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乙女は歌う  作者: ふとん
18/41

残る

 彼女を放逐すると決めたのは、意外にもベルナンドではなく、彼女と友人だったという聖女だった。

 少女の処遇をかたくなな態度で臨んだ彼女に疑問を覚えて、ベルナンドに問えばあっさりと彼は白状した。

 聖女に里心がつくことが厄介であったことと、あくまで呪われた娘を始末したいベルナンドが、あの小さな少女に言い聞かせたのだという。


 あの剣を握った娘はすでに死んでいて、あの呪われた剣によって操られている。彼女の言葉はすべて聖女を惑わせるための虚言で、近づけば殺される。


 ベルナンドの子供だましのような嘘にも呆れたが、それを信じてしまったあの幼い聖女にもディナンは些か呆れた。

 確かに風格もある男ぶりのいいベルナンドに言い聞かせられれば、女は総じて信じてしまうような気もしたが、それにしては疑う心はないのかと問いたくなる。

 だが、だからこその聖女なのか。

 妙なところで納得したディナンに王が告げてきたのは、聖女の護衛だった。


「今少し働いてもらうぞ」


 玉座を温めるにはまだ時間がかかる。

 それには聖女は是が非でも生かさなくてはならない存在だ。

 彼女が生きてこそ、奇跡の象徴としてベルナンドは即位を宣言できるのだ。

 

 しかし、ディナンの興味はすでにない。

 

 夜陰に乗じて、まるで獣を追い立てるように追い出した少女を何も告げずに追うことにした。

 人界の争いに苛立つ森の住人たちの声を聞きながら、巡らせた思考の端に思う。


 あの聖女が彼女を切り捨てるのも、無理のない話だったのだ。

 彼女は、聖女と呼ばれる前に幼い少女で、血に塗れて泣き叫ぶ友を化け物と呼んだのだから。




 ようやく森で拾った少女はすでに血塗れだった。

 呪いに振り回されるようにして振るったのだろう剣を手にした腕は慣れない動作に痙攣し、ランプに照らされた彼女の体はひどい有様だ。

 ベルナンドご自慢の暗殺者たちの死体が辺りに散乱する光景は凄惨極まりなかったが、ただ一人で現場に立つ少女はまるで神の使いのようにも見えた。


 共に行動するようになって分かったことが幾つかある。

 聖女と違い、彼女はこちらの言葉を剣を持たねば解さない。

 そして、


「ごめんなさい」


 やたらよく謝る。

 男の、しかも山歩きに慣れたディナンに遅れただけで、川で足を滑らせて助け起こせば、とても簡単なことで謝罪を口にするのだ。

 彼女の世界ではどうだったかは知らないが、少なくともディナンが生きている世界では、簡単に謝罪をすればつけ込まれて命取りになる。

 

 大切に育てられた、普通の少女だったのだろう。

 触れれば壊れそうな白い体も、少し力を加えれば折れそうな首も、ディナンに萎縮する仕草も、演技だとは思えなかった。

 

 夕方の前に湖のほとりを今夜の宿に決めてから、彼女の傷の具合を見るとまたディナンは戸惑わされた。

 彼女は、耳まで羞恥に染まってしまったのだ。

 少女らしい少女だ。

 手にして抱く女としては未熟で、研究材料としてはディナンの範疇を越える。

 包帯を巻く手伝いをしてやりながら、これから手に余る予感を感じていた。


 だがそんな躊躇いも、風に乗って漂ってきた嗅ぎ慣れた臭いに掻き消える。

 辺りに視線を巡らせながら、ディナンは今更と思える疑問に思い当たる。


「お前の名前は?」


 少女の名前を、尋ねたことが無かったのだ。彼女は、ディナンの名を尋ねたというのに。

 彼女の方もようやく気がついたように丸い目を瞬かせる。


「スザキジュンコです」


「スザキ?」


「ジュンコが名前です」


 不思議な響きの名前だ。


「なら、これからジェニと名乗れ」


「え?」


 不思議そうな彼女の衣服を整え、マントを被せると、ディナンは改名させた少女に残酷に告げる。


「剣を取れ。敵だ」


 悲壮に歪んだ顔を癒すすべなど、ディナンは知らない。

 だから彼女に背を向けて、ほとりを惨劇の舞台に選んだ追跡者たちの姿を見つける。

 十人以上はいるだろうか。

 茂みや陰に身を隠してはいるものの、殺気はすでに漏れている。

 

(三流め)


 仲間を殺されて苛立っているのか。

 王直属の暗殺部隊だと知れたが、ディナンにとって少女と旅をするより慣れ親しんだ連中だ。

 無造作にディナンが剣を抜けば、背中で少女の手に持った黒い剣の殺気が膨れ上がった。しかし、周囲の獲物に気を取られてくれているようだった。

 彼女に身は放っておいてもいい。

 間違っても、あの剣があの娘を殺させるはずはない。

 ならば、とディナンは先制して走り出す。

 こちらで一人でも多く始末するまでだ。


 ディナンに先手を封じられた襲撃者たちは、一瞬動揺を見せたものの、次々と得物をかざして襲いくる。

 複数の白刃を交わしてあしらい、一人ずつ地に沈めていく。


「ディナン殿!」


 焦ったように叫んだのは、黒服の一人だった。


「お帰りください! なぜ王を裏切るようなことをなさるのです!」


 取り囲んでくる剣先を牽制しながら、ディナンは静かに答えてやった。


「俺の報酬はあの剣と娘だ。報酬はもう受け取ったから、あとは王になるなり好きにしろと伝えろ」


 襲いかかってきた男を斬り、ディナンの思考は冴えていく。


 報酬は受け取った。

 だが、ディナンはこれからベルナンドに命を狙われ続けるのだろう。

 あの少女と同様に。

 きっと、少女にとってあのまま死んでいく方が幸せだったにちがいない。

 これからディナンが見せてやれる世界は、今までよりもっと陰惨で、苛烈だ。


 死体ばかりが転がる草地にたたずんで、その身の丈に合わない剣を頼りに立つ少女の背中を見つめた。   

 

「厄介な報酬だな」


 手に余る報酬だと感じながら、ディナンは少女の元へと歩き出した。



前半部分を追加しました。(2/18)

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