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乙女は歌う  作者: ふとん
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会って

 その動きはまるで獣のようだった。


 矢を振らせて粗方獲物がまいっただろうと出てきた男たちは、未だそのほとんどが死んでいない商隊を目にして戸惑った。しかしすぐに手慣れた武器をとり、獲物を仕留めにかかった。

だがなかなか誰も致命傷にならない。

 おまけに一人は手練れで男たちは何人も仲間をそいつに割かなければならなかった。

 

 商隊を襲うだけの狩りは混戦の体を見せていた。


 そこへまるで獣のように駆けこむ者がいる。

 細い体を低くして地面を這うように走ったかと思えば、鞘に入ったままの剣で対峙した者の懐深くに入り込んでこじりから首へと剣を叩きこむ。


「この!」


 仲間が首を妙な方向へ曲げて倒れる様を唖然として見ていた男は我に返って小さな獣に剣を上から振り下ろす。



 ガン!



 男が断ち切ったのは、獣が受け止めた剣の奇妙な布だった。鞘から抜けないよう巻かれた布が引きちぎれて鍔が見える。

 その刀身が現れたのはそのすぐ後。

 目に留める暇もなく鞘から放たれた剣は、まっすぐ男の胴を薙いだ。



 ザン!



 悲鳴すら短く途切れた男を見下ろしたのは、血すら飲み込む黒い刀身だった。







――憎め、憎め、憎め!



 放たれてしまった剣に引きずられて、ジェニは頭の中でがなり立てる剣の声に顔をしかめていた。


 また一人男を斬ったが、それがいったい誰でどれほど血が自分に振りかかろうと不思議とそれは気にならない。

 むせかえるほどの血と殺気を、剣はまるで旨い餌にでもありついたような歓喜のまま、次の獲物へとジェニの体を引き戻す。

 本当なら眩暈と共にいつ気を失ってもいいほどだというのに、ジェニに眩暈は一向に訪れず、逆に冴えていく感覚がどこまでも澄み切ってまるで自分が剣になってしまったかのような感覚に陥った。


 

――人を憎め! 罪を憎め! 運命を呪え!



 怨嗟のように続く剣の咆哮は止まず、それを止めたいがためにジェニはすでに麻痺した腕を振るった。


(どうして、生きてるの。私)


 助けて。


(いったい誰を)


 みんなを。


(みんなって誰?)


 分からない。

 何も分からない。


 頭が痛いの。

 割れそうよ。

 

(誰か助けて)


 助けて欲しいのはジェニの方だ。


 

――憎め! 呪え!



(……憎めば楽になれるの?)


 ふと芽生えた染みはあっという間に心を満たして、そうよ、と誰かが頷いている。


(憎めばいいの)


 なんだ、それなら簡単よ。

 誰かを妬んで勝手に恨めばいいんだもの。


 誰かが口の端を上げて笑った。



 それなら、得意なことだもの。




――剣の哄笑がけたけたとジェニの耳を覆い尽くした。





「おっと」 

     

   

 ガンっと音を立てて剣が弾かれる。

 剣と共にジェニの体を軽く浮き、地面を蹴って体勢を整えた。


「強いなぁ、お嬢さん」


 すでに死体の転がった死地にあって、これほど暢気な声もないだろう。

 しかし男の通る声に暗さはなく、カラカラと明るい。


「でもちょっと待ってくれ。こいつらは、うちで捕まえなくちゃならんのだ」


 そう言って、つい先ほどジェニが斬ったはずの男の頭を甲冑をまとった足で小突く。男の方も呻いているところを見ると、一応生きているようだ。


「お嬢さんは、商隊の人だろ? だったらちょっと収まってくれねぇかな」


 黙ったまま男を眺めて剣を構え続けるジェニに、男の方はにかりと破顔する。

 奇妙な男だが、隙はなかった。

 銀の髪は方々を突くようなほう髪で、容貌は岩から切り出したように荒い。その頬に走るには斬りつけられたような傷跡で、彼の荒々しさが余計に増している。ジェニぐらいの子供ならば片手で抱えてしまいそうな大柄な体には重そうな鎧を着込んでいて、頭にだけ兜がないだけだ。そのくせ、笑うと途端に人懐こくなる灰色の双眸や、適当に伸ばしているだけに見える意外と長い銀髪が鎧の上をなびくと優雅にさえ見えた。

 そして、彼が手にしているどう見ても大振りしか出来ないと見える大剣は、手甲に握られたままで一向にジェニに剣先を向けようとしないが、剣は黒い刀身をどう振るべきか考えあぐねて動けないようだった。


(……だったら私が動いてあげる)


 ぼんやりとした頭で答えを出したジェニは、剣を構えて走り出す。

 銀髪の男はおっという顔になったがそのにやにやした笑みを崩そうとはしない。


(――もう誰が味方か分からないもの)


 すでに味方が何処に行ったのかすら、ジェニには分からなかった。

 ただ目の前に人が居る。剣を持っている。

 そして銀髪の男は知らない。

 それだけで十分、倒すだけの理由となっていた。


 走り出したジェニは剣を一瞬大剣へと振る。

 だが、すぐに翻して男の足へと剣を返して、鎧の隙間のある膝へと刃を走らせる。



 ギィン!



       

 しかし大剣の腹で剣を受けられて、いとも簡単に弾かれる。

 深追いはいけない。

 一合以上斬り合わず、ジェニは後ろへと飛びずさる。


「――驚いたな。どこでそんな芸当覚えたんだ?」


 少し笑みを引かせた男を見遣って、再びジェニは走り出す。


 籠手、首、背中、肩。


 鎧の隙間を縫うように剣を滑らせて、受け止められたらまた引く。

 それの繰り返し。

 切られこそしないが嬲られるように襲いかかられて普通ならば相手は焦れる。

 だが、銀髪の男は一歩も動かないでジェニを眺めていた。


「……まさかな。いやでも」


 ぶつぶつと呟いていたが、答えが決まったのか銀髪をがりがりと掻いてようやく剣を構えた。

 大きな剣だというのに不思議と音もしない。


「お嬢さん」


 体の前に構えたままで、銀髪の男は申し訳なさそうに眉を下げた。


「悪いが、捕まえさせてもらうぜ」


 そう言ったかと思うと、男の足が地面を深く抉って巨体が跳び出した。

 ぐぐぐ、と瞬きする間もなく銀髪が迫り、ジェニは振りかざされた大剣を受けようとするが、息を吹き返した剣がジェニの体を対角線から追い出す。

 


 ブン!



 寸前で交わした大剣は空を切ったが、風圧がジェニの体を叩く。

 ビリビリと肌が凍るように強張り、ジェニはそこから二度三度飛んで下がって距離を取る。


(……速いし、強い)


 身を低くして剣を構えたジェニを他所に、銀髪の男はゆっくりと大剣を起こして再びジェニへと構える。

 顔こそ未だ笑ったままだが、その灰色の目には確かな光が宿りジェニを見据えている。

 油断をすれば、そのまま目に見えないもので食われてしまいそうだ。


 ジェニは歯を食いしばった。

 体の芯はとっくに震えているし、足も手も痛い。

 それでも立っていなければならないと思ったのだ。


 そうでなければ、銀の髪をした人型の何かに呑まれてしまう。


 そんなジェニの様子を小さく「へぇ」と銀髪の男は笑ったが、そのまま何も口にせず再び地面を蹴った。



――ひゅっと、風が吹いたようだった。



 前触れもなく、銀髪の男の首元に剣の腹が現れた。

 銀髪の男は剣を振りかぶったまま、動きを止める。


「――なぁんだ。やっぱりお前なのか」


 自分の首に置かれた刃すら笑うように、銀髪の男はカラカラと笑う。

 その様子に長い溜息をついたのは男の首元に剣を当てていた茶色の髪。


「……だからこの森に来るのは嫌だったんだ」


 言い訳のように言って、そのままディナンは剣を引いた。

 まるで影から抜け出たように現れた彼は、息をついて地面に膝をついたジェニを横目で一瞥してから銀髪の男に向き直る。

 銀髪の男の方はすっかり剣を降ろして豪快に笑った。


「久しぶりだな、ディナン!」


 親愛の抱擁でもせんばかりに腕を広げた銀髪の男をディナンは冷めた緑の目で見遣った。


「俺は会いたくなかったよ」


「まぁ、そう言うなよ。それで、あれ何だ?」


 男があれ、と指したのはジェニだ。手甲を辿るようにディナンもジェニを振り返り「弟子だ」と短く告げると、銀髪の男は灰色の目を丸くする。


「お前が! 弟子!?」


 叫ぶ男を避けるようにディナンは耳を指で塞いだ。


「はぁ…お前が弟子ねぇ」


 銀髪の男は一人関心するように頷いて、ジェニの方へと歩き出す。

 大剣を腰の鞘に収めながら、がしゃんがしゃんと鎧を鳴らして近付かれてジェニは逃げ出したくなるが、ディナンの方は知らん顔だ。

 顔見知りであるようだし、一応敵ではないのか。

 困惑のまま前に立った男を見上げると、彼は鎧をまとった大柄な体を折り曲げるようにしてジェニの前に屈んだ。


「さっきは悪かったなぁ。俺は、ガルカンダ。お嬢さんは?」


 銀髪の男、ガルカンダは、にかりと笑って手を差し出した。




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