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乙女は歌う  作者: ふとん
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伴って

「こっちへこい」


 手招きと共に呼ばれ、ジェニは渋々ディナンの元へと寄る。

 この焚き火の元にはジェニと彼の二人だけだが、辺りの森にはぽつぽつと同じような明かりが灯っている。

 二人は今、商隊に紛れ込んでいるのだ。

 ディナンとの旅は街から街へ、複雑な経路を辿って国境を目指している。

 まだジェニの言葉が覚束なかった頃は街から森へ、森から街へと野宿と宿に泊まることを繰り返していたが、一か月ほど経った今では彼女も徐々に言葉を覚えた。

 何せただでさえ容赦のないディナンが付きっきりだ。覚えなくては仕置きが待っている。

 そうしてジェニが何とか日常会話ぐらいは話せるようになると、ディナンは旅の仕方を変えた。商隊で護衛の仕事をしながら旅をするようになったのだ。


「……今日、なぜ俺の隣に来なかった」


 幾度となく繰り返された行為だが、シャツをめくりあげられてジェニの肌が粟立った。そんな彼女にお構いなく、ディナンは吐息のように呟きながら彼女の包帯を外す。

 丁寧に包帯を繰る指先が必要以上に肌に触れないと知ったのはいつの頃だったか。

 それでも恥ずかしく思うのは、やはりこの傷を見せる行為に慣れないだけだとジェニは顔をしかめる。動揺が自分一人だけだと確認したくなくて、ジェニは思わず背中の傷を確認しているディナンに横目で睨んだ。

 彼は昼間、商隊で働く女の子と喋っていたことを咎めているのだ。ちょうど話しているところにディナンが睨むような視線を送ってきたが、ジェニは無視してしまった。久しぶりに話す女の子との会話を邪魔されたくなかったのだ。


「…だって、言葉を覚えろって、あなた言った」


 文法を並べただけのたどたどしい反論に返ってきたのは、冷たい緑の瞳だった。


「必要以上に話すな。言葉を覚えたいのなら相手に喋らせろ」


 そう言って、茶色の髪がジェニの背中に寄せられる。


「…っ」


 生温い感触がまだ塞がりきっていない傷口に触れ、柔らかい髪が外気に感覚を尖らせた肌を撫でる。

 往復されるこの仕置きは、ディナンの気まぐれに始まって気まぐれに終わる。

 ジェニはただ、耐えるしか術が無かった。




 ようやく傷口を手当され、目覚めてみるとディナンはすでに居ない。

 商隊の大人たちと話に行ったのだろう。ジェニに残されていたのは、すでに燻ぶるだけになった焚き火の前に置かれた朝食の干し肉だけだ。

 ジェニは干し肉を口に咥えて焚き火を消す。毎日焚き火を起こしていれば、消火も慣れたものだ。


「ジェニ―!」


 口をもぐもぐと動かして飲みこんでいると、ポニーテールの女の子が元気よく駆けてくる。そばかすの浮いた顔ははしこそうで、年頃はジェニと同じ頃。


「おはよう! ジェニ」


 にこにこと笑う顔はあどけないが、しっかり者なのか少しだけジェニよりませて見えた。


「ディナンなら隊長たちと話してたよ。そろそろ出発するって」


「わかった」


 ジェニは彼女に頷いて「あ」と小さく声を上げる。


「……おはよう。ボニー」


「おはよう! ジェニったら本当にのんびり屋ねぇ」


 そう笑って、ボニーはジェニに笑うのだった。

 

 昨日、ディナンが咎めたのは彼女と話していたことだ。

 ボニーは大人ばかりの商隊にあって、明るいムードメーカーだ。同じ年頃のジェニを捕まえて次の街へと歩く道すがら彼女と話したがったのだ。

 ボニーはおしゃべり好きだ。ジェニがつたない言葉を話しても気にしない。だからジェニが一つ頷けば五も十もお喋りする。それが大人たちにはうるさがられるほどだったようだが、聞き役に回るジェニを気に入ったようだった。ジェニの方も、まだたどたどしい言葉を話すよりも、分からない言葉があってもボニーの話を聞いている方がまだ楽だった。    

 

「今日は森を抜けるんですって。朝、おじさん達が言っていたわ」


 ボニーは商隊の大人たちをおじさん、おばさんと呼ぶ。どうやら家族ではないらしいと気付いたのは話し始めてすぐのこと。商隊には様々な人が集っている。商人はもちろん、金貸し、大道芸人、時にはジェニ達のような旅人も交渉次第で受け入れてくれる。以前、寄り合った商隊には赤ん坊を抱えた母親が居合わせていた。少し遠い街で出稼ぎに出ている夫の所に行くのだと言っていた。


「そういえばジェニ。あなた、体は大丈夫?」


「からだ?」


 オウム返しに尋ねると質問になるから便利だなと思いながら尋ね返すと、ボニーはからかうようににやりと笑う。


「夜の森の寒いところで、大変だったでしょ?」


 確かに昨日はディナンに嫌がらせをされて最悪だった。……背中の傷に薬を塗らなければならないのは分かるのだが。背中を両断するような大きな傷は未だ引きつるように痛むし、自分では薬を塗れない。


 ジェニがボニーに頷いてみせると「キャー!」と彼女は何故か顔を赤くする。


「どうした?」


「どう、ってねぇ」


 ボニーのにやにやが深まった。


「昨日はお楽しみだったんでしょ?」


「おたのしみ?」


 ますます困惑するジェニの様子を見て取ったボニーは、辺りを軽く見回して誰もいないことを確認すると、


「外でやったんでしょ」


「何を?」


「だから…」


 気が咎めるような顔をしたがボニーはジェニの耳に口を寄せてひそひそと伝えた。


「……なっ!」


 しっかり聞いてしまったジェニはぼんっと顔が噴火するように赤くなってボニーから離れた。


「な、ななな無い! それ、無い!」


「ええー? じゃあ昨日の夜、二人っきりで何してたのよ。ジェニの声、聞こえてたよ」


 口を尖らせるボニーに怒っていいのか泣いていいのか分からなくなって、ジェニは口元を手のひらで覆う。

 ボニーは、ディナンとジェニのことを疑っているのだ。つまり男女の睦み事をしていたのではないかと。

 ディナンに背中を手当てされている時、ジェニは確かに声を上げそうになる。それを必死に耐えるのだが、どこからかボニーには聞こえていたらしい。

 しかし、ボニーの単純な言葉だけで彼女の言いたいことが分かって少しだけ救われてジェニは内心ほっと息をつく。男女のあれこれをどうするのかまで尋ねなければ分からなかったとしたら、赤面では済まない。

 こうした単語を覚えてしまったのは、ディナンが酒場と一緒になった宿を探すからだ。盛り場の男たちの会話はあけすけのない会話が主で、年頃のジェニが思わず赤面してしまうような意味の言葉も多い。いちいち意味を教えるディナンもディナンなのだが。


「……とにかく、それは無い」


「なぁんだ。つまんない」


 ボニーはあっけなく興味を失くして、そのまま次の話題に移った。

 彼女の話を聞きながらジェニは、そういえば女の子の会話は時々とても刺激的だったなとぼんやりと思い出していた。



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