしら」
その正しいやり方が見当たらないからこそ気力を失っていたように思えるのですが、先生には言いませんでした。
「でも医者の立場から言わせてもらうと、このままあなたを放置する訳にはいかないの。食事もとらずにいつまでもじっとしてたら餓死するのは時間の問題ですからね。だから私にはあなたを治療する責任があります。社会適応の為ではなくあなたを生存させるための治療をさせてください」
ビワ子先生が顔に似合わず真面目なことを包み込むような優しい口調で言うものだから、ただでさえこのところ情緒不安定なこともあってか、私はグッと来てしまい、胸が詰まるような感覚を先生に悟られぬよう力みながらやり過ごします。
結局先生に押し切られる形で、食欲が戻るまでは毎日通院して点滴を受けることとなりました。
点滴が終わると待合室で少し待ち、医療事務のまだ若いタナゴの女性に名を呼ばれ会計と明日の予約をしました。診察券と共に処方箋を受け取ると、
「お大事に」とタナゴは営業スマイルをこちらへ向けてお辞儀をしますが、微妙に視線を外していたのは、精神を病んだ者に対する何かしらの嫌悪感の表明のように思われたりもして、しかし先生の話を振り返るとそんな風に思ってしまうこと自体が病のなせる技のようにも思えます。勝手にひとりで心中揺れ動かしながら表へ出ると、もう随分と日が陰っておりました。
医院の周辺を取り囲む水草を隔ててすぐ右隣には、いかにもと言った感じの表面を苔で覆われたビール瓶が半分泥に埋まっており、十中八九間違い無さそうではあるのですが、完璧主義者故か病故か、一応それらしきものが他にないか周辺を一通り見回してから、細く丸めた処方箋を瓶口に差し込みます。半分ほど入ったところで瓶の中から「少々お待ちください」と籠った声が響き、同時に処方箋が中へと引き込まれていきました。
しばらくして薬袋片手に細い瓶口から顔を出したのは、予想通りのドジョウ、正確に言えばシマドジョウ、文字通り縞模様のドジョウです。彼は丁寧に薬の説明をしてくれますが、私はその揺れる十本の短い口髭を見ているうちに、受付のタナゴにも二本髭があったことを思い出すと、医療に従事する為には髭が必要なのかも知れない、など思い始め、自分に髭がないことを鑑みるにつけ、何かしらの不公平というか機会不平等のようなものを感じ、それが憂鬱に拍車をかけ、途中からは説明が頭に入りませんでした。
岩陰に戻ると私は空き缶の様子をしばらく窺い、一応声をかけますがやはり反応はありません。若杉は何処かへ行ってしまったようです。
翌日からも連日でクリニックへ通い点滴を受け続け、抗鬱剤も真面目に毎日服用しました。そして薬が効き始めたのでしょうか、十日目辺りで食欲が戻って来ました。しかしながら如何せんまたルアーで釣り上げられるリスクを思うと、どうしても実際に食事をする踏ん切りが付かないのです。
「百パーセントの安全なんて誰にも有り得ないでしょう」診察室でビワ子先生は諭すように言います。「生きることは常にリスクを伴うものよ。出来るのはリスクを減らすことだけ」
先生はリスクコントロールの為の具体的なアドバイスもしてくれます。
「釣られるリスクの低い時間帯に食事を摂るようにするのはどうかしら? 土日祝日を避けたり、朝マズメ、夕マズメを避けるの」
なるほど良いアイデアかもしれません。つまり釣り人の少ない時間帯に食事をするわけです。
しかしながら過去三回釣られた経験がトラウマとなっている私にとっては、まだ何か保険が足りていないようにも思えます。魚に食らいつく瞬間、脳裏をよぎるであろう忌まわしき屈辱の記憶。毎日食事をするたび自己嫌悪に陥らざるを得ないのでは精神衛生上良くありません。
「魚じゃないとだめなのかしら」
このさりげないビワ子先生の一言は、思いがけず私の狭く凝り固まった視野を広げてくれました。
「魚以外の食材なら嫌なこと思い出さずに済むかもしれないじゃない」
そうです、魚にこだわる理由はないのです。
この日から私の新たな食材探しが始まりました。
土日祝日を避け、マズメ時を避け、私は湖のあらゆる場所を探索しました。まず初日に浅瀬にある桟橋の下、その柱の影で発見したのがアメリカザリガニです。奴さん死んだワカサギを啄ばむのに夢中で、横から静かに近付く私の存在になかなか気づきませんでしたが、二十センチくらい手前で不意にこちらを振り向くと、慌てて尻尾を弾くように丸めてバックで逃げました。私も久しぶりの狩りではありますが、野生の本能はまだ錆びついていなかったようで、自然に体が反応し、急加速で水中に弧を描き奴の背後に廻り込むと、口とエラを全開にして一気に吸い込みました。
ザリガニを頬張ったまま、少し気になって、さっきまでついばまれていたワカサギの死体を見に行きましたが、どうやら若杉とは別人のようです。
さてザリガニですが、食べ慣れた魚と比べると殻で覆われているためでしょう、堅くて呑み込み難いです。特にでかい二つの鋏、無理やり呑み込もうとしたらこれが引っ掛かってえずきました。結局腹部を咥え込み、頭胸甲から上は外へ出したまま振り回して引き千切り、腹から下だけを食べる事にしました。
それからも連日探索し続け、ザリガニの他にも各種エビ類、貝類など色々試しましたが、最終的に食料足り得るのはザリガニと各種エビという結論に落ち着きました。
エビは良いですね。同じ甲殻類とは言ってもザリガニと比べたら殻が薄いので胃がもたれなくて済みます。特にお気に入りなのがテナガエビ。他の小さいエビと違ってそこそこボリュームがあって食べ応えがあります。だから自然とテナガエビを優先して探し、次に他の小さいエビ、それも居なければ妥協してザリガニといった感じでしょうか。
ちなみに貝類は一度シジミを呑み込んでみたものの貝殻を消化することが出来なかったようでそのまま出てきました。
食事が摂れるようになり点滴の必要が無くなると、クリニックへは隔週で通うようになりました。
まず診察室で向き合うとビワ子先生は第一声「どうですか調子のほうは」と、ここ最近お決まりの文句を言います。
「食欲もありますし、気持ち的にも落ち着いてきました。最近はエビを探しているときが一番楽しいです」
純粋に本来持っている狩猟本能が満たされているのもあるのでしょうが、釣り人の裏をかくことで胸のすく思いがするのです。
「薬が効いているようですね。もうしばらく様子を見て、問題ないようなら徐々に薬を減らしていきましょう」
待合室で少し待ち、タナゴ相手に次回の予約と会計をして処方箋を貰い、隣接する薬局でシマドジョウから二週間分の薬を受け取ると、そのままエビを探しに行きます。
平日の真昼間に釣り人は殆どいません。岸へ近付き障害物周辺を探ります。テナガエビは基本夜行性なので暗いところを好むのです。水草の茂みや岩陰をチェックしていると、何かがこちらへ向かって泳いできました。
見ると珍しいほど派手でグロテスクなデザインのルアーがこちらへ接近してきます。今時のルアー慣れしたブラックバスを舐めているのでしょうか。人工物丸出しです。恐らく釣り人は初心者でしょう。
私はルアーを避けようと身をかわしました。しかし何故かその度にルアーは進路を変えこちらへ向かって来るではありませんか。基本追いかけられる事に慣れていないせいか少し焦ってしまいます。
「おーい」
しかも喋り出しました。正直恐いです。
「ちゃうがな、わしやわし、若杉やんか」
振り向くと赤黄緑三色が複雑に絡み合う派手なマーブル模様の若杉が豪快に笑っていました。
「いやな、ビワ子先生の紹介でな、錦美容クリニックっちゅうとこでやってもろうてん」
これも大鯰メンタルクリニックの治療の一環だそうです。捕食されることを恐れ、ビクビクオドオド暮らしていたのでは、いつまでたっても若杉の強迫神経症は治らないと判断したビワ子先生の発案です。つまり毒々しく派手な人工的なデザインとすることで肉食魚の嫌悪感を煽って食べようなんて気すら起こさせない、という訳です。
「これにしてからブラックバスも雷魚も道空けよるわ」若杉は豪快に笑います。「知り合いのワカサギも気持ち悪がって寄って来んけどのう」そんな自虐的なことも言い、若杉はニヤリと冷笑しました。
「あんたも食欲戻ったらしいけど、こんな気色の悪い魚、食う気がせんやろ」
見た目も態度も喋り方も以前とは別人のようです。特にその奇抜な色合いは、昔祖父を苦しめ死へ追いやったあのペンシルベイトを連想させ、どうしようもなく私を苛立たせるのです。
「そうですね。確かにもう肉食魚に襲われる心配はなさそうですね」
「せやろ」
「ただ……人間には絶対捕まらないように注意しないといけませんよ。これまで以上に」
「……ど、どういう意味や」
「捕まったら新種発見とか言われて、大騒ぎになるんじゃないでしょうか」
見ると若杉はお馴染みの引き攣った顔に戻りつつありました。
「きっと狭い水槽の中で人間の好奇に満ちた不躾な眼差しにしばらく晒されたあと、大学の研究室か何処かで解剖され、内臓から鰭からエラから目玉に至るまで切り刻まれ分解され、貴重な研究資料として薬漬けになってガラス瓶の中で保管され続けるのでしょうねぇ。あ~恐ろしや恐ろしや」
顔色こそカラフルなままではありますが、若杉はそわそわし始め、きょろきょろと周りを窺い、何やらぶつぶつと呟きながら、水草の茂みの方へ向かって去っていき、私は何やら胸のすく思いです。
それから三日後の日曜日。この日は例によって前日から食事を抜いている私ですが、あまり動かずじっとしているのも退屈ですし、何より精神衛生上も良くないのではないかと思い、午後あてもなく散歩をしていると、三丁目の犬上川からの流れ込みを左折したところで口から重そうなラバージグをぶら下げた若者と出くわしました。まだ三十五、六センチの虚ろな目をした男です。
若気の至りで勢い余ってはしゃぎ過ぎたのでしょうか。しかしラバージグです。ブッシュの中など障害物を攻めるルアーの代名詞です。あの若者が暴れたぐらいでブレイクするような弱いラインを使うとも思えません。根ズレで摩耗しラインの一部が弱っていたのでしょうか。
「あのう失礼ですが、どうしてそんな事に」
「……えっ」若者が力なく顔をあげました。
「釣りをするのであれば、万全の態勢を整え、責任を持って最後まできっちり釣り上げてもらわないと困りますよね。お察しします」
結局釣り人のメンテナンス不備の皺寄せまでが我々の身に降りかかる、そんな世の中なのです。
しかし若者は何故か冷笑しています。「あんたマジで言ってんのか」
「えっ、違うんですか」
だとすれば釣り人とのやり取りの最中、何かしらのアクシデントがあったのでしょうか。
「本当に知らねえみたいだな」若者は珍しい物でも見るように私の顔を眺めました。「キャッチアンドリリースの時代はもう終わったんだよ」
私が鬱病に罹り塞ぎこんでいる間に世の中は反転してしまったようです。人間共は鮒、モロコ、ワカサギ、各種エビ類等の古来から日本に生息する在来種の減少を危惧し、それらを常日頃捕食している外来魚、我々ブラックバスを害魚と見なし始めたのです。
「つまりキャッチアンドリリース禁止条例が施行されたんだよ」
法律によって一度釣り上げたブラックバスを再放流することが禁止されたのです。しかも湖周辺には、釣り上げた我々を捨てる回収ボックスなるものまで多数設置されており、この計画の本気さが窺えます。
「連中は俺らを抹殺するつもりらしいぜ」
人間共に言わせると、私達ブラックバスは日本の淡水域に於いて、生態系のバランスを歪ませる巨悪の根源なのだそうです。
「これまで散々玩具にして弄んどいてよ、ゲームフィッシングを流行らせて経済的にも利用しといてよ、最後にこの仕打ちはねえよな」若者は痛々しい口許を歪ませます。「急に掌返したみたいにひとを悪者扱いしやがって、何が害魚だ馬鹿野郎。全部俺らが悪いのか。全部俺らの責任か。俺らが死滅すりゃあ世の中丸く治まるのかよ。まるでスケープゴートじゃねえか。
人間共は俺らを侵略者みたいに、まるで自力で太平洋を横断したみたいに言うけど、そもそも元を辿れば連中が勝手にアメリカから俺らの先祖を連れて来て放流したんだろう、頼みもしねえのによう。こちとら良い迷惑だよ」
全く彼の言う通りです。我々に落ち度はないはずです。人間共は自分たちの勝手な都合で私達を悪者に仕立て上げ、責任転嫁しているのです。
「本来なら、
『私共人間の不手際により後先を深く考えずに移住させてしまったことで、この度、誠に遺憾ながら生態系に想定外の不具合を生じさせる事となってしまいました。それに伴い、ブラックバス様に於かれましても主に食生活の面で不自由な思いをさせてしまい、誠に申し訳御座いません。勝手に移住させておいてこのような事を言えた立場でないのは重々承知の上で恥を忍んで申し上げますに、日本の淡水域の生態系並びに今後の日米友好の為にも、ここはひとつ忍の一字で祖国へお帰りになっては頂けないでしょうか』
みたいに頭下げてお願いするのが筋ってもんだろう。その上で予算組んで巨大タンカーか何か用意して水槽だか生けすだかに俺らを入れて、土産にワカサギか稚鮎でも持たせて、アメリカへ無事安全に送り届けるって言うのが本来常識的なやり方だろう」
そうですとも、それくらいしてくれても罰は当たらないはずです。にも拘らず人間共は、利用価値のあるうちは散々利用しておいて、トラブルが起こったらその責任を全部我々に押し付けようとしているのです。美味い汁だけ吸おうとしているのです。
「ちなみに回収ボックスに入れられた後、私達はどうなるんですか」
「畑の肥料だとよ」若者は鼻で笑いました。「生きたままシュレッダーみたいな機械にかけられて粉砕されるらしい。きっとその土で育った野菜には俺らの怨念が籠ってるだろうぜ」
結局邪魔者は排除されるのです。跡形もなく粉々にされてしまうのです。ついこの前まで大切な玩具の如く扱われていたのに、この処遇の変化は一体なんでしょう。まるでパラダイムの変換ではありませんか。
「だから俺は必死で抵抗したんだよ」
若者は針に掛かった後、枯れ木の周りを五周し、ラインを固定させてから、岩肌に擦りつけてラインを切ったそうです。
「畑の肥料になるより、朽ち果てて、湖の養分になる方がよっぽど良いからな。あんたもそう思うだろ」
私が無言で頷くと、若者はさらに続けます。
「ちなみに釣り人だけを用心してても駄目みたいだ。なんか自治体の職員が電気ショッカーとかいう機械で水中に電流を流して、周辺の魚が仮死状態で浮いてきたところをブラックバスだけ網で掬うらしい」
放心する私を他所に若者は「じゃあな、あんたも精々用心するんだな」と言い残し、ふらふらと横を通り過ぎて去っていきました。
猛然と様々な感情が湧き起こる中、私は体だけ取り残されたかのようにその場で呆然と立ち尽くしたあと、徐々に震え始めている自分に気が付きました。何故我々はこのような目に遭わなければならないのでしょうか。この暴力的現実を前にして成す術のない無力な自分が虚しく歯痒いです。
そして背筋を走る死の予感。脳裏を過る残酷なイメージ、体を痙攣させながら機械に巻き込まれていく己のイメージ、これまで経験した事のない圧倒的な恐怖、己の存在が消えて無くなるという未知の現象、いくら考えてもイメージできない現象、考えれば考えるほど訳が分からなくなり、気が狂いそうです。
しかし混乱する中、沸々と立ち上ってくる新鮮な感覚もありました。消えたくない、存在していたい、という縋るような思いです。それは初めて経験する生への渇望かもしれません。なりふり構っていられないのです。手段を選んでいる暇はないのです。ともかくこの難局を乗り切らない事には未来はないのです。
どうしよう、どうすればいいのでしょう。何か方法はないのでしょうか。
ひとりぶつぶつと呟きながら、恐れおののき震えていると、そんな自分の醜態が先日の若杉とオーバーラップしました。ワカサギ社会から逸脱し、生き延びるためなら手段を選ばない、なりふり構わず生きることに執念を燃やすその毒々しい姿が鮮明に蘇ります。
そして次の瞬間、私は縋るべき藁を掴んだのです。
その小さな希望の光は思いのほか私を励まし、活力を与えてくれました。強張った全身から急速に力が抜けていきます。まだ体は少し震えていますが、乱れた動悸は徐々に静まっていきました。
後ろを振り返ると、遠くの方で若者が相変わらずふらつきながら、犬上川方面へと小さくなっていき、紅い西日の影へ溶けてゆきます。
ふと脳裏にあの祖父の形相が蘇りました。
私はそっと胸鰭を合わせて静かに目を閉じます。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、……」
――――あの若者が極力苦しむことなく無事成仏できますように。
こんなバタ臭い風貌の私ではありますが、先祖代々、永年日本に住み続け、今となっては身も心も和の文化に染まっているのです。
「ちょっと困ります。先生は今診察中ですから」タナゴの言葉を無視して受付の前を突っ切ると、私は診察室のドアを思い切り開きました。
その粗っぽい音に「ビクッ」となって振り向いた患者は偶然にも若杉です。
「まったく噂をすれば何とやらねぇ」その後ろから目を細めこちらを訝しげに眺めるビワ子先生。「あなたでしょう、若杉さんに余計なこと吹き込んだのは」
その後も先生は「あそこまで回復させるのにどれだけ苦労したと思っているの」と若杉の件で愚痴をこぼしましたが、私としてはもうそれどころではないのです。
「先生、私にも錦美容クリニックを紹介してください!」
湖最南端を越え、唯一の流出河川である瀬田川流域を緩やかな水流に乗って下ると、唐橋と呼ばれる大きな橋の橋脚部分、そのコンクリートの脚の隙間で、錦美容クリニックは営まれていました。
「おいでやす」と言って出迎えてくれた院長の錦艶子先生は、純白の体に唯一丸い緋斑が頭頂部に一個だけある丹頂と呼ばれる品種の錦鯉で、職業柄手入れが行き届いているせいか、八十センチはあろうかという巨体に鱗の欠けひとつ見当たりません。
私は艶子先生のうっすら発光しているようにすら見える美肌に魅了されながらカウンセリングルームへと案内されました。
「ほんまかなん事になってまいましたなぁ~。人間はんもけったいなことしはるわ~」
私の他にも既に三匹のブラックバスが最近このクリニックを訪れたそうで、艶子先生はつい一昨日もひとり手術を施したのだとか。
「他のひとらにもお勧めさせてもうとるんどすけど、やっぱりブラックバスはんの場合、擬態しはるんならスズキが一番ええ思おんどす。シーバスゆーくらいどすさかい元々姿形が似通っとって、模様を漂白してシルバーに変えるだけやさかい予算かて体かて楽どすし、この川下って行かはったら宇治川、淀川と名前変えて最後は大阪湾繋がっとりますさかい迷うこともおまへんやろし、そらもちろん淡水域から海水域移る不安もおますでっしゃろけども、きょうび安価で高性能なエラフィルターもおますし、大体一年くらい目途にちょっと呼吸苦しいなぁ思たときお近くの代理店でフィルターかえことしてもろたらええのどすさかい、危険性も少ない思おんどす」
「は、はい……」私は艶子先生の洗練された営業トークに圧倒されながらも、スズキの体形について考えていました。似ているといえどもやはりその体高の違いは明らかであり、スズキの方が細長いのです。色を似せただけでは到底誤魔化しきれないのではないかという不安を拭いきれず、その点質問しようかどうか迷っていると、先に艶子先生が痺れを切らしたかのように追い打ちをかけてきました。
「それに今ちょうどキャンペーン期間中やさかい、皮膚のカラーチェンジしはる淡水魚の方対象に、海水用エラフィルターしとつタダでサービスさしてもうてるんどす。えらいお得なプランやと思おんどすけど……」
「いや、あのう……体高がちょっと……」
「は?」
艶子先生は体形の違いに起因する私の不安を聞くと、「えー、そうですやろか」と意外そうな声を出しました。
「まあブラックバスはんも個人差ありますさかいに一概にはよう言いまへんけど、お客はんに限っては比較的細い部類に入りますさかい、うちとしては問題あらへん思とりますえ」
そうでした。私はここ最近の絶食や偏食で随分と痩せてしまっていたのです。
「それに海いうとこは湖と違て流れもありますさかいに、暮らしてくうち自然とそれに適応して体も引き締まってく思おんどす。まあほんでも不安いうんどしたら、南下って大阪湾出てから太平洋岸の荒磯に住んでヒラスズキで押し通す方法もあるにはあるんどすけど、なにぶん荒磯ですさかいその水流の激しさいうたらそらもう半端ない。湖の穏やかな環境に慣れてもうてるひとが耐えられるとはとてもとても……」
艶子先生は流暢に喋り続けています。私は彼女の揺れ動く四本の髭を見ながら、やはり医療に携わるには髭が必須条件なんだと、ここ最近燻っていた疑念を確信に変えました。
了