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「ジェニはどうした?」
野営の準備を粗方終えたのか、馬車のそばで書きものをしていたディナンのそばにガルカンダが立つ。
わざと書面の影になるように立っているのは無視させないようにするためだろう。森の木々の合間を縫うわずかな陽の光を遮られ、ディナンは渋々紙面から顔を上げた。
「狩りに行かせた」
「狩り? 剣を置いてか」
ガルカンダはディナンのそばにある娘の剣を目敏く見つけて声をかけてきたらしい。相変わらず外見の大雑把な豪快さと違って抜け目のない男でうんざりする。
ディナンが嫌な顔を隠そうともしないでいると、ガルカンダは何が可笑しいのか「はははっ」と思わずといったように笑う。
「……何が可笑しい」
「いや、おかしくは…いいや可笑しいな。ははは! こりゃあいい」
ガルカンダは腹を抱えんばかりにひとしきり笑い、口の片端を上げる。
「お前が立派に師匠やってるなんてな。おかしいことこの上ないぜ」
「どの口が弟子をとるなんぞおかしいとぬかしたか」
陽を探して向きを変え、再び紙面に視線を落としたディナンにガルカンダはさすがにばつが悪そうに頬をかく。
「いやぁ、悪かった。お前も一応、人の子だったんだと安心したのさ」
「俺が人の子で何が悪い。……おい笑うな。鬱陶しい」
いつの間にかガルカンダと共に他の団員たちも笑いを噛んでいる。失礼な奴らだ。
ディナンの不機嫌さを敏感に感じ取ったのか、ガルカンダは他の団員たちを追い払って自分はディナンのそばに腰かけてくる。
「――いつも狩りに行かせてるのか?」
「ああ」
「……お前、本当にあの娘を仕込むつもりか」
これだから敏い奴は嫌いだ。
ディナンは今度こそ深く息を吐いて手帳を閉じた。
「あれは研究対象だ。簡単に死なれては困る」
「ああそうだろうよ。あの様子じゃ遅かれ早かれどこかで死んじまう。お前が守ってやらにゃならんのも分かるさ。一人で生きて行くには力が必要だ。だがな…」
ガルカンダはいい加減で快活な男だが、一方で思慮深く情に厚い。そして冷徹だ。
「……お前は真っ白な広い紙を渡され、何でも書いていいと言われて何を書く?」
誤魔化しの効かない奴は大嫌いだ。
だが、ガルカンダは黙ってディナンの言葉の先を促した。
「何でも知っているつもりでも、結局書けることと言えば自分のことだけだ。――俺は己の道以外に道を知らない」
小枝を使って模倣させるのは、師が弟子に始めにやらせる基礎だ。型を覚えさせ、手段を覚えさせる訓練。
狩りをさせるのは、獲物に近付いて殺す方法を覚えさせる訓練。
ひと月それを繰り返したあの娘は、すでに息をするように型を覚えて真似をしている。まるで、真っ白な紙にディナンが無遠慮に地図を描いてしまったかのように。
――ディナンが唯一無二に憎んで余りあるその術を、覚えさせてしまったのだ。
「……俺もお前と似たようなものだがな…」
ガルカンダは遠くを見るような目で森を見遣り、そして「そうだ」と呟いてディナンを振り返る。
「俺たちもお前の悪だくみに参加してやろう」




