歩いて
それからどう過ごしたのか。
潤子にはほとんど記憶がない。
ただ呆然と床に座り込んで、剣を頼りにうずくまっていた。
気がつけば、陽光は消え失せて月明かりだけが牢に差し込んでいる。
キィというかすかな音に鉄格子を見やれば、しっかりと閉じられていたはずの戸が開いていた。
歪みからかキィキィと繰り返す戸を見つめて、国外追放という言葉を思い出す。
(そうだ、私、追放されたんだ)
茫然とした意識の中で、潤子はふらふらと立ち上がると、剣を手に戸を手にした。
その冷たさに、夢ではないことを思い知らされる。
冷えきった体も、じくじくと痛む背中も、ずしりと重い呪われた剣も、すべて現実だった。
頼りない薄布を羽織り直して鉄格子を抜けると、明かりのない暗闇の廊下が続いている。幸い靴はそのままであったので、冷たい床を素足で歩き回るということにはならなかった。
壁を探して手をつきながら、潤子は歩き出す。
牢はいくつもあるようだったが、いずれも使われていないのか、人の気配はない。
人以外の生き物に剣は興味を抱かないのか、潤子では気配に気づきようもないねずみのような小さな生き物や部屋の隅を這い回る虫などはことごとく無視している。
いくつかの角を曲がって爪先が当たった段差を手探りで確かめると、そこは階段だった。
両手をついて階段を抜け上がった潤子の頬に空気が当たる。
風だ。
今まで当たり前だった空気の匂いが新鮮で、潤子は大きく吸い込んだ。
しかし、まだここは城内のようだ。
いくつかの緑は見られるものの、夜目にもそびえたつ城壁がこの中庭を取り囲んでいる。
姿は見られなかったが、出入り口を探して見回した潤子に剣が人の気配を伝えてくる。
人は確かに居る。しかも片手では到底足りないほどが。
ひゅっ!
何かが潤子の足下をかすめる。
咄嗟に後ずさって地面に突き刺さったものを見て潤子は唇を噛む。
先ほどまで潤子の居た足下に、短い矢が深々と刺さっていた。
ひゅん!
空気を切る音を皮切りに、矢は雨のように潤子へ向かって降り注いでくる。
右に避ければ左に、左に避ければ後ろに。
矢をつがえている人間たちを探して、潤子は戦慄する。
矢は、城壁の上からぐるりと囲むように潤子だけを狙っていた。
大量の矢が降り注ぐが、弱った潤子の足に彼らは当てようとはせず、彼女が立ち止まると打ってくるのだ。
残酷な追い立てに喘ぎながら、潤子は暗い口を開けている出入り口に潜り込む。
暗い廊下をまた進み、倒れ込みそうになりながら辿り着いたのは、城壁の外に広がる鬱蒼とした森だった。
虫の声が聞こえるだけの静かな森だが、剣は森に潜む夜の狩人たちの気配も感じている。
狼のようなものがいるのかもしれない。
潤子は息を整えながら不安を覚えたが、牢で男が言った言葉を思い出す。
この城で朽ちるか、ここを出るか。
たとえこの城で死んだところで、潤子が元の世界に帰れるわけではない。
(お父さん、お母さん、秀美)
帰りたい。
父と母と妹の元へ。
心の拠り所だったはずの親友は、もういない。
涙は出なかった。
ここでは潤子は凍えてしまう。
潤子は乾いた瞳で暗い森を見据えて、踏み出した。