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乙女は歌う  作者: ふとん
30/41

着いて

 埋葬を終えた一行は、捕えた山賊を一帯を治める領主の警備隊に引き渡すという一軍と商隊を護衛する一軍に分かれた。

 ガルカンダたちは甲冑で武装しているものの正規の軍隊ではないらしい。

 彼らは山賊狩りを依頼されたのだと、何故か商隊の護衛についたガルカンダはジェニに話した。


「気絶させた男共を荷物同様に運ぶのは、俺の趣味じゃないんでね」


 そう軽口叩いたあと、不思議そうに自分を見つめるジェニにガルカンダは笑う。彼は物騒ななりをしてよく笑う男だった。今まで行動を共にしていたのがディナンという無愛想を絵にかいたような男だったからそう感じるのかもしれないが。


「見たことねぇのか? 俺たちは傭兵だよ、傭兵」


「…ようへい?」


 小声だったにも関わらず、今までじっと黙りこんでいたジェニの声を引きだしたとみるやガルカンダは再び「そうだ」と満足げに頷いた。


「貴族さまの下っ端として戦に出ちゃ小銭を稼いでまわる苦労人さぁ」


「きぞく…くろうにん?」


「嘘を教えるな」


 ジェニとガルカンダのやりとりを後ろで無視していたはずのディナンが口を挟む。彼はいつものように冷たい目でジェニを見つめて続けた。


「傭兵は、金で雇われる兵士のことだ。戦によっては略奪もやる。血生臭い戦場が大好きな連中がやる仕事だ」


 ディナンの説明にガルカンダは「おいおい」と苦笑いしたが、彼は否定しなかった。ディナンの言葉は時々難しい言葉が混じるので、そっとマントの中で剣を握っていたジェニは正確に傭兵という言葉を頭に入れることが出来た。

 そしてなるほど、とガルカンダと同じく武装した男たちを見遣れば、彼らの装備はまちまちで揃いのものはほとんどない。揃っているといえば、腕や首に巻いた青い布ぐらいだろうか。


「お嬢さんには不愉快な仕事かもしれんが、剣はおさめてくれるか」


 ガルカンダはジェニが剣の柄を握ったことを耳ざとく気付いたらしくそう言って、


「略奪権は傭兵にとっちゃ報酬だ。これがなくちゃ馬の餌代にもならねぇ」


と言い訳がましく付けくわえて、ガルカンダは大げさに両手を広げて幼子に言って訊かせるようにジェニを見下ろす。


「いいか? 俺たちはこれが仕事なんだよ。商売だ」


 ジェニは納得いくようないかないような心地だったが、隣で聞いていたディナンは呆れ顔になる。


「お前のような変わり者の傭兵は珍しいがな。人は攫わない、女を犯さない、その代わりありったけの略奪をしていくから同業者に嫌われる」


「人なんぞ攫ったところで食い扶持が増えるだけだろうが! 俺はもうこれ以上養う余裕はねぇよ」


 ガルカンダがディナンを睨んで唸ると「ははは」と周りに居た仲間の男たちが笑った。


「違いねぇ。団長は孤児とみりゃあ拾っちまうからなぁ。カカァが嘆いてたぜ」


「この前は死にかけの犬まで拾ってきて大変だったな」


 笑う仲間たちにガルカンダが「言うな! しょうがねぇだろ」と苦い顔をする。


(変な人)


 ジェニはディナンの隣でひっそりとガルカンダを眺めた。

 ディナンの言う通り、彼は血生臭い戦場に身を置いているというのにその中にあって、彼は鬼にも悪魔にもならず、非凡な人間でいる。

 そのことが尊いことなのか、恐ろしいことなのか、今のジェニには分からない。

 ただ、ガルカンダの周囲はひどく明るく眩しく見えた。



 森を抜けるとしばらく平原が続き、その日の夕方には比較的大きな街へ辿りつくことが出来た。

 商隊に混じって関所を潜り、どうやらここが終着点らしい、とジェニが気付いたのは商隊が元締めの商会の事務所らしい三階建ての建物の前で荷降ろしを始めたからだった。

 ディナンが商隊長に呼ばれていくのをぼんやりと見送って、ジェニは何となく隅の壁で荷降ろしの様子を見守っている。

 荷が運ばれていく合間を縫うように女たちが何処かへ連れられて行った。ジェニの顔を知る者はこちらを少しだけ伺うような素振りを見せたが、結局どちらも声をかけずに去って行く。

 荷台のあちこちに残る矢傷のように、ジェニとあの女たちにも襲われた傷が残っている。疲労の色の濃い顔を見送っていると、ガルカンダの登場で忘れかけていた痛みが舞い戻ってくるようだった。


(痛い…)


 毎日のようにディナンから受ける訓練とはまるで違う、人を斬った痛みと重みで手が鉛のように重いというのに、ジェニの手はもう震えもしない。肉を断つ感触も血生臭さも、何も知らなかった彼女に染みついていくようだ。


「よう、お嬢さん」


 鎧の重い足音でジェニが顔を上げるとガルカンダが人懐っこく笑う。


「ディナンはどうした」


「むこう」と素直にディナンが向かったを指すと建物を指すと、ガルカンダは「そうか」と頷いてジェニと同じように壁の前に立った。こうして立たれると彼とジェニは大人と子供のように見えるだろう。


「お嬢さん、この国の言葉に不慣れだな。難しいか?」


 元々言葉数の少ないジェニにそんな言葉を投げてくる人は稀だったので、ジェニは思わず「うん」と答えていた。ガルカンダはまた「そうか」と頷いて、


「ディナンの弟子だといったな。楽しいか?」


 やはりそんなことを尋ねられたのは初めてで、ジェニは応えられずに首を傾げた。ディナンの弟子となったのは、生きるために必要なことだ。だが、ガルカンダはジェニの答えを聞かないまま「そうか」と一人で納得した。


「じゃあ、ディナンが何の仕事をしているか知っているか?」


 ガルカンダの質問はだんだん難しくなっているようだ。ジェニはしばらく言葉を探した。ディナン自身から聞いた職業は歴史学者だが、きっと本職は違うだろう。もっと残酷で、もっと冷酷な。

 けれど、今この場でジェニの推理を披露する気にはなれない。


「……歴史学者」


 考えあぐねたジェニがそう答えると、ガルカンダは堪りかねたように「あっはっはっはっはっは!」と大笑いする。


「そうか、そうだな! あいつは学者だと言い張ってたな!」


 がしゃがしゃと鎧が耳障りな音を立てるので、ジェニが思わず距離をとったところで「……何の話をしている」と不機嫌なディナンが帰ってきた。ジェニの隣で大笑いするガルカンダを見とめてますます眉をしかめてしまう。彼は基本的に表情を表に出さないが、毎日共にしていると何となく空気が伝わってくるのだ。


「ちょうどお前の話をしてたんだよ」


 笑いをようやくおさめたガルカンダを睨みつけ、ディナンはジェニに詰問するような視線を投げつけてくる。


「質問された。それだけ」


「それでお前は答えたのか」


「仕事、訊かれた。歴史学者」


 ジェニがディナンを指差すと彼は呆れたように長い溜息をつき、ガルカンダは「はははは! 歴史学者か! そりゃあいい」と再び笑った。


「……それで、何の用だ」


 うんざりしたようなディナンにガルカンダは今度こそ大笑いを腹におさめることにしたようで、余韻を残した顔で向き合う。


「お前の用はもういいのか?」


「商隊の護衛を続けないかと引きとめられただけだ」


 ディナンは荷降ろしを一瞥して、肩を竦めた。


「一つの場所に居座る気はないからな。それで、お前は何の用だ」


「これはちょうど良かったな。お前ら、俺と一緒に来ないか?」


 ガルカンダの提案にディナンは目に見えて顔をしかめた。だがガルカンダは話を続ける。


「この街を通るってことは、国境を抜けるんだろ。俺たちも一仕事終わって根城に帰る途中なんだよ。山賊退治は帰りがけの駄賃仕事だったんだが、ここで会ったのも何かの縁だ。旅券持ってる俺たちと一緒なら偽造しなくて済むぜ」


 ガルカンダの申し出は、これからまた護衛する商隊を探さなければならないジェニとディナンにとって悪くない話と思えた。だが、ディナンは殺気ともとれる鋭い視線をガルカンダに投げる。


「――何が目的だ?」


 首に剣の刃をあてるように、ディナンは慎重に言葉を選んでいるようだった。剣をそのまま引いて首を落とすか、剣を押しあてたまま話に耳を傾けるのか。


「お前にとっては悪くない話だと思うぜ」


 ガルカンダはにやり、と唇を片端だけ上げて笑った。

     

「そこの、お嬢さんにとってもな」


 話の水を向けられてジェニがガルカンダを見上げると、彼は突然腕を伸ばしてくる。逃げなければ、と身を引くがそれより早くガルカンダの手がジェニの頭に乗った。ぽんぽん、と軽く撫でられてジェニは思わず閉じた目を恐る恐る開けるとディナンの恐ろしく不機嫌な視線とかちあった。


「――お嬢さんの腰の剣、この前拾った戦利品の文献で見たことがある」


 今度はディナンが低く唸り、渋々と言った様子で深く溜息をつく。


「弟子っていうのも変だと思ったんだよ。本は根城にあるから好きに見ろ」


 ガルカンダがいつものように人懐こい笑みを浮かべているので、この交渉は一応成ったらしい。ガルカンダの一方的な要求がまかり通る形で。


 ガルカンダの大きな手で上機嫌に頭を撫でられたジェニは、彼の手の内から抜け出してぼさぼさになった頭を手櫛で整える。

 すると大きな溜息と共に再び乱暴に髪をかき混ぜられた。

 何事かと見上げれば、不満顔のディナンがジェニの髪をかき混ぜながら舌打ちをする。


「お前のせいだからな」


 何が何だか分からないことで八つ当たりされては困る。

 ジェニが頬を膨らませながらディナンの手を払うと、それを見ていたガルカンダはまた楽しげに大笑いした。




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