追って
「魔剣に魅入られた者が聖女の関係者だと知られれば、命はない」
「マケンって……」
「そいつのことだ」
男の長い指がさしたのは、潤子の手の中で猛獣のように唸る黒い剣。
「銘はもう誰も知らない呪われた魔の剣だ。この城を作った主が、誰も近づけないように地下牢に護符と鎖で繋いでおいたものらしい」
この禍々しい剣が呪われた魔剣だというのは、男の言葉から十分に納得できるものだったが、潤子が魅入られたということを理解するにはあまりにも唐突に降りかかった出来事が多過ぎた。
「私は、どうすれば……」
「ここからは出してやる」
「え?」
問い返す潤子を無視して立ち上がった男は、冷たい緑の目で彼女を見下ろす。
「この牢で朽ちるか、俺と外に出るか。選べ」
男の言葉で、潤子はようやく男の向こうにある鉄格子を見た。
だが、まだほとんど何も分からない状態だというのに、男は今すぐ立てと言わんばかりだ。
戸惑う潤子に男はさっさと背を向ける。
「あの!」
男は潤子の呼びかけに立ち止まったが、振り返りはしなかった。
それを見てとり、潤子はあえて剣を手放して男の言葉を待つ。
「プレーゴ?」
剣を突然投げ渡されたことに予感はあったが、確信のない推測が当たったことに潤子は顔をしかめた。
この男は、やはり日本語を話しているのではないのだ。
潤子は手元で震える凶暴な剣を見つめる。
この忌々しい剣は、どうやらこの世界と潤子を繋ぐものであるらしい。
「千里に、会わせてもらえませんか?」
再び剣を握って呼びかけると、男は今度は振り返る。
「会ってどうする」
「確かめたいんです。千里が、その、聖女とかよく分からないし、帰る方法のことも話したいし」
男は潤子を静かに見下ろし、感情の読めない顔で淡々と告げる。
「帰る方法とやらがあったとして、それはお前に許されることではないだろう」
「それは、どういう……」
「その剣をどういう経緯でお前が手にすることになったのかは分からないが、その剣の主となったお前に、元の世界へ帰るという選択肢は選べない」
潤子が困惑のまま男を見上げても、男からは何も読みとることはできない。だが、男の口は饒舌だった。
「お前、その皆殺しの剣を持ったまま、家族の元へと帰るつもりか?」
男の言葉に戦慄して、粟立った腕を震わせて緑の瞳を潤子は睨む。
「どうして、この剣を私が持って帰らなくちゃならないんですか!」
「言ったはずだ。それは呪いの剣だと。捨てたところでお前がこの剣の主であることは変わらない」
今度こそ男はさっさと牢を出てしまい、追いかけようとするものの潤子は石床の上でうずくまったまま脂汗をかいただけだった。
呻く潤子を冷ややかに一瞥し、男は鉄格子の錠をおろす。
潤子はこれ以上引き留めることは叶わないと知って、荒い息をどうにか押さえつけながら今にも去ってしまいそうな男に問いかけた。
「……あなたの名前は?」
男は意外なことでも聞いたような顔で緑の瞳を潤子に向けたが、すぐ元の冷めた無表情に戻る。
「ディナン」
それだけを言い残すようにして、薄暗い牢屋の暗がりへと消えていった。
男、ディナンが足音もなく去っていくのを見送って、潤子は剣を床に放った。
一見して華奢な外見と違い、ごとりと無骨な音を立てた剣は、薄暗いながらも明かり取りの小さな窓から差し込んでいる陽光を鈍く照り返す。
潤子は不気味な剣を警戒するように眺めながら、干し草の寝床へと自分の体も放り投げるように寝転ぶ。
先ほどまで起きていられたことが奇跡のように思えるほど、体が重い。
体は動かないというのに、意識は次第に覚醒していった。
そして、確かにあのディナンという男の怪訝な様子ももっともだと思い至る。
親友だったはずの少女は、潤子を化け物と呼んだのだ。