届いて
潤子は、自分の手にまだ温かな手が握られていることを暗闇の中で確認した。
握りしめれば、わずかではあるが握り返してくれる感触がある。
それだけが頼りだった。
どういうわけか、声は出ない。
暗闇の中、千里と二人でふわふわと浮いているということだけは分かる。
しかし、千里の姿を手から辿ろうとして目が焼かれる。
突然、光が差したのだ。
それは、千里だけを暗闇の中で照らす。
娘よ。
頭の中をかき回すような声が響く。
それは千里も同じようで、光の中で潤子の手を力の限り握りしめて、怯えたように顔を歪めている。
我の導きに応じよ。さすれば、そなたにこの世の春を授けよう。
(この世の春?)
千里と二人で不思議な顔をしたが、声の主は先ほどと変わらない口調で告げる。
おまえは必要ない。
その声と共に、潤子は自分の手が千里から離れていくのを驚愕の思いで見た。
同じように目を見開く千里がこちらに手を伸ばすが、もう遅い。
潤子の体は、唐突に蘇った重力を受けて、暗闇の中を落ちていった。
親友の白い手が遠い。
次第に薄れていく意識の中で、潤子はぼんやりと思う。
(ああ、憎い)
どうしてそう思ったのかは分からない。
ただ、胸の内から湧き出てきたのは、恐怖でも、悲しみでもなく、憎しみだった。
要らぬならば、この娘は我がもらおう。
頭の中でしわがれた声が響いたかと思えば、落ちていく潤子の腕は何者かに捕らわれる。腕を引き千切らんばかりに引き連れられて、潤子は闇の中で何かを掴んだ。
その瞬間、体中にしびれが走る。
何かが潤子の指先の神経から順に逆流していくようだ。
おぞましい感触に潤子は声にならない悲鳴を上げるが、逆流は止まらない。
潤子は泣き叫んだかもしれない。
だが、血が沸騰するようなしびれは収まるどころか脳の隅々にまで行き渡り、彼女の体を支配した。
そうして、おぞましいしびれは心臓だけを抉るように強く押した。
潤子は肺から空気が抜けていくような悲鳴を上げる。
恨め。憎め。
錯乱する頭の中で、声が潤子の頭の中を犯す。
恨め。憎め。
可愛い我の分身よ。
うずくようなしびれが、今度は突き刺すような痛みに変わり、体中の痛みに潤子は悲鳴を上げた。
だが、しわがれた声は笑うように囁く。
おまえの憎しみはとても旨い。
潤子は悲鳴を上げたまま、暗闇から放り出されるのを感じた。